MOTOYANの日々題
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2001年12月28日(金) 2001年を振り返って

 21世紀の最初の年が終わろうとしている。1年を振り返ってみるとアメリカのテロ事件をはじめとして悲しいできごとも多かったが、楽しいことも多かった。

 今年の5大ニュースを書いておこう。
1 マイホームの購入・入居(11月)
 全くの衝動買いで準備資金に乏しく、借金生活の突入。住み心地は最高。
2 ハワイ旅行(2月)
 結婚式参加のためだったが、「えひめ丸事件」は忘れられない。
3 史佳の小学校入学(4月)
 孫娘?も小学生になった。
4 町内会長任期終了(3月)
 終わってみれば、たいしたことはなかった。地域の人たちの協力に感謝。
5 日々題が半年、続く
 3日以上続いたことのなかった日記が半年なんて驚異的!最近、ネタ切れ気味。

 普通は、10大ニュースだろうが、個人で10個も上げられないから5大ニュースになったが、強烈には記憶していなくても毎日、心が動かされることは結構多いもので「生きている」実感があった1年だった。

 最後に、この1年、恩恵を恵んでくださった皆様と知らず知らずのうちにご心配やご迷惑をおかけした皆様にお礼とお詫びをこの場を借りて述べさせていただきます。
「この1年、ありがとうございました。数々のご無礼、申し訳ありませんでした。」

 新年は、1月4日が書初めです。


2001年12月27日(木) 石井一もメジャーへ

 ヤクルトの石井一投手が来シーズンはメジャーでプレーする。左腕の先発投手は、ランディ・ジョンソンの活躍が示すようにどの球団も欲しがっている。プロのスカウトから見ると右投手よりも球速で5km/s遅くても右投手と同等の評価をしている。近年、好打者に左が多く、左対策にもなるし、右打者にとっても外から内に落ちながら変化してくるボールは打ちづらいことがその理由だ。

 イチロー、松井のような本来右利きの選手が左打者に転向して成功している例も多い。右利きの人は右の手が左よりパワフルなため右手でボールを運ぶためには有利である。それと野球の規則では一塁へ走るため、2,3歩は一塁ベースに近いため内野安打も多く出る。しかし、欠点が一つある。それは、目でボールを見て脳に情報を送り、脳から命令が下され、からだが反応する。そのプロセスの中で左打者のインコース低めのボールに対しては、反応が遅くなるため、そのコースが見えにくい。だから、投手は膝元へ速いボールを投げておけば安心なわけである。あのイチローでも三振をするときは、ほとんどインコースのボールを空振か見逃しだった。しかし、アウトコースは見えているので最悪でもファウルにできる。

 FAやポスティングシステムで今後も日本の一流プレーヤーがどんどんメジャーに行ってしまうと日本のプロ野球も考え直さないと大変だろう。
 


2001年12月26日(水) ジムニーの車検

 ファーストカー、ジムニーの車検時期がきた。ついこの前、検査を受けたような気がするが、2年が過ぎるのは早い。新車で購入して4年目の検査だから8年が過ぎたことになる。走行距離57000kmで年間7000km、一日に20km走っている計算になる。職場との往復は4kmだからどこを走っているのやら。

 8年間を振り返ってみるとエンジンの調子は今が一番いいような気がする。以前に聞いたことがあるが「車は、新車の時よりも3万から5万km走った頃のエンジンがベストだ」という。確かにそんな気がする。

 新しいものが、いつもいいとは限らない。使い込んでいくうちに「命や心や力」を与えられて、そのものが持つ特性や特徴を発揮してくる。塗装の劣化やさび、汚れなどは当然出てくるが、走るという車の特性には全く関係ない部分であり、使う人の見栄や気分の問題となる。今までは、車の性能の衰えよりも車に対する「煩悩(ぼんのう)」がなくなったときに買い換えていた。煩悩がなくなる原因として簡単な故障や傷・へこみなど今はやりのカーコンビニで45分で修理ができる程度の簡単な動機だった。

 1台の車を8年も使ったことがなかったのでその辺のことがよくわからなかったが、物の価値というのは、新しいだけがいいことではないことが理解できただけでもジムニーに感謝したい。動く倉庫、ごみ箱化した後部座席を片付けて持っていこう。「たたみと○○は新しい方がいい」という言葉もあるが・・・・。


