日記

2003年04月29日(火) 共通項。

今朝、朝風呂に入り、そのとき、よしもとばななさんのエッセイ集である
『バナタイム』を読んでいた。
・・・それにしても休日の朝風呂って、どうしてあんなに気持ちいいんだろう。
贅沢してるというプチセレブみたいな気持ちの現われなのか。
あるいは単に、差し込む太陽のひかりとか、入ってくる風とかが本当に気持ち
いいからだろうか?
話が逸れたが、その『バナタイム』、昨年、雑誌・GINZAに連載されていて、
その良さはこの日記にも、幾度となく書いた私であるのだが。

その中に、自分の男の子の好みについてというくだりがあり、本能で好きに
なった人は絶対に共通項がある。というようなことが書いてあって、ふと思った。

自他ともにフミヤ好きであることを認めてはばからない私だが。

幼心に、私がいちばん最初に好きになった芸能人は志村けん。爆(しかも本当。)
その次に好きになったのはヒロミ・ゴー。爆爆(しかも、カックラキン大放送
に出ていた当時の郷ひろみが・・・。ベタすぎる〜。あまりにも!)

しかしその後、中1の私は、忘れもしない5月頃、テレビで初めて“涙の
リクエスト”だったか“哀しくてジェラシー”だったかを歌い踊る、
今まで見たこともないくらい可愛く、尚且つ、今まで見た誰よりも
一生懸命に歌う男の子・「チェッカーズのフミヤくん」を初めて見て、
その瞬間、文字通り恋に落ちちゃったのだが。

フミヤくんという人を好きになった後に私が好きになった芸能人と言えば、
享氏、尚ちゃん、ユーちゃん(この辺りまでは、もう、もれなく。という感じ
だが)、それから竹中直人さん、バッドメサイアの佐野くん(←誰も知らない人
だと思うが)、小沢健二くん、吉井和哉氏、トータス、ひろあきくん、
そしてステ氏。

・・・共通項なんてあるのか? 
単に気が多いだけでは?
(ちなみに書いても誰だかわかんないので、現実に好きになった男の子&人は
割愛しております。・・・当たり前か。)

後の方の人々は、なんとなくわかるのだ。
自己陶酔型なんだけど、ものすごく冷静な部分もあって、結構アタマ良かったり
自分の見せ方をちゃんとわかってるんだけど、心のどこかに闇みたいな部分が
絶対ありそうだったり、でもちょっと強がってる風な所が見え隠れしたり、
どうもそういう人に弱いのだ。私は。

しかし、そういう風に考えてくると、何故フミヤくんだったのか、というのだけ、
結構永遠の謎だと思う。

まあ、一目惚れなんだし仕方ナイか。(それで片付けるのか・・・。)
でもキンキキッズのつよちゃんも、思わずちゃん付けするほど好きな私、
やっぱり本人もそれまで気付いてなかった本質的な好みがそこにあったって
ことだろうか?(フミヤくんとつよちゃんって似てると思うの私だけ?)

ああ、でも昔、ウチの会社で占いが大流行したときに、その占い師の人に一回
言われたことがある。
「アナタは男の人は、自由で少年みたいな人がタイプだけど、合わない。」と。
それもどうかと思うのだが、でもそれを言われたとき、
(ああ〜〜当たってる! 自由で少年みたいな人が好きなんです。自分にない
モノを持ってるから!)
って思ったんだよね。

そして考えてみれば、フミヤくんという人、その最たるモノだと思うのだ。



2003年04月27日(日) 無知であるということ。

先日、GOという映画を観た後の日記に、私は差別した方もされた方も、
どっちが悪いと言い切れない部分もあると思う、みたいなことを書いていた。
しかし今日、GOの原作を読んでみて、ちょっと考えが変わった。
私は知らないのだ。
現実に、どういうことをされたとか。言われたとか。何が起こっていたかとか。
具体的なことを何も。
知ってるからこそ起こる差別というのもあるとは思う。
でも、たぶん、知らないということが一番おそろしい。
そして、知らずにとやかく言うことは、ものすごく恥ずかしいことだなあ。って。
そう思った。



2003年04月26日(土) 美化?

