日記

2002年11月30日(土) THE PARTY(ビデオ)。

これを書いてるのは12月1日のことなんですが。

ビデオが来たので観ました。今夏の兄ツアー、THE PARTYの!
(ついでに兄デザインのGジャンも来たので着てみました。なかなかイイよ。
↑速攻買ってる私ですが。だってGジャン好きなんだよね。もう3着目だ。
EVER BLUEのとGUCCIのとフミヤくんのと。そんな持っててどうすると言うのか?)

で、ビデオですが。
ちょっと曲とか入ってないのも結構あったりして不満もないではないのだが、
(しかも最近、DVD発売と発表になっている・・・。そんなことするからクレーム
も増えるのだー! どうせそっちは全曲入ってたりするんだもん! 結局買う
けど私!)・・・でも、いやあ。やっぱりね。なんだかんだ言っても、すごく
良かったんだなあ。今年の夏ツアーって。と、思いました。

1曲目Follow the wayからくらっとする。
なんだろうこの人! なーんて思う。このブルースハープの心つかむ感じ!とか。
3曲目、GOLD FISHの手の動き。
エロティックなことと言ったらナイ。
観てて、「いやーん」なんて呟く始末。

そしてBODY。
そうだ。私は今回のツアー、散々レポでCrystal BloodとBlue fireが見せ場だ。
とか書いてたけど、BODYこそ最高の見せ場だったよね!と思った。
あのときのスティーヴのあまりのカッコよさと来たら、もう本当に筆舌に尽くし
がたい。

そしてCrystal Bloodが。赤いライトが血の色を表現してるのか?
青いフラッチを持って前奏のときにくるくると踊る藤井フミヤ。
そしてあの声。それしか考えられなくなる位に心臓に響く声だ。なんて思う。

中盤のWhite Skyでは、やっぱり泣くような気持ちになり。

そして後半。Equal〜NANAの、あの流れ。
「カッコいい・・・」と、何度呟いたことか!!
NANAで、デジタルジャンベを持って、長ーーいスカート姿でくるくる回って踊る
スティーヴのカッコいいことと言ったら!
サビ前の部分、ちょっと原曲と変えて高い音程で歌う兄の歌の上手さときたら!
Equalに関して言うならば、私はこの曲をナマで聴いて踊るためなら、今回の
ライブ、何回でも参加したいな!なんて、本気で思っていたほどだった。

HOW COOLもTokyo Runaway Bluesも、非常によろしい。
そしてSEVEN WONDERS。
泣かせるなあ〜。と思う。好きだなあ!やっぱり。って思う。
Fifteenも。
真っ白な明日が欲しくて。って、中学生くらいのとき、本当に思うよなあ!とか。
そんなことをつくづく考えながらビデオ鑑賞を終えた私でありました。

そして、やっとちゃんと最後まで観て、さあ明日もがんばろう。とか思っている
私でしたよ。心身のリフレッシュは必要だ。
つくづく思ったことに、私のパワースポットは兄ライブだなあ。なんて。
そんなことも思っていたのだった。(イヤ、さっきYoshimoto Banana com.2の
本を読んでたら、Q&Aの一つ目の質問に「ばななさんのパワースポットはどこ
ですか」というのがあったから、ふと思ったんだけど!笑)




2002年11月29日(金) カフェ熱。

ウチの近所にある「up up CAFE」のパンプディング、最高の美味しさである。
アフタヌーンティールームの定番メニューである“スイートポテトプディング”
にも匹敵するほど!笑
どうも私は、ああいうプディング系に弱いと思われる。

カフェってイイよね。・・・とここでカフェに勤めたい気持ちが再び!笑
ま、勤めたところで、そのメニューを食べれるわけではないのだが。

そして余裕のある休日の夜などに、カップにコーヒー半分と、あと半分は
牛乳を沸かして作るカフェオレの美味しいことといったらナイ。
本当はエスプレッソマシンでエスプレッソ作ったら更に美味しいのだが、
今、それ用の粉がないので、やむなくネスカフェゴールドブレンドで代用である。

ま、休日の楽しみ方のひとつ。ってコトで。
しかしそれ以前に健康がいちばん重要だ。
これを書いてるのは12月1日だが、昨日(11月30日)すべての予定を
キャンセルして一日寝ていた私!
楽しい生活を送るためには、精神の休息と肉体の休息、その両方が、時には
必要なんだなあ!と、つくづく思ったのだったよ。



2002年11月28日(木) イタリアンばなな。

やっと見つけて買いました。NHK出版から出ていた、ばななさんとアレちゃん
(ばななさんの本によく出て来るイタリア人・アレッサンドロ・ジョバンニ・
ジェレビーニ氏)の共著である「イタリアンばなな」を!