2001年12月25日(火) 雨かんむり、集合

 「雨、雷、雹、霰、霙、霧、雪、風、晴、曇、嵐」今日1日ですべての天候を経験した。まず、明け方のカミナリで目が覚めた。そして、雨とあられのみぞれ、直径1センチほどのひょうも降り、霧島や桜島には雪が積もり、かぜも強くまるで嵐のようだった。午後からはくもりとなり、夕方からは晴れた。これから冬本番となり、こんな天気の日が多くなるのだろう。

 夏に比べると冬は好きだ。NHKで「日本人はるかな旅」で日本人はどこから来たかを放送しているが、自信を持って「北から」と言える代表かもしれない。寒風の吹く日など身が引き締まる思いがする。

 明日は快晴との予報、朝起きて、桜島の冠雪の写真を撮れるかも知れない。いい写真が撮れたら、まだ作っていない年賀状の画像に使おうか、と思っている。方角的には夕方、西日が当たって赤く染まっている絵がいいのだが、夕方までは雪が残っていないだろう。


2001年12月24日(月) 秘密工作

 家族旅行をすると海で何かが起こる。2月のハワイ旅行のときは、えひめ丸事件が起きた。今回、博多に出かけたら奄美大島沖で不審船と海上保安庁の銃撃戦が起きた。日本の沿岸を武装した船が往来していること自体が怖い話だが、国籍は不明とされながらも北朝鮮の工作船の疑いが濃い。

 スパイ行為に近い行動をしているようだが、今の日本で何を調べることがあるのだろうと思う。情報はほとんど公開されているし、住んでいる日本人でさえ、特に知りたいということはあまりない。

 自らが、事を秘密裏に進めているから他人も秘密にしたい部分を多く持っているのだろうと思い込んでいるのに違いない。私は、他人に見せたくない部分(車の後部座席がゴミ置き場になっている、とか机の引出しの中や机の上がごちゃごちゃになっている、とか)はあっても絶対に見せないということはない。

 学校で秘密事項といえば、人事の問題がある。年が明けると転勤や配置換えなど人事担当者は「工作」を詰めていく。公立の学校では、人知れない宿に泊り込みで駒を動かすらしい。発表までは極秘情報として取り扱われる。そんな経験のある歴代の校長先生から校長室によばれて人事の相談を受けた事があった。「人事の件だから大きな声を出すな」と言って窓のカーテンを閉めたことがあった。2階にあり、窓の外から部屋をのぞくためには桜島に登らないと見えないはずなのに。習性とは怖いものだと思った。

 


2001年12月22日(土) 博多行き

 11:30に鹿児島を出発し、九州自動車道を博多へ向けて車を走らせた。渋滞もなく15:00に到着した。前日が遅くまでスピーチの原稿を作ったので眠くなり、途中で運転を交代した。10数年前、北海道の宗谷岬まで走った頃は、もっと長時間の運転でもきつくなかったが、体力の衰えを感じるこの頃だ。

 17:00から披露宴が始まったが、レストランでの夕食会形式でいつもの披露宴とは雰囲気が異なり、とてもリラックスした中での進行だった。フランス料理のコースでそのレストラン自慢の「フォアグラのキャベツまきトリフあえ」とかいう世界三大珍味の2つを一緒に味わうことができた。

 デザートが出てきた頃にスピーチの指名がかかり、なんとか無事終わった。かしこまった雰囲気ではなかったし、比較的若い参列者が多かったので話しやすかった。二次会までお付き合いし、寮監時代の教え子達と楽しいひと時を過ごした。


2001年12月21日(金) 披露宴のスピーチ

 明日は、公立に1日遅れの終業式だ。終われば冬休みとなるが年末は公私とも多忙なためゆっくりとはできない。さっそく、明日5時から博多で結婚披露宴に出席するため、11時には出かける。スピーチも依頼されているので少し緊張する。

 26歳のとき、初めて結婚披露宴に招待された。短大に勤めていた頃の教え子の結婚式だった。招待状に小さな紙切れが入っていて「一言お願いします」と書かれていたが、歌でも歌えばいいだろうなどと軽い気持ちで列席した。両名の紹介のあと、新郎さん方を代表して県議会議員があいさつをされた。はじめて聞く言葉が多く、なんと難しいことを話すことだろうと思っていた。司会者が「続きまして、新婦の恩師であられます・・・」もしかして自分のこと?と感じなからいると案の定指名された。何を話したか全く覚えていない。おそらく人生でこれほど「あがった」ことはないだろう。済んでから「先生の話がいちばんよかった」などとなぐさめの言葉をいただいた覚えはあるが、今思うと申し訳なかったと後悔している。二人がいまだに続いている事がせめてもの救いだ。