夜見る夢って、大抵において辻褄が合わないモノが多い。

今朝、起きたらお昼12時過ぎだったんですが、その間に見た夢が、なんと
言うか多種多様だったような気がする。・・・気がするってのは、イマイチ
断片的にしか、覚えていないからなのだが。
なんか、兄も出てきた?・・・イヤ、嘘かもしれない。

その夢の中で、一番覚えてるのは、中学校のときに好きだった(というか、
BBSにも書いていたが、まるで学年のアイドルのような子で、皆がその子を
好きだった)子が、成長して現在の年格好になって出てきたことだ。
そう、思い出した。
私は何か、会社の出張の関係で名古屋に行っている。
そして、研修か何かの後で、なぜか一人で道を歩いていたら、神社(?)
みたいなところで、突然、大正時代の学生みたいな着物姿のその彼と、彼の
婚約者だとかいう設定の、これまた大正浪漫風な着物姿の女の子と出会うのだ。
(そこで大正浪漫ってところが、支離滅裂さをあらわしているってモノだが。
なんなんだ大正浪漫って。笑)

詳しく言うと(別にいいけど。笑)、最初、その婚約者という女の子とたまたま
ばったり会って、初対面で話していたら、後からその彼がその場に現れる。
私は一目で、「あ」と思う。
向こうも、話してる内に私だということがわかる。
そして、なつかしいね!って話になるのだが。
中学生当時、お互いがチェッカーズファンだったというのに、なぜか私は、今も
フミヤライブに行ってるということが言い出せない。

夢の中での設定としては、その婚約者の女の子が、婚約してもめちゃめちゃ
女の子たちに人気がある(その中の設定では、まるでジゴロのように女の子
たちから貢がれたりしていた)彼のことを思い悩んでいて、私はと言うと、
それを聞いて内心、
「ああ、当時もモテてたけど今も変わらずモテるんだなあ。このルックスじゃあ
当たり前か」
などと思っている。
しかし。その彼と話している内に。
そのまっすぐな視線、人の目を見て話す感じ。透明にキレイな瞳の色だとか。
これを書いてて、まったくこっぱずかしい限りだが、夢の中でのその彼は、
思わず胸打たれちゃうくらいにきれいな目をしていて、そこで私は考える。
「ああ、まったく変わらない。長い年月が過ぎたけど、この人のこういう、心が
きれいで、それが目とかにあらわれてるところ、この何もかもを見透かす感じ、
そしてそれを皆が好きになっちゃうところは、全然変わっていないんだ」と
心から実感している。夢の中で。
そんなことを思って、話しているうちに私は、なんだか泣きそうな気分に
なっている。
今、ここで会えて、こんな風に話を聞いてもらえたってことは、それだけで
何か意味があるんじゃないかとか。
この目に心洗われるような感じすらする。なーんて。
そんなことまで思って感動している。
その後、場面はまた変わってしまって、彼はもう出て来なかった(と思う)の
だが。

目が覚めたら、その透明な目のきれいだった感じ、そのイメージだけ心に強く
残っていたのだった。
単に長い間会ってなくって、昔の思い出だから、余計に美化されている、って
いうことかもしれないが。
なんだかちょっと、いい感じの夢だったように思うのだ。ハハハ。





2003年04月25日(金) 日記。

私はこの日記を2001年5月頃から書いているが、ネット上で日記を公開
しているお友達5〜6人、及び、兄・享氏・ステ氏、そしてばななさんの日記に
ついて、日々、結構かなり愛読していると言える。

それぞれに考え方があって、それは私と同じだったり違ってたり、それこそ
尊敬を覚えるくらいに大きかったり、ちょっと笑えたり、考え込んだり、
そういうのがかなり面白いなあと常々思う。