対談も良かったし、ばななさんのアレちゃんに関するエッセイ(その半分は
雑誌GINZA掲載時に読んでいた私でしたが)も良かったし、アレちゃんの
“キッチン”に関する論文もまた良かった。私なんて、キッチンをあんなに
何度も読んでるくせに、こんなに深く読み込んではいない!と微妙にショック
だった程だ。

そして、ふと思ったのは、私にはこんなにも深いところまで掘り下げて話したり
考えたりできる友人が、どれだけいるだろうか。ということだ。
そして外国の人と、こんな風に友達になれるだろうか。ということ。
今英語を習っているTちゃんの夫のCは中国の人で、私はまったく友達のつもり
だが、向こうにとってはどうなのかなあ。とかね!
まあ、杞憂。って感じもするのだが。
友達レベルを勝手にはかったりすることこそ愚かだって気もする。
重要なのは、その人といてどれだけ楽しいかとか。そういうことだ。
思わず気になっちゃうモノではあるけどね!笑

ということで。色々考えるところもあり、なかなか、面白かったのです。



2002年11月27日(水) ちょっとかなり嬉しい出来事。

これを書いてるのは12月1日。
前の日の11月30日の夜10時頃から今日の朝にかけて、京都では、享氏と
DJ COBRAさんが主催するイベント「This is TOMORROW」が行われていた。
私はチケットを買ったものの、家族的なところと年末のフミヤ&尚ライブ、そして
体調不良もあり、やっぱりどうにも行けなかったのだが。

しかしこのチケットを買ったら、行けない人でも今回のTOMORROWでのプレゼント
用として作られた「This is TOMORROW vol.3」のCDをもらえる。というコトで、
確実に京都へ行ける友達に、CD引き換えを頼んでいた私である。

そのCDを引き換えるときのこと。
友達がCDをチケットと引き換えてもらうとき、もう一人別の友達が、
「それDちゃんの?」
と聞いたらしいのだ。
そしたら目の前にいた享氏が、「ジャムコロ(享氏HPの略称)に書いてるDちゃん?」
と言ってくれたと言うじゃないですか!!
いや、なんか、名前だけでも認識してもらってる。ってことが、ものすごーく
嬉しかった私!なのでしたよ。

だって嬉しいよね。たとえハンドルネームであってもさ。
中学生のときから好きで、尊敬するとか思ってるような人が、名前だけでも
認識してくれてるのって。

もう本当に嬉しかった私でありました。なんかこう、心にぽっと灯りがね。
灯るような感じというかね。(←浸ってる。爆)



2002年11月17日(日) 再びハネムーン。(by吉本ばなな)

最初はそう大好きだとか思っていなかったのに、後から何度も読み返してしまう
本とか、何回もビデオで観てしまう映画というのは確実にある。
私にとってそれは、映画で言うなら『恋愛小説家』や『ザ・エージェント』、
本で言うなら、吉本ばななの『ハチ公の最後の恋人』や『ハネムーン』なのだが。

ということで、2〜3日前の日記にもちらっと書いているのだが、最近、お風呂
タイムに、文庫版の『ハネムーン』を読み返している私である。

この前横浜に行ったとき、それはもう素晴らしい楽しさで、今思い返してみると
フミヤライブ関係以外で私があれ程楽しかったのは、本当に3年ぶりとか、
そんな感じじゃないだろうか? って程だった。
そんな中、マリンルージュという船に乗り、夕暮れ時の横浜・みなとみらいや
ベイブリッジを見て、それがもう凄く綺麗だったとは、先週の日記にも書いてた
ことだが。

実は(よくあることだが)私は船というものがあんまり好きではなく(なぜなら
酔っちゃうので)、内心マリンルージュに乗ると言われたときも、ものすごく
うれしかったかと言うと、そうでもなかった。酔っちゃったらマズイよなあ。
たぶん大丈夫だと思うけど。と思ったのだ。

ところがところが。
酔うどころか、後から思い返してみると、それがものすごーく楽しかったみたい
なのだ。特に、港に戻る頃になってデッキに出て、「夜がすごい綺麗なんだよ」
とK原支社長に言われて見た、インターコンチネンタルとかランドマークタワー
の方、いわゆるみなとみらい方面の綺麗なことと言ったらなかったのだ。
たしかあの時、私は思わずNちゃんに、
「すごいすごい! すごい綺麗だね!」などと興奮して言ってた気がする。

そのことを、今日お風呂で『ハネムーン』を読んでいて、私の大好きなラスト
から2章目の、主人公・まなかちゃんのお母さんが語るくだり、
「世界は私がどうなろうとなんとも思っていないけれど、世界は面白くて
美しくて愛情みたいなものにもあふれていて、なにがあるかわからなくって、
その中で泳いでいる私は全然かわいそうなんかじゃない、と思った」という
ところを読んでいて、その横浜で船の上から見た景色があんまり綺麗だったのを
思い出したのと同時に、そこに書いてあることについて、ああ本当にそうなんだ
よなあ! と、思ったのだった。

私がどんなに絶望しているなんて思うことがあったとしても、それは他の人から
見たらたいしたことじゃ全然なくって、そして世界は皆の目の前に同じように
ひらいているものだよなあ! なーんてね。
そんな風に思って、再びがんばろうなどと思っている、なんと言うか単純と
言うか、素直な私。なのでしたよ。ははははは。



