『日々の映像』

1998年04月05日(日) わかれのメカニズム 

 今日は晴天であった。桜の満開の時を迎えて、花見を楽しむ家族ずれが多く繰り出していることだろう。春の陽光を浴びて山野の木々は芽吹き、春真っ盛りの今日この頃である。一見平和な社会の片隅で、今日も何万もの夫婦が血走った目と目で睨み合い罵倒し合っているのだろう。
 
 アメリカと比較すれば少ないと言いながらも、昨年は22万5000世帯の夫婦がコミュニケーションの破壊で離婚しているのである。これも2月3日に記述した自殺者と同じ統計的な背景がある。自殺を実行して目的を果たした人が2万2000人で、自殺を試みて失敗した人たちが10万人(約5倍)もいるというから大変なものである。
 
 離婚も自殺と同じ統計的な背景があるだろう。離婚に成功した人が22万5000組で、離婚を試みたが周囲の説得あるいは子供のために離婚を踏み止まった人達がどれだけいるのだろう。離婚したカップルの2倍(44万組)だろうか、3倍(66万組)だろうか、いやもっと多いと思う人もいるかもしれない。離婚したいと言わないが、散在的に出来るものなら離婚したいと思っている人がどれだけいるだろう。
 
 半年前のことである。お世話になっている会社の50代の事務の方と懇談する機会があった。事務員Aさんのご主人は今年で定年退職になるという。Aさんの次の言葉に驚いた。「これから毎日主人が家にいると思うとゾッとする」と語気鋭く言い放ったのである。これは定年離婚の予備軍であると思った。このA子さんも笑顔溢れる結婚式を挙げ、子供の誕生で喜びあった日々もあったはずである。時は流れて、今では一緒にいること自体がゾッとするというのである。悲しいほどのコミュニケーションの破壊である。
 
 3月8日、夫の暴力に関連して「何故コミュニケーションが保てない」と題して記述した。自分の持つ常識で相手を評価する習性も離婚を誘発させる一つの原因だ。しかし、この感覚的な原因のみで、人と人との破局があるとは思えない。もっと深い次元何かがあるように思えてならない。

 イタリアの著名な社会学者であるアルべローニさんの書いた「平気でウソを言う人」が少々のベストセラーになっている。この本の227ページに「ある有名な金言によれば『人間は悪を与えられれば、それは大理石に刻むが、善(好ましいこと、愛されることなど)を与えられれば埃に刻む』という」とあった。この意味は書くまでもないが、いやな思い出は大理石に刻むが、好ましいことや自分が愛されたことなどは、机の上の埃(ほこり)に刻むというから、すべて忘れてしまうと言っているのだ。コミュニケーションの破壊そして離婚が成立する背景には人間の習性的なものが潜んでいるのである。
 
 アルべロー二さんの著書からもう少し引用しよう。
「我々は長年続いた深い友情や愛情にかかわる場合でも同じように対応する。しばしば、ちょっとした目付きや、無理解、あるいは夫が妻の機転のきかなさがきっかけで、軋轢を生じ、収拾のつかない事態に立ちいたることがある。そして(楽しかった)過去は帳消しになり、惨憺たる結果になったりもする。離婚の場合には、相手から与えられた幸せ、分かち合った喜びもすべて雲のように消えうせる。・・・・・・我々はこういう記憶の抗し難い力(意識ことのみを記憶する)心の邪悪なメカニズムをなんと呼ぶべきか自問する」(カッコ内は加筆)とあった。
 
 悪しきことは心に明確に刻むが、善き思いでは煙のように消えてしまうというこころの邪悪なメカニズムが離婚を生み出すのである。しかし、邪悪なメカニズムは個人差が相当あるように思えてならない。松本清張の小説に「黒い霧」がある。政界を覆う黒い霧、すなわち悪を題材としている。どうも人の心にもこの黒い霧があるようにも思える。黒い霧に深く覆われている人は、悪しきことのみを記憶して、善き思いでは記憶の中に残らないのだろう。

 心に黒い霧がなく晴天のような心の持ち主であれば、善き思いでも忘れることなく、心に明確に残るように思う。離婚という人生のドラマはその人の心のスクリーンに映し出されてものに左右されるのではないか。これらは人が生きる上での根幹をなす事柄で実に難しいテーマである。これ以上のことは友人との議論のテーマにしょう。

 これで3回目の引用となるが、アインシュタイン「真実は単純であり美しい」という言葉が好きである。一見複雑に見える人の心も、単純な法則があるように思う。邪悪な心を益々燃え上がらせるような本が多くある。これらは良書に対しては悪書になる。すなわち、悪書に接すれば心の霧・邪悪の心が抑えようもないほど噴出するのではないだろうか。反面、良書に接すれば心が清く逞しい方向に進むのではないか。

 100人のコミュニケーションの破壊・離婚にはそれぞれの理由あるにせよ、離婚の背景に前記したような人の心の邪悪なメカニズムがあることは確かである。

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石田ふたみ