うーん。それはどうだろう。って思うことは結構少ない。
まあ、それはもしかして、私が気が合う(と私が思っている)人の日記を主に
読んでいるからかもしれないのだが。

私の日記を読んでくれてる人々も、そんな風に思ってくれてるといいなあ!と。
そんな風にも思うのだった。



2003年04月24日(木) ホット・ジャバの悪夢。

ラーイライライ トゥーミベイビー♪・・・というのは、チェッカーズの隠れた
名曲・“一週間の悪夢”だが。

私は入浴剤の店「LUSH」のバスボムの数々が好きである。
特に今まで使ってみてイイと思うのは、“バターボール”と“ボナール美人”。
マスタードとジンジャーが入ったヤツ(名前忘れた)もなかなかグウだった。
しかし1個300〜400円とかして結構高いので、土曜とか日曜の余裕の
あるときのリラックス剤として、たまに使ったりするのだが。

今日(この日記を書いてるのは4月26日)、ちょっと前に買っていた“ホット
・ジャバ”という、ジンジャーとコリアンダーともう1つ何かがまざっている
ピンクのバスボムを、ウキウキしながらお湯に溶かしてみた。(大体、初めて
使うやつのときはウキウキする私だが。)

溶かしながら服を脱ごうと洗面所に出て、そのときチラリと目の端に映った
浴槽の中の何か枝か葉かゴミのようなものに、「あら?」と思ってはいたのだが。
服を完全に脱ぎ、再度お風呂場に入ったら、たくさん浮いてるじゃあないですか。
おそらくコリアンダーの枝のカケラと思われるモノが! たくさん!!

いやあ、その後が結構大変だった。お風呂入るの、私が最後でマジで良かった。
詰まったら大変と、(たぶん)コリアンダーの枝を手ですくって浴槽から出す
私。浴槽のフチに置いてたら、あふれたお湯で流れていく枝。それをまた拾う
私・・・終わる頃には、かなり疲労困憊である。爆
あげく、お風呂流すときに排水溝に流れていかないように、手で必死に押さえ
てる私・・・。更なる疲労である。−−;
こんなに気合い入れてお風呂キレイに流したのも久し振りであった・・・。
イヤ、好みだから、あれが好きな人多いのかもしれないけど!(←フォロー)
つくづく、もう1つ買ってきていた“浮世絵”を溶かせばよかった・・・と
思ってしまった今日の夜。なのだった。

ま、そういうこともあるか。って感じー。いいけど。別に。^^;



2003年04月23日(水) バンドだから?

野音ライブで。
なんだろうって。思ってた。
なにがこんなに、私を切なく苦しくさせるんだろう。
だってこんなになつかしい。
まるでチェッカーズみたいだ。って。

そんな風に思って、心をかきまわされていた。

フミヤくんの、あの歌い方も。
コーラスも。
そう思わせるに充分だったと思うんだけど。
なんだろう。と思う。
何がソロとちがうんだろう。

ふと思った。
バンドだから?
だけど、私はフミヤソロのバンドがイヤだって言ってるんじゃ全然ない。
ないけど。
だってスティーヴ大好きだし、ヤッチも薫さんも昭ちゃんもカースケさんも、
今ではナギだって結構好きだ(と思う)。
兄ソロ、すばらしいと思うことも少なくない。
なのになんで?

それはきっと、フミヤくんが、あまりにも心をこめて、そのキャロルの歌たちを
うたっていたことにも原因がある。
そしてリズムも似ていたと思う。
GOの頃。いちばんチェッカーズの皆さんも私たちファンも、楽しくて仕方
なかったあの頃に。
それから、50s’色もちらっとあったんだと思う。キャロルの中に。

あとはたぶん。
バンドというものを、あの人が、実は内心、ものすごく好きだってことと。
うしろに豪ちゃんがいて。ユーちゃんがいて。
昔、あの人が、「享がいないと何にもできない」って言ってたみたいに。
ものすごく安心してたんじゃないかと思う。フミヤくん自身が。心から安心して、
頼って歌うことができたんじゃないかって。
そう思う。