2002年11月16日(土) そしてマイクロダイエット。

いや、気になるという話なんですが。<マイクロダイエット。
でも高いんだよ〜。1食分1250円とかするんだよ。びっくりびっくり。
まあ、それはともかく。
横浜であんな豪遊したら当たり前だ、という話もあるのだが、更に太ってしまった
私である。ただでさえ通常体重よりプラス4キロだったのに! 更にプラス1kg。
という恐ろしさ。フミヤくんと何キロ違うかとか・・・とても恐ろしくて考える
ことができない今の私!笑

しかも昨日(金曜日)は会社の人々と飲みに行って、泡盛をロックで3杯も
飲んでしまった!爆
本当に痩せる気あるのか。という話である。^^;

とりあえず今日、1kg戻した(つもり)なのだが。
以下、朝から行きつけの美容院へ行き、そこでの私とその店の女の子との会話である。
「今日ね、私、断食なんだよね」
「断食ですか? なんでですかー?」
「イヤ、横浜行って太ったから」
「ぜんぜん太ってないじゃないですか」
「イヤ! あのね、30になるとね、お腹が減らないんだよ〜!」
「はあ。肉がですか」
「そうそう。だから今日断食。朝から野菜ジュースしか飲んでない!笑
 まあ昨日、泡盛3杯飲んだからという話もあるんだけどね」
「・・・それ、ただの二日酔いじゃないですか・・・」
「まあ、そうとも言うけどさ。笑」
・・・再び、本当に痩せる気あるのか。という話である。

しかし、まずは心構えから!というコトで。
冬ライブまでに少なくとも3キロは痩せたいなあ。なんて思っている私であったよ。



2002年11月15日(金) 取り返しのつかないこと。

まったく納得いかない(つーか腹立つ)ことが多い今日この頃。である。

実は会社で、不倫騒ぎに巻き込まれている。
そんな事実はまったく無いにも関わらず。である。事実がない以上、それは
実際には不倫でもなんでもないのだが。ある奥さんが、私とご主人の仲を
疑っているのだ。もう本当に誤解もはなはだしく、私としてはいい迷惑、
30歳とかになってる今、人のものに手を出してるヒマは私にはないんだよ!
という心境である。まったくそこまで不自由してると思われるなんて、本当に
失礼な話だ。とも思う。

だが、そのことを通して、人の心の動きとか、たった一言が原因で誰かの
心が傷ついたり離れたりする様子を目の当たりにして、驚くというか戸惑うと
言うか。参ったなあ。と思ってもいる。

しかもそのきっかけとなったのは、私が言った軽口が原因のようなので、
それはもう、まさかこんなことになるとは思わなかったとはいえ、本当に
口は禍の元。反省するやら後悔するやら。
取り返しのつかないことってこういうことだなあ。と思う。
今までがんばって得てきた信頼みたいなものが、たった一言でぶち壊しになる
こともあるんだなあ!と、今まで散々見て知ってきたつもりだったが、つくづく
思い知った感じだ。

吉本ばなな公式サイトのQ&Aに投稿して、ばななさんの意見を聞いてみたい
心境だが、さすがにそれはマズイだろうと、投稿とかはしてないが。
(て言うか、ここに書いてたら同じだよ。って話もあるのだが。^^;)

でもそんな中、ばななさん著『ハネムーン』を読んでたら。
その途中で、こんなことが書いてあった。

「取り返しのつかないことはたくさんある。ほんの少しの手違いで、うっかり
しただけで、取り返せないことがたくさんある。〜中略〜取り返しがつかない
ことがいくらあっても、生きていくしかないということだけを、人は言うこと
ができる」

・・・とあって、ああ本当にそうだなあ! じゃあ私は、これからを良くして
いくしかないよなあ。と真剣に思った、なんというか単純な私。なのだった。

そして、結局は私が彼氏もいなくて一人だから、こんな訳のわかんないバカみたい
な話が発生したりするんだ。とも思う。
そう、彼氏。問題は彼氏だ。焦りは禁物だが、どう考えてもこれは、女を磨く
しかない! そして横浜でK原支社長に言われたことではないけれど、来年の
9月か再来年の3月で、絶対会社辞めてやる! その方向でがんばる!などと
真剣に考えている私。なのだった。
(でも昨日の日記に書いてたようなことでムカついたりしている私・・・。笑 
実現は遠いのか? イヤそんなことはない(はず!)笑)



2002年11月14日(木) 人の目。

最近ちらっとメールをしていた男の子が、出身が名古屋だと言うので、
「名古屋は今までに10回くらい行ったことあるよ。妹が昔学生の頃、名古屋に
住んでたし、フミヤライブでも何度か行ってるから友達もいるし、実は今度の
12月もライブ観に行く予定なんですよね」などと返事をしたら、
「君ってめちゃめちゃフミヤが好きなんだね。それじゃあ彼氏作るヒマもないね」
などと返事が来た。
思わずムッとしてしまい、
「オマエになにがわかる〜! よく知りもしないくせにー。」
などと、メール見た瞬間は、非常に腹立たしかった私だが。
妹・チカコに、「どう思う? ムカつくよね!」などと言いつつ、その次の瞬間、
「あ、でも今日、新マヨにフミヤくん出るんだった! ビデオビデオ」などと
言っている私!笑
ムカつくとか言った舌の根も乾かない内からこれである。(ハハハ。)