 それから数回のスピーチをやっているが、初体験のショックが尾をひいていて準備はしていくが、その通り話したことがない。あすは、しっかり頑張ろう。


2001年12月20日(木) インターネットショッピング

 サンタクロースの季節、プレゼントを自分に贈った。昨日、ネットサーフィンをしていたらNTT−xでA5ノートを見つけ早速注文した。今日の昼過ぎには商品が到着して開けてみるととても軽くてかわいいパソコンちゃんが入っていた。

 家を購入したから最後の贅沢かな?と思いながらインターネットショッピングに挑戦した。Y電気で下見をし、4万ほどやすいことを確認し、価格.comで調べたら最安値で納得し、注文した。午後2時頃だった。3時前に銀行で振り込みを済ませたら、4時頃に入金確認のメールが届き、9時過ぎに発送完了のメールが届き、今日の3時頃着いた。約24時間で現物が手に入るシステムに感動?した。

 インターネット→メール→電信扱いの送金→発送→急送トラック便という現代の「速い」物を次々に利用した流通のしくみに驚くばかりであった。福岡に製品があったらしく九州内の配送だったが、同時に頼んだ増設メモリーとケースは埼玉からのため明日になるらしい。同封されてなかったので調査依頼のメールを出したら20分後に返事が来た。

 カシオ製のカシオペアFIVAでHD15G、メモリー128、WINDOUS XPがインストールされている最新版でLinux付きのダブルOSで画面が小さいことを我慢すれば使い勝手が良さそうだ。冬休みのおもちゃにしたい。


2001年12月19日(水) 卒業認定

 2学期末恒例の高校3年生の卒業を認定する成績会議が行われた。大学入試センター試験を1ヶ月前に控えて最後の追い込みに余念がない頃だろうが、高校時代の成績は、指導要録として一生残るもので慎重に審議がなされた。最近では、文書開示が一般化し請求すれば指導要録もみることができる。

 もともと、指導要録はその生徒にとって都合の悪いことは書かないので気にすることはないが、書く方としては、気を遣うらしい。進学や就職の際の調査書となることが多いのでわが子かわいさで苦労をしながらも?書くわけである。かといって偽りは書けない。すべてにおいて優等生は問題ないが、部活動や生徒会活動をやっていない生徒については苦労する。しかし、中高一貫の本校では、6年間も共に生活すると特色は見つけやすい。

 今年も3年生全員無事、卒業認定ということで事なきを得た。これから残り30日をしっかり頑張ってほしい。


2001年12月18日(火) 免許の住所変更

 運転免許証の住所変更に近くの交番を訪ねた。住民票と免許証を持って入ったらこれからパトロールに出かけようとしていたお巡りさんが応対してくれた。免許証を見るなり、「先生は、引越しされたのですか?」と聞かれた。どうして職業を知っているの?と目を丸くしていると「以前の住所近辺の担当でしたので存じ上げています」と返ってきた。そういわれれば、昨年、町内会長をしている頃に「交番だより」を届けてくれていた方だと思い出した。

 仕事とはいえ、住民の名前だけで職業まで記憶しているプロ根性には敬服する。聞くところによるとオウム真理教事件以来、住民の把握が至上命令になっているらしい。プライバシー保護の問題もあり、大変な仕事だと思う。

 新住所の住居表示を見て、「あそこの景色は最高ですね。花火大会のときは、道路が見学の車で埋まりますから、始まる前に車庫に入れないと入れませんよ」とアドバイスをいただいた。来夏の花火大会がとても楽しみになってきた。


2001年12月17日(月) 友人の娘さんからのメール

 高校時代の友人の娘さんから、メールをもらった。「○○の娘です。父の命令でメールを送りました。父はパソコンが全くできません」数年前に会って以来、久しぶりのコンタクトだった。本人からのメールよりHAPPYな気分になった。

 私が新婚旅行を終えて、その足で彼の結婚式に参列した覚えがあるので高校生の娘さんと思うが、親はできなくても子供はしっかりパソコンを使える時代になっている。一家にひとりできるメンバーがいるとその家族はインターネットの世界に入籍していることになる。これからは、連絡が取れやすくなった。

 知人のメールアドレスを知る方法として、Googleやgooなどの検索エンジンに氏名を入れて検索するのがいちばん早い。10人中6人くらいはエンジンにひっかかる。HPを公開していなくても、掲示板に投稿した、クイズに当選者名簿にのった、学会等で発表した、などで怖さを感じるほど検索してくれる。それと、年賀状の差出人の住所等の中にURLやメールアドレスが記載されていることがある。電話番号と共にメールアドレスを載せたくなるのが心情だ。おそらく今回は時期的にこのパターンであろう。