2003年04月22日(火) 1つの糸で。

野音ライブの翌日に。
昼待ち合わせで、兄が以前、雑誌Withでオススメしていたという蕎麦屋に
5人くらいで行き、その後代官山などぶらついて、お茶をした。

もう、なんと言うかよく笑った。笑
おかしくって楽しくてうれしくて、そのときつくづく思ったが。

ああ、私はこの人たちが大好きだなあ。なーんて。

育った場所も、たぶん環境だとか服の好みとか、ぜんぜんちがう。
だけどチェッカーズという1つの糸でつながっている。
フミヤくんという人でつながっている。
そのなんてステキなことか。

ネットをしていて、イヤなことなんて、勿論くさる程あるけれど。
よかったなと思うのが、こういうときだ。



2003年04月21日(月) 180度。

野音のときのMCで、兄がこう言っていた。
「13歳のガキのときにキャロルを観て、レイプに近い状態で、心をひきずり
まわされた」・・・ということを。

そこで思った。

きっと同じなのだ。
その瞬間の、ハマっちゃった!って気持ちは、きっと一緒だったのだ。
私が、私たちがチェッカーズを初めて見たときと、兄がキャロルの解散
コンサートを見たときというのは。

それを好きになるのとならないとでは、その後の人生が180度違ってくるような。
その位、すばらしくステキな出会いだったんじゃないだろうか? 
それこそ一生忘れないくらいのレベルでの。
私たちとチェッカーズみたいに。
フミヤくんとキャロルって。

だから私はライブ中、あんなにもなつかしくって切なくて苦しい、それこそ
心をかきまわされるような気持ちになったんじゃないかと思うのだ。



2003年04月20日(日) ステ氏BD。

スティーヴさん、お誕生日おめでとうございます〜。
すばらしい45歳になることを、お祈りいたします。

それにしてもニコタマ行きたいです。(←心の叫び。笑)



2003年04月19日(土) 兄キャロルライブ(2003.4.19@日比谷野音)

日比谷野外音楽堂での、兄キャロルライブ最終日に行ってきた。
すごくよかった。
それはもう、「神様ありがとう」なーんて、本気で思った位に。

最初、はじまる前に霞ヶ関駅で電車を降りて、野音の裏の方から日比谷公園に
入ったら、リハーサルの音がかなりの大きさで聞こえてきたので驚いた。

そこで、思わず立ち止まってフルで聴いた“涙のテディ・ボーイ”で、既に
「切ない〜!」とか言って、感動していた私だが。笑
それこそ、「こんな誰にでも聴くことができるなんて勿体ない〜!」とか
言ってた位だった。ほんと、勿体ない位の演奏と声。だったのだ。

天気といったら案の定(と言うべきか)雨が降り、思わずカッパなんて買ったり
しながら会場に入ったら、次第に雨の中、西陽が差してきて天気雨のような
状態になり、そこになんと言うことか、虹があらわれた。
あんなにくっきりした虹を見るのなんて久々で、しかも見間違いでなければ
2重に虹がかかっていたように思う。それはもう、かなりビューティフルだった。
それを見ながら思ったことに、そういうことがあの人には、フミヤくんと言う人
には本当に起こることが多いなあ。ってことだ。
出来すぎてるって位にドラマティックだったりロマンティックな美しいことが
起こることが。
もしかしたらそれも、あの人の持って生まれたものなんじゃないか?なんて思う
のは、美化しすぎだろうか?

そして、ライブがはじまった。
最初3曲くらいは。
私は盛り上がって踊りに踊っていたけれど、ほとんどユーちゃんのベースの音
しか聴いていなかったと言ってもいいかもしれない。
1曲目“ファンキーモンキーベイビー”(なるほどこう来たか!って感じ。)、
2曲目“憎いあの娘”(大好き!)、
3曲目“ヘイタクシー”(これも好き。笑)
くらいまで。
だって考えてみたら、解散の後、ベースを弾くユーちゃんを観るのが私は初めて
だったのだ。
そして、大好きだったのだ。チェッカーズのとき。ユーちゃんの音が。