・・・こんな私に幸せは来るのか!笑 まあ本人がいいと思ってやっている
訳だから、別にいいんですが。
て言うか、一般の人の目ってやっぱりそういうモノか。と再認識した一日。
なのだった。そしてその彼と今後もメールを続けるかどうかと言うと・・・
結構怪しいモノである。・・・それが一番よくないのか私? でもね〜。^^;

でも、ハナシ変わるけど、新マヨの兄、めちゃめちゃ良かったよね。
服とかも良かった。
そしてやっぱりTRUE LOVEのあのプロモ見て、泣かされる私。なのだった。
そこがいちばん問題なのか。



2002年11月13日(水) 性格診断。

ネット上で、誕生日から性格診断ができるヤツがあり、ちょっと自分のを見て
みたところ。
恋愛傾向として、
「めぐみさんは教養と包容力のある人にスマートにエスコートされるとイチコロ。」
と書いてあって大ウケ。笑
こないだの横浜とか、恋愛という要素はからんでいなかったにしても、まさに
まさに↑この通り。イチコロである。あっはっは。
そういう現実的な恋愛の相手を見出したいものであるよ。ホントにー。



2002年11月12日(火) そして泣けるメール。

月曜日。横浜でパワーもらってきた影響か、めずらしく朝からやる気満々で、
「さあ仕事がんばるぞ!」などと思いながら会社に行った。
こんなこと、私的には3年ぶりくらいの珍しさ。である。(ハハハ。)
そしたら、失敗してるわ怒られるわ、散々散々な感じで、夕方には意気消沈、
結構泣くほどヘコんでいた。

そんな夕方5時頃、ああ、横浜の件、お礼のメールもしていなかった! と、
K原支社長宛に、ありがとうございましたとメールを入れた。
返事が来たのはその翌日。
そこには、なんか、すごく、師弟愛みたいなモノを感じられるようなことが
書いてあった。本気で、読んでて涙出ちゃった。ってくらいだ。
実際はK原支社長は、直属の上司とかでは全然なかったにも関わらず。である。

なんとなく、そんな気がしなくもなかったのだ。そういう優しいというか
暖かい?内容のメールが来るかもなあ。って気は、ちょっとしていた。
でも、逆に返事来ないかもなって気もしてたのだが。(どっちだよ!笑)

たぶん、私が横浜で、仕事のこととか話していたときに、
「私はずーっと自分が仕事できないできないと思ってやって来ていて、でも
妹とか母にそれを言ったら、『お姉ちゃんは「仕事できない」って言うことで、
そう言ってた方が自分的に楽だから、そう言うことで逃げ道を作ってる』と
前に言われた。でも言われて、そうだなあ。そういう部分もないとはいえない
なあ。って思ったんですよ」とか、まあ他には会社のしくみとか方針がおかしい
と思うとか、そういう文句みたいなことばっかり私が言ってたから、K原支社長も
心配になったんだと思うのだが。(そう考えてくると、関係ない人に心配とか
迷惑とか、かけちゃいけないよね〜。ごめんナサイ〜・・・。という気持ちも
発生してくるのだが。^^;)

何が泣けたって、要は、優秀で仕事する能力も高いんだから、自信を持って
前向きに頑張れ。って書いてくれていたのだ。
上の人としては、元気づけるにはそう言うしかないか。という気持ちもちらっと
浮かんだ。でも、そうじゃないか。って。このことについて、そういう皮肉な
見方したら絶対私ダメだな。と、すぐ思い直した。
だって、そういう風に言ってくれる人がいる私は、なんて幸せな人間だろう。と
思ったのだ。自慢とかそういうんじゃ全然なくって、素直にそんな風に。

だから、ここは素直にその言葉を聞いて、前向きにがんばって女を磨いて、
幸せをつかもう。と思った私。なのだった。
(まあ、そのメールのラストに、フミヤもいいけど彼氏も見つけなさいね、
みたいなことが書いてあったから。というのもあるのだが。それはわかってる
んです〜。わかってるんですが! みたいな。ね。笑)



2002年11月10日(日) うれしい一言。

9日に、横浜でK原支社長と話していたとき、言われて一番うれしかったこと。

実は10月にフミヤライブを観にカナケンまで来ていた。という話から、私が、
「まあ、あんまりフミヤにハマりすぎるのもよくないとは思うんですよね」
と言ったのだ。そう思うのは、ウソではない。どこかにヤバイなあって気持ちは
常にある。一応。
それは、何事も、どんなことも行き過ぎは危険なのだと思う気持ちが、私の中に
あるからだと思う。そして、周りから散々、ヤバイとか言われるからだとも思う。

そしたらK原支社長は、即座に、
「いや、そういうのは全然いいと俺は思う」と言ったのだ。

まあ、その話が、私とかが親元にいて、ずっと働いていて、まあ人よりちょっと
裕福に暮らせるだけの収入があり、その結果こういう風に横浜に来たり、ライブ
に行ったり海外旅行したりできている。そうすることで仕事の大変さを紛らわす
ことができる。そういう、気を紛らわすことができる何かを持ってる人と持って
ない人の差は、やっぱり大きいんじゃないだろうか? という話の流れから、
その話になったというのもあるのだが。