ユーちゃんのベース。
うなる、低くて重いベース音。
でもどこかメロディアスで、リズム隊なのに聴いているうちにメロディーが
どんどん見えてくる。
聴いて、踊っているうちに、その音が身体にどんどん響いてくるとわかる。
これは、経験した人じゃないとわからないかもしれないのだが、胸とか、お腹
とかに低音が直に響くのだ。そして、その気持ち良さときたら無い。

前にもどこかに書いたけれど、私がベースという楽器が単にリズムを刻むだけの
ものじゃなくて、音を奏でるものだと知ったのは、完全にユーちゃんの影響だ。

2001年の夏、享氏のギターを、もう本当に解散後初めて聴いたときに。
その音の響く感じ、享氏のギターの音の出し方、その弾き方のあまりのなつかしさ
に打ちのめされて、心の底から「ああ、この人の音を聴いて私は育ってきた。
この音に育てられてきた!」と思ったものだ。

それと、まったく同じことを、今回のキャロルライブの最初3曲でつくづく
感じ入っていた。
この音をよく知ってる。この音に育てられてきた。って、そんなことばかり
思っていた。
きっと、クロベエのドラムを聴いても、私は同じことを思うんじゃないかと思う。
何百回、何千回と聴いてきたから。それにあまりにも慣れ親しんでいて、そして
勿論、大好きだったからだ。

今、フミヤライブでベースを弾いてくれている山内薫さんも、とっても上手くて、
ライブの度に「そうだ。ベースってこんな風に、お腹とか胸とかにどんどん
響いて来るモノだった!」と、思う。
思うけれど、やっぱりユーちゃんの音は他の何にも変えがたく思う程に特別
だった。私の中で。
そんなことを思い知らされた。今更ながらに。

弾いてる姿にも、結構かなり来るものがあった。
ちょっとうつむき加減に、微妙に前かがみな感じで、ベースのヘッド(って言う
の?)を揺らすあの弾き方も。
MCの時の立ち姿、立って、ちょっと首をかしげる感じで斜め上見上げてる風に
見えるところとか。
MCの時のその手の振り方。身振りとか。喋り方とか。
あまりにも10年前と変わらないように思えて、それだけでも泣けてくるかと
思ったほどだ。

その音の響きと、それがフミヤくんの声とからんだときのその感じと、その
立ち姿。その幸せな感じ、とてもとても楽しそうな感じ。ああ、この人が笑って
くれてれば、大抵のことはきっと大丈夫だ。なんて思ってしまうその感じ。

そのすべてに、なつかしくて切なくて苦しいけど嬉しい。って思ってた。
ライブ中ずっと。

そしてフミヤくんは。
やはり野音ということもあってか、か〜なり矢沢永ちゃんを意識した喋り方の
ようにも思ったが。(あんまりカッコつけててかわいかったけど!笑)
あの場所にいたのは、まるでチェッカーズのフミヤくんだった。と。
なんだかうまく言葉であらわすのがとても難しいんだけど、なんだかそんな風に
感じた。

そして、
(もう本当に、こんなことがあるから人生は、やっぱり捨てたモノじゃない。)
いつもながら単純だけど、そういう風に思ったのだった。

そして、私もつくづく思った。
チェッカーズのライブに行きたいと。
あの人たちのライブをもう本当に死ぬほど観たい。って。
心の底から、泣けてくる位に強い気持ちで、そんなことを思ってた。
それはもう、叶わないんだって知ってはいても。
思ってしまったものは仕方ない。

観れてよかった。まるで夢みたいにあっと言う間。後から皆で、
「なんか夢みたいだったね」とか言ってたほどだ。
幸せでした。とてもとても。
もう本当に、冒頭にも書いたが「神様ありがとう」なんて、真剣に思ってしまう
位には。



2003年04月18日(金) 兄キャロル。そして兄日記。

明日はいよいよ、待ちに待った兄キャロルライブである。
これがあるから先月〜今月の仕事におけるマジギレな感じにも、耐えられた
というモノだ。(もう、ちょっと勘弁して。ってことばっかり!だったの!)

どうか神様、無事行って、観れて、すばらしい気持ちで幸せになって帰ってくる
ことが出来ますように。(←ここで言うな。爆)

そして、兄ライブ前だし、ということで、ここ2ヶ月くらい見ていなかった
FFM Web Siteの、ファンクラブ会員だけが見ることができるフミヤくんの
日記を、久し振りに読んでみた。

その中に、アトムのエンディングを歌うことになった、ということについての
日記がある。

読んでいて。
私はあの人の、ああいう文体、なんというか読んでて幸せな感じがしてくる
文章が、すごーく好きだなあ。と、つくづく思ったのだった。
いつもじゃないのだが、時として、ものすごく胸を打つことを書いていたりする。
そして、そこで私は考える。
きっとフミヤくんの精神性とか、そういうのが、あの人はとてもきれいだから
私はそんな風に思うんじゃないかとか。
あの人が、とてもとてもピュアな部分を心のどっかに持っているから、そんな
風に思っちゃうんじゃないかとか。
そんなことを思う私ときたら、まったくもう、笑っちゃうくらいあの人のファン
なのだが。

でも、そういう時、読んでいる私は明らかに幸せな気持ちになっている。
じわっと胸に広がる何か。明らかなファン心理かもしれないが、それも一種の
愛情みたいなものじゃないかと私は思う。

読みながら、自然に、ふふっと笑みがこぼれたりする。
そして、そういうのって、なかなか結構イイんじゃないかなあ? なーんて、
思ったりするのだ。あっはっは。




2003年04月16日(水) ギグ。笑

氣志團のギグ(ライブのこと)に行ってきた。
ちなみにちらりネタばれ有りです。これから見る方、その辺りよろしくです。

それにしても。
よかったよ〜。かわいく切なく懐かしく。
て言うか、もう翔やん最高!だった。あっはっは。
この前、トップランナーを観た時点で、か〜なり綾小路翔のトリコだった私だが。
生で見て更なる虜に!なってしまったのだった。笑

いや〜、侮れないね! さすが「行こうぜ、ピリオドの向こうへ」とか言ってる
人である。歌詞も踊りもMCも、なんと言うかことごとくツボでした。ははは。

しかし、あの会場に集まっていた若者たちは、彼の詞の出典の半分もわかって
ないんだろうなあ〜って感じだったが。

あと、アンコール後、もう1回アンコールがあるかと思わせて、ビデオクリップ
が流れ、その時流れた曲は何故か小沢健二くんの“強い気持ち 強い愛”。
それだけでも、ちょっとうるっと来てたというのに、ラストで氣志團の人々が
乗ってた車はピンクのキャデラック(!)だった。
(ああ、絶対TAN TANたぬき好きだった人なんだわ!)
と思った私でした。

いやあ良かった。思わずビデオ買おうかと思ったほど!笑




2003年04月13日(日) GO(映画。by窪塚洋介・柴崎コウ)

映画『GO』を、やっと観た。WOWOWでやっていたのだ。
予告を見て、これは絶対私は好きだろう。と思ったのは一昨年のことだったか。
気になっていたが、機会がなくってなかなか観れず、やっと今日観たのだが、
やっぱり非常に好きだった。
大抵、そういうカンは外れないモノである。

まず、窪塚くん。これがもう、まったくカッコ良すぎの可愛すぎ。
人を殺しそうな目をしている。
映画の中で、彼が「あの目にぞくぞくした」と言われるシーンがあるが、ほんとに
そうだなあ!とか、思っちゃう程だ。
私、最初はこの人のこと、あんまり好きじゃなかったはずなのにおかしいなあ?
って感じである。このGOの予告を映画館で観て以来、好きになっちゃった
んだよなあ。
それにしても、まったくその窪塚くんのカッコ可愛さときたら。(そんな日本語
ありませんけど)これは叶恭子さんが思わず(思わず?)二人っきりで南の島に
連れてっちゃうのも頷ける。ってくらいだ。・・・どういう基準だ。って感じ
だが。笑