たぶん、私はフミヤくんがらみの色んなことについて、いろんな人から肯定して
欲しがっているのだ。友達だけじゃなくっていろんな人から。・・・と思う。
そしてそういうこと言ってくれるから、K原支社長好きなんだよね!とも思う。
(現金だが。笑)

でもねえ、本当にうれしかったんだよね!笑
やっぱりこの人、話わかるなあ! なーんて思ってしまったほどである。
まあ、ただ単に「気を紛らわせる何か」としての効用。という話をK原支社長が
してたんだとしても。
いいのだ。
うれしかったことには変わりない。



2002年11月09日(土) GO! GO! 横浜。K原支社長に会おうツアー。

ウチの会社の関連の会社の支社長であるK原支社長が、熊本から横浜に転勤した
のは2002年4月の話。
転勤してすぐの頃から、いつかK原支社長のところに遊びに行こうぜ!と、話して
いた私と同期Nちゃん。である。
すでに夏頃から、「いつ行く? 行くなら11月かなあ?」などと言っていた
のだが。
向こうの都合もあり、11月9〜10日で行くことになった。

行ってみたら。
もう、私的には、なんて言っていいやらわかんないくらい、すごく美食を堪能
した上に、たのしくおかしく面白く、尚且つすごーく色んな話を聞いて、真剣に
勉強になった一日だった。こんなに色濃い一日は、そうそうないんじゃなかろう
か。って思ったくらい。である。
たぶん、向こうも私達が来て、嬉しかったんだろうなあ!と思う。
そして、つくづく、会社の上の人から可愛がられるというのはどういうことか、
というのも考えた一日だった。なんか上手く言えないのだが。

横浜に着いた瞬間から、なんと迎えにまで来ていただき。
ランチは鎌倉のローストビーフの名店“鎌倉山”。(勿論、もの凄い美味しい。)
その後、ちょっと横浜の街めぐりをした後、支社長もはじめて乗るという、
“マリン・ルージュ”という(ウワサではサザンの歌の歌詞に出てくるらしい)
観光船に乗ること90分。本当にきれいなきれいな夕暮れ時の横浜、みなとみらい
とかベイブリッジなどを海の上から堪能。
その後、中華街で一番だという、これも名店“聘珍楼”で夕食を!!
もうここで、どうしたらいいの私たち!って感じである。豪遊にも程がある。
そしてその上、二次会は、ランドマークタワーにある横浜ロイヤルパークホテル、
その最上階70階にあるバー・シリウスでお酒を。そのカクテルの美味しさ、
そこから見る夜景の素晴らしさときたらない。

その上で話したことといったら、やっぱりどうしても仕事のことが一番(つーか
そればっかり)だったのだが、もう本当に、さっきも書いたけど楽しくおかしく
面白く、その上で勉強になることばっかりだったのだ。
そしてその中で、言われて一番印象に残ったことは、
「もりも、もりもは仕事が嫌いなんだから、1年なら1年ってちゃんと計画を
立てて、これからの自分の人生を(結婚と、会社を辞めるという方向も含めて)
ちゃんと考えなきゃ! 漫然とこのままでいいやって過ごしてたら、時間なんて
あっと言う間にどんどん過ぎていって、気付けば34歳とかになって、今より
もっと辛い状況になるよ!」
と言われて、本当に、真剣にそうだなあ!って思ったのだった。
そして、今更ながらにつくづく思ったことだが、私は基本的に後ろ向きな人間
なので、仕事上、嫌だ嫌だと言うばっかりで解決策を考えない傾向が本当にある。
そして、わかっていたことだが、そんなことではもう本当に何も解決しないのだ。
文句ばっかり言うけど、どうしたら良くなるかを考えないのだ。流されるままに
諦めて毎日忙しくしていると言っても過言ではない。
もう、本当にそういう部分が私には確実にあるんだけど、それじゃだめだと
思った。9年目にしてやっと思ったのだ。(遅すぎるが。)

その言葉だけではなく、そのとき話したすべての話の流れから、とにかくちゃんと
前向きに、仕事を組み立てて、考えて、そして自分の幸せをも考えに入れてやって
行こう。
そういう方向で現実的に考えよう。前向きな方向で。と心から思った、本当に
なんと言うか実りある旅だったのでしたよ。

行ってよかった。本当にありがとうでした。って、K原支社長本人にも言ったけど、
もう本当に心から、何回も、そんな風に思った。のだった。
しかし翌日帰るときに、昨日はありがとうございました〜!って電話をしたら、
「仕事は本当に大変だと思うけど、がんばってね」と言われる私・・・。
そのときは、「いや、明日からがんばろうって気になりました!」などと言って
いたが、後から、
「考えてみたら、そんなに愚痴っぽかっただろうか・・・。それも否定できない!
すみません〜・・・」と、弱冠反省もしたのだったよ。



2002年11月07日(木) それにしても。

つかれた・・・。マジでつかれたよ。
どう考えても遊びすぎだってのはわかっているが。
その内、人生に疲れたなどと言い出さないことを我ながら祈る!
・・・って感じ。(て言うか、言い出しかねないんだよねー私。もう本当に!笑)