モチロン、柴崎コウもすごくイイ。
脇をかためる、山崎努・大竹しのぶ、萩原聖人くんに大杉蓮もすごくいい。
中でも特に大杉蓮が! 私的には、もう最高!だったのだが。

しかし内容については、在日という問題を扱っていて、もう本当に面白い映画で
私は好きだと思ったけれど、単純に面白いとか言ってしまったら駄目なんだろう
な。という気もした。

難しい問題だ。なんて思っちゃう方が問題だ。って気もするが。
私は私の生活上、そういうことをあまり考えないことが多い。
中国人の友達もいるし、別にそれはそれ。っていう風に思う。
しかし、根付いている意識というか感覚と言うか、親とか、それよりもっと上の
世代から受け継がれてきているもの、無意識の差別みたいなのが、まったく
無いとは言い切れない。というように思う。

だけどね。
差別された方は、それをやっぱり忘れないし、差別した方にも単に日本が単一
民族だから、という理由以外の、それだけじゃない何かがあっただろう、と
私は思う。
どっちが悪いとも言い切れない部分はあると思う。
それは、いじめというものにも通じる。
言い訳だと取られてしまう可能性もあることを恐れずに言うならば。
私はいじめられたことも(たぶん)あるし、人の悪口言っちゃったりとか、
明らかにこれはいじめかもしれないってことをしたこともあるが、それは
どっちにも、やっぱり理由があると思うからだ。

そして、そういうのって、永遠のループみたいなもので、けして世の中から
消えない何かだって気もするし、しかし、そんなこと言うのがいいことだとも
思えない。色んな所から総スカンをくらっちゃいそうな気もするのだが。

『GO』という映画。
私的には、すごく良かった。
面白い映画だった。好きな感じだった。
だけど、やっぱりどうしても考えちゃう映画だった。
作った人たち、行定監督も脚本を書いたクドカンも、GO製作委員会の人々、
俳優の人々、みんなすごい。
そんな風に思う。映画観るまで我慢しようと思って読んでなかった原作を
今度読んでみようとも思う。そして映画、今からもう一回観ちゃおうかなあ?
なーんて思っている。

そして少しでも。
ちょっとずつでも、いい方向に変わればいいと。そう思う。
それも、もしかしたらキレイ事だとか、そんな風に言われるのかもしれないが。




2003年04月12日(土) レッド・テープ。

仕事でどうにもムシャクシャするようなことがあり、後輩S田さんを誘って
カラオケに行った。
もう歌わずにいられるか〜!という感じ。だったのだが。

そこで入った途端に、イエローモンキーの“JAM”が流れていたので、やっぱり
歌うべきだろうかと、一曲目、久々にJAMを歌ってみる私!笑
そしてラスト辺りで、これが実はその日、一番歌いたかった曲である、“バラ色
の日々”というイエローモンキーが活動休止するちょっと前、最後の方で出た
シングル曲を歌ったら、あまりのその歌詞の世界の私好みな感じに、思わず
胸がきゅーとなってしまった。爆

そして家に帰り、「何年ぶりだが、もう今夜はイエローモンキー聴くしかない!」
と、名盤『SICKS』を引っ張り出して来た私。
1曲目“RAINBOW MAN”、2曲目“I CAN BE SHIT,MAMA”、3曲目“楽園”と
聴いていて、もうどうにもうずうずして来て聴くだけでは飽き足らず、1本だけ
持っている彼らのビデオである“レッド・テープ”を部屋の奥から見つけ出し、
夜中2時までかかって観てしまった。笑

そしたら。
もう、久々に見たら、マジやばいくらいカッコよかった・・・。笑
その吉井和哉の、ちょっとどっか行っちゃってるようなあまりのカッコよさには、
見ていて思わず顔が笑っちゃうくらいだった。

ああ、好きだったなあ私!と思う。
考えてみたら、95年〜2000年の間、この人たちのライブに少なくとも
年に1回は必ず行っていた。単純にライブに来る回数が多かった、というのも
あるけれど、好きだったのだ。単純に。
そして、それも私が当時、微妙にフミヤ離れしていた一因だったのかもしれない
なあと、今ではそういう風にも思う。