まあ、そういうときもあるでしょう。
そしてそんな時にリテイクのTRUE LOVEとか聴いちゃって、思わず涙が
出るような気持ちになっていたのは私・・・。
相変わらずのノリやすさ。である。^^;



2002年11月06日(水) CHARAライブ。

福岡・ドラムロゴスで行われた、CHARAのライブに行ってきた。

正直言うと、仕事がか〜なり切羽詰っていた為、乗り気ではなかったのだが、
まあ色々と事情もあり、結局私と妹チカコが二人で行くことになったのである。
(しかし、「もう二度とこがんことはせん〜!(=こんなことはしないー!)」
と思ってしまう程の昨日・今日@会社。でしたが・・・。ま、それはちょっと
置いといて。ね。^^;)

私は去年の10月に初めてCHARAライブに行き、それがもう、めちゃめちゃ
良かったんだけど。
今年もね、良かったよ。
CHARAはちょっとノドの調子が悪そうで、歌うのツラそうだったけど、それでも
良かった。

そして私はどうしても、“やさしい気持ち”(という曲)で泣いちゃうんだなあ!笑
なんでだろう。好きだからか。
歌詞の内容と自分のことがダブったりするんだろうか??

でも、つくづく思ったが。
ピンクや白や金色。黄緑。ブルー。オレンジ。黄色。
色とりどりの、淡いライトに照らされて。
ピンクのベビードールみたいな衣装で、ものすごく魅力的な大きな目をして、
CHARAが歌う。
「魔法をかけてあげるよ」
なーんて言われてる気になる。観てて。
夢みたいな、雲の上みたいな場所だなあ〜。と思う。ステージの上って。
そしてライブというモノって。

行かない人は、興味のない人は、きっと一生に一度きりしか行かない人だって
ものすごく多い。いや、一回も行かない人だってすごく多い。
でも、何十回・何百回って行く人も多い。
その楽しさを知ってることが、一般的に、イイことか悪いことかなんて私には
わからない。わかんないけど。

でも、私良かったなあ。こういうの好きで。
なんか、ライブというものの楽しさ、みたいなの、その幸せみたいなモノを、
知ってて本当にうれしいなあ。って。

つくづくそんなことを思っていたのでしたよ。ハハハ。

・・・そして、なんかベースの人とドラムの人、デミセミ(@ステ氏のバンド)の
横山さんと中さんにものすごくそっくり・・・。と思っていたら、なんとご本人達
であった。音楽界って繋がってるなあ!って、そこでもちらっと嬉しくなったり
していた私。なのだった。笑



2002年11月04日(月) 人生の半分。

宮崎にてもてなしてくれたH夫妻、そして友人Iと私は、高校1年のときからの
付き合いである。まあ、弓道部だったメンバーは、ウチの学年だけで、全部で
20人弱いるので、高1からの付き合いの人々が、他に15〜6人はいるのだが。
もう、我々は今30〜31歳。てことは、人生半分のお付き合い。
こんなことになるなんて、一体だれが想像しただろうか?

泊まった日の夜、高校総体のビデオなど見ていて、今よりもずーーっと痩せてる
H(夫)の映像とか見ながら、
「あ、なんかだんだんイヤなこと思い出してきた!」とか言って笑っていた我々。
何を隠そう、当時のH(夫)、ものすっごーく怖かったのだ。
部長だったこともあり、その専制君主ぶりには(おっと暴言失礼!)すさまじい
モノがあった。と記憶している。

でも、改めて総体のビデオを観ていて、なんか、やり場の無いフラストレーション
みたいなモノがあったんだろうなあ!当時のH(夫)には! 
などと思っていた私と友人Iである。

だって、もう目の鋭さがハンパじゃないのだ。
ちょっとデビュー当時のチェッカーズの皆さん(特に兄)を思い出す程だ。
(そんなこと言ったらH(夫)は嫌がるだろうが・・・。だってホントにそう
なんだもん!笑)

まったくもう、それだけ考えても、15年後にこの人の家に泊まりに来る日が
来ようとは! カケラも想像しなかったよ!ってなモノである。

人生って不思議だなあ!
この人のこと、あの頃あんなに怖かったのに、今はこーんな穏やかに、ビヨーク
のこととかダンサーインザダークの感想とか、話してるもんなあ!
そんなの想像もしなかったな。
などと、しみじみ思っていた私。なのでしたよ。

いやあ、それにしても、あの夜観たビヨークのビデオは良かった。97年の
ライブビデオ。ファンクラブ限定だったとかで、H(夫)はなんだかかなり
悔しがっていたが。
やっぱり私ビヨーク好きだった! 前から気になってたんだよね。
今度CD買おう。って思った程。でしたのよ。



2002年11月03日(日) 宮崎への旅 その2。

そして起きたら10時半。宮崎への旅・二日目である。
なんか仕事がらみで後輩とケンカする、というイヤ〜な感じの夢を見て、目が
醒めたらもう朝!(て言うか昼近く!笑)
しかも、いい酒を飲んだ後は何故かいつも、基本的に肌の調子がいい私! 
まさにお肌つやつやな感じで、朝から超ご機嫌。である。笑 

コーヒーでも飲んだあとで、朝昼兼用ご飯として、長嶋監督も行きつけだと言う
釜揚げうどんの店に行ってみる。
いなり寿司をいきなり3個も一人で食べ、それだけで満腹になるH(夫)!笑
釜揚げうどん、おいしかったよ。
うどんにこしはあんまり無いけど、たれが絶品。でした。
サバ寿司なども食べ、それはそれで堪能。

その後、シーガイア・オーシャンドーム跡に連れてってもらい、ホテルの中に
入ってみる。
そこでも「ああ、確かここにフミヤくんが泊まってたときに阪神大震災があって、
ぱっと目が醒めた。って前に言ってたなあ〜」なんて思いを馳せたり(笑)
しながら、ちらっと散策。

それから、前日眺めただけだった青島にも行くことに。
行ってみたら、これまたあいにくの曇り空。
しかし鬼の洗濯岩、すごいすごい。結構感動。
調子に乗って先〜の方まで歩いて行ったりしながら、写真ばしゃばしゃ撮ったり
していた。笑
その後、青島神社につづく道にあった露天を覗いてみたら、ヘマタイトの指輪の
所に、「これが藤井フミヤが買った指輪です」という文字が!
「やっぱりファンとしては買うべきだろうか」なーんて言ってたら、
「写真も飾ってあるよ」と言うI。
「いやーん。やっぱり一応、一緒に映っとくべきかなあ? ファンとして!笑」
などとキャーキャー言いながら写真とか撮っていたら、店のおじさんが出てきて
「ファンね?」と聞くので、素直に
「そうなんですよー」と答える私。
そしたら話してるうちに、おじさんから予想外のプレゼントをもらってしまい、
狂喜する私!笑 何回も「ありがとう!」と言いながら、ついついヘマタイトの
指輪まで買って、その場を後にしたのであった。

そして青島神宮にも行ってちょっと祈ってみたりして、帰るか。ということに。
行きは引き潮だったのだが、帰りは満ち潮。
「青島って、引き潮のときに来るべきだね」などと言いつつ、
サラバ青島! またね!
と気持ちだけ、ちょっと兄風に思ったりしながら(笑)駐車場へ。
途中、全員で気になっていたマンゴーソフトクリームなるものを食べ(おいし
かったよ!)、おみやげも買い、一路H家に向かったのだった。

そして帰り着いたら、もう夕方4時。
そろそろ帰るか、と、宮崎を後にしたのでしたよ。
ありがとうH夫妻! いっぱいもてなしてくれて! 
そして、帰りに霧島ICかどっかで思わず、たこ焼きと地鶏の炒めたのを食べたり
(また・・・)している私と友人I!
なんか、食べに、そして酒を飲みに行ったようなモノであった。
今日(11/4)、ヘルスメーターに恐ろしくて乗れない私!笑
しかもH(夫)から、「森本・・・お前、横から見たら妊婦並に腹出てる」などと
ものすごいことをスパっと言われ、結構ショックな私!
いや、いいんです。痩せます。痩せますとも!!
と決意新たに、たこ焼きなど食べていたのだった。(←全然懲りてない。^^;)



2002年11月02日(土) 宮崎への旅 その1。

今年のお盆頃、高校時代の弓道部仲間での飲み会があった。
そのとき、友人Iと私の間で、「同じく弓道部仲間であるH夫妻が今、宮崎に
住んでいるので、彼らがいる内に一度、宮崎に遊びに行こうではないか。」
という話が持ち上がっていた。

しかし、8月末〜10月初旬まで私が仕事上、異様に忙しかった上に、その後
京都〜横浜に別件で遊びに行ったりしていたため、伸び伸びになっていた。
それが今回、私とIとH(妻)の予定が合ったため、急遽11月の連休を利用して
行くか、という話になったのである。

Iは今、人吉市(熊本の南〜の方にある市。そう、ウッチャンの出身地です)に
住んでいるため、私がまず熊本市から人吉まで高速バスで行き、その後Iと
合流してIの車で宮崎まで行こう。ということに。

私としては、朝7時起きで出発!である。
そして前々日だったか、皆にメールで「私ねえ、青島と綾の吊り橋に行きたい
んだよね!」などと言っていた私!(笑) 3年くらい前の藤井フミヤ・ファン
クラブ売りビデオ「OFF」参照である。
つまり、私としては、プチ・フミヤな旅! 気合も入ろうってモノだ。(イヤ、
それもどうなのかって話もあるのだが。ーー;)