私が最も好きな楽曲である“天国旅行”とか、その昔イエローモンキーにハマ
っていた当時、吉井和哉好きだった友人Sに、
「だって“天国旅行”って、“けしの花びら〜♪”とか歌ってるんだよ!
カッコいいー!」と言って、「なんだそりゃ」とか言われたモノだが。笑
改めて、久し振りに聴いてみて、なんというカッコよさよ。と思い知らされる。

最初、吉井和哉のギターソロではじまる。
なんか。
魂の叫びだとか。
そんなことを考えてたりする。いつの間にか。

トータスを見ていても思うことではあるのだが、吉井和哉という人も、その歌詞
とか曲とか聴いていて、「ああ、この人ってどうしてこうなのかなあ!」とか
思ってしまって、目が離せなくなるタイプだなあ。と、つくづく思う。
そういうことを、前にBRIDGEだったかのインタビューで、フミヤ好きでもあり
吉井和哉のことも高く評価していた(と思う)渋谷さんも、言ってたような
記憶があるのだが。
どうしようもなく切ない感じがするのだ。
その歌詞とか、曲とか、歌ってる感じ、そういうものに。

そしてそういう何か、歌を聴いた人がどうしよう!って思ってしまう何か、という
ものが、ボーカリストの条件のひとつかなあ?なんて。
そんな風にも、思うのだった。



2003年04月11日(金) バラ色の日々(byイエローモンキー)

吉井和哉氏本人は、この曲が発売された当時、今までのパターンを繰り返す
感じですぐ出来た曲、というようなことを、どこかのインタビューで言って
いたような気がするが。
実はこの“バラ色の日々”という曲、私はものすごく好きな一曲である。
イエローモンキーの楽曲の中で1・2を争う、と言ってもいいかもしれない。

バラ色の日々を求めている。幸せみたいなものを日々求めている。
それがまるで、追いかけても追いつけない、逃げていってしまう月みたいに、
絶対につかめないモノであったとしても。
どんなに雨の中、びしょぬれで走らされているような日々が続いても。

そんなことを言いたいんだと思う。

金曜日、後輩S田さんとカラオケに行ったとき、最後に“バラ色の日々”を
歌ったら、あまりの共感の深さに歌いながらかなり感動し(爆)、一瞬、
思わず泣いちゃうかと思ったほどだ。
でも、実は歌い足りなくて翌日、妹たちと3時間カラオケに行ったとき(笑)
もう一度歌ってみたけど、そうでもなかった。
それ程、胸に来るってこともなかった。
多分、心が変に一致してしまう、共感を呼んでしまう一瞬。というのが、
あるってことなんだと思う。

その歌詞の中で。
雨の中を走らされるようなことがあっても、それは過去の悲しい思い出と同列で
同じくらい大事なことのような気がする。って風に歌っている。
一生懸命、そんな風に思おう!としている感じがして、それが聴いてるこっち
にも伝わってきて、笑えるやら泣けるやら。って感じだ。
(笑えるっていうのは語弊があるんだけど、わかる〜!って思って思わず笑って
しまう。というか。そんな感じなのだが。)

だけど茨が絡みついて 運命は悪戯、とか、偶然の生贄、とか歌っている。
わかるなあ!と思う。
運命の悪戯とか、まったく偶然に生贄になったような感じがすることって、
社会生活においてなんという多さよ!って私自身が思うことがあるからだ。
でも、その反面、とても深く生かされているような感じがする。とも歌う。
試されているのが悔しいね、とも。

求めるのに。
心はこんなにも幸せみたいなものを求めるのに、だけどうまくいかない日々の
なんという多さよ!ってことなんじゃないかと。

だけど、最悪にツライことがたくさんあっても、それは人生レベルでとても
大切なことなんじゃないかって。
そうは思うけど、神様(?みたいなもの)に自分が試されてるみたいで悔しいって。
そういう意味なんだと思う。

そういうのを考えちゃう度に、ああ、吉井和哉って人、本当ーにそんな風に
思って歌を歌ってるんだろうなあ! 私、ほんっとに好きだなあこの人。なんて。
そんなことまで、思ってしまうのだったよ。ははははは。


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