まず、10時半頃人吉に着き、無事に友人Iと合流。
車に乗ると、小沢健二くんの“ラブリー”などが流れており、
「いやーん。最近、小沢健二くんモードだったと! 私!」
などと盛り上がる私!笑 
「秋になると小沢健二くん聴きたくなんない?」とか言いつつも、その後、
Iと二人で仕事とか社会情勢とか、色々と話に花が咲き、流れてる曲なんか
聴いちゃいねー。という状態に。爆
なんと、MD終わったのにも気付かないという程であった。あっはっは。
「いつ終わったんだ・・・」
「いや、多分20分くらい前に・・・」とか言いながら、私が持ってきていた
フミヤの『ReTake』のCDに変えてみる。
Iは、昨年、映画『RED★SHADOW』も一緒に観に行ったのだが、昔私がチェッカーズ
の後期にファンに引き込んだという過去もあり、結構フミヤに理解があるのだ。
なんと、『KEEP OFF』というチェッカーズ最後の年のファンクラブ売りのビデオ
に、私と二人で(後姿だが)3〜4秒ほど、バッチリ映っていたという過去もある
程だ。

そして聴かせてみたら、“Long Road”も“素直にI'm sorry”も“TRUE LOVE”
も、「あ、イイじゃん」と言っていた。(しかし“One Night GIGOLO”について
は、歌い方があまりにいやらしすぎると言っていた。^^; 
そうなのよ・・・。それは私もちょっと思ったけどさ。と、思いましたが。)

その後、あっと言う間に(喋ってるうちに!)宮崎ICに到着。
H夫妻の家はそこから車で10分もかからないところにあり、無事たどり着いた
私たち。荷物を置いて、さあ『綾の吊り橋』にレッツゴー。である。

行く前に青島方面に車を走らせ、展望所のようなところで車を降りて、眼下に
広がる太平洋を眺める。これがもう。感動する程海が青いのだ。ちょっとびっくり
したって位だ。熊本の茶色い有明海とは雲泥の差である。透明度も波も高い。
「感動的だね!」
「綺麗すぎ!」
と盛り上がって、思わず写真とか撮ってる私たち!笑 
空は綺麗に晴れていて、海がきらきら光っていて、ちょうど私的には小沢健二くん
モードだったこともあり、思わず
“左へカーブを曲がると 光る海が〜見えてくる〜♪”
などと歌いたくなっちゃう心境であった。

その後、かねてから念願だった(イヤ私としてはね!笑)綾の吊り橋に向かう。
行く前に一応Iに、「Iって高所恐怖症?」と聞くと、「イヤ、大好き!」と。
「あ、よかった。実は私も結構好き」と言いつつ、H夫妻に連れていってもらった
のだった。

行ってみると、ちょっと曇っていたが見晴らしはすごーく良く、しかも物凄い
高さ!!! 
Iは本当に好きらしく、「わくわくする♪」などと言っていた。
実は私も結構わくわくしていたのだが、まさかフミヤくんみたいに、あそこで
飛んだりは・・・できませんでした・・・。
正式名称は『綾の照葉大吊り橋』。照葉樹林のため、晴れると本当〜に美しい
らしい。あいにくの曇り空で、弱冠残念。しかし念願果たせてハッピー。という
感じでしたのよ。

その後、H家へ戻り、お茶など出してもらって、もてなしてもらい、その後晩御飯
を食べに『田舎家』という居酒屋へ。
これが良くってねえ!笑
地鶏の焼いたのも刺身も牛のタタキもすばらしい。
そしてなんと言っても、芋芋芋。笑 芋焼酎♪である。
“きろく”最高。好き。笑 あと、“伊佐美”もモチロン素晴らしい。
その後“月の中”、“無月”というのもちらっと飲んだがなかなかだった。
「最近お酒弱くなってさあ〜」という舌の根も乾かない内にこれである。爆
しかも、全員で好き放題に食べて飲んでいたら、会計のとき、なんと一人あたり
5000円なんてことに!! ・・・どれだけ飲んだんだ。って感じ。^^;

そしてその後、H家へ場所を移し、Hくん(夫)秘蔵の72年モノ(生まれ年)の
ワインを空け、彼ら夫婦が香港に旅行したときに買ってきたという“マッコリ”
とか言うにごり酒みたいなのも1本空け、なんか日本酒もあったような?という
激しい飲み会。(そうでもないか。)
途中でHくんがずーっと好きだというビヨークのビデオを見て感動したり、ビデオ
棚の奥から、我々が3年のときの弓道の高校総体のビデオが出てきて、それを見て
記憶が蘇ったりしながら、夜はふけて行き、気付けば3時!!
もう寝よう。と寝たのであったよ。



2002年11月01日(金) パラサイト。

宮崎からの帰り道。友人Iに、ウチの家族関係とかについて話していたら、
「だって親がなんにも言わなくなったら、完全なパラサイトシングルになっちゃう
よ?」と言われた私。である。
まあ、そこまでの話の流れというのもあるのだが。そこは割愛するとして。

最初は、なんか嫌な響きだなあ。そんな言わなくていいじゃん〜。とか思ったが。
親に依存してる独身の人々のことだよね〜?と思い、ちょっとネット検索して
みたら。
「30歳を過ぎても親元に同居して、レジャーに旅行にブランドものに、
リッチな生活を謳歌する気ままな独身男女」
と書いてあった・・・。
寄生しているなんてつもりはまったく無いが。
気ままな独身男女って・・・。そのままじゃん私・・・。

やはり、どう考えても、一人暮らしするべきなのか。 とつくづく思った一瞬。
なのだった。


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