 25日までに投函すると元日につくらしい。そろそろ準備にかからないと遅れてしまう。今回は住所変更のお知らせもかねているのでしっかり書こう。旧住所に送られてきたものも1年間は転送してくれるので安心だが、宅急便などは返されることがあるだろう。


2001年12月15日(土) パソコン普及を願って

 個人用パソコンを購入しませんか。
 成績入力の様子を拝見していますと苦労されている方が、多いように思われます。学期に2・3回の入力作業では操作を忘れてしまいます。学校においても急速にIT化が進み、来年度の県の教員採用試験でも簡単なパソコン入力の検査が行われました。
 学校や教育に関しての情報は、インターネットの世界では突出して多いようです。たとえば、数学関係のメールマガジンに登録すると、毎日のように数学の問題例が送られてきます。他の教科でも使い道は多く、幅広い教材研究が可能で毎日の授業が充実するのではないかと思われます。
 また、パソコンの基本的な操作は、もう教員としての必須事項となっています。それほどむずかしいことではありません。自分で個人用パソコンを持てば、数時間でマスターしてしまいます。パソコン上達の王道は、マイパソコンを手に入れることです。
 今、WINDOWSのOSがWINDOWS XP に変更されたばかりで各メーカーが安売りをしていますのでお買い得時期です。パソコン価格の相場をあげておきます。「パソコンをやらなければ・・・」と少しでもお思いの方は、だまされたと思ってご検討ください。
 ディスクトップパソコン  本体        6万円
 ディスプレイ(画面)   液晶TFT(15型) 4万円
              CRT(17型)   2万5千円
 ノートパソコン      10万〜18万(10万円のもので十分です)
 ※メーカーによって値段の差はありますが、性能の差はありません。
 先日、事務室に入った成績入力用のパソコンは、本体99,800円、ディスプレイ27,700円でした。性能は、ペンティアム沓牽僑MHz メモリー256MB、CD-RW(CDが作れる)、DVD-R、TVチューナー内蔵などと校内にあるパソコンの中で最も優れた性能を持っています。
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 毎日の連絡事項(先生方にその日の行事をお知らせする文書)に書き込んだ文章です。事務室のパソコンを数名の方が見学に来ました。まじめな性格の先生方にもう1歩踏み出してほしいものです。私は、いろんなことに踏み出しすぎかな?


2001年12月14日(金) 年中行事、忠臣蔵

 今日は、年中行事:忠臣蔵の日。テレビでもやっている。この物語ほど毎年繰り返されるものはない。大石内蔵助の役も有名な俳優が何人やったのだろう。インターネットでも「インターネットで楽しむ忠臣蔵」というページがあり、「大石軍はベンチャー企業」のコーナーを読むとその戦術が徹底した情報収集と世間を味方につけ自らの正当性をアピールしながら、少ない犠牲で目的を達成していったことなど書かれてあった。http://www.wnn.or.jp/wnn-tokyo/chusingura/

 同時多発テロの報復が、終盤を迎えようとしている。ビンラディン氏のビデオテープを世界に流し、アメリカの正当性をアピールし、徹底した情報収集で追い詰めていっている。

 いずれも「戦闘」という位置づけで目的を達成するために、リーダーシップを発揮して成功に向けた明確なビジョンと先手先手の作戦が効を奏した結果のような気がする。これから、世間を切り開いていく若者達よ、機を逸しずに「やるときは必死でやる」ことが明るい未来を約束してくれるだろう。


2001年12月13日(木) ポインセチアとヘブンリーブルー

 北海道に記録的な大雪が降り、気づいてみると冬になっている感じの年末を迎えたが、この冬にはオリンピックがアメリカのソルトレイクシティーで行われる。前回の長野オリンピックでは、日本選手の活躍があった。あれから4年、主力選手は半分ほど入れ替わり、ニューフェイスも登場している。全く変わらないのはジャンプ陣だけだ。

 小さな頃は、4年なんてとても長かったが、最近はもう4年?と思うほど月日が過ぎて行く。物理的には今も昔も時間の経過は変わらないはずだが、だれに聞いても早いという。

 今年もポインセチアがあちこちで目立ち始めてきた。葉っぱの先が色が変わった花のような見事な色合いが年末やクリスマスの訪れを教えてくれる。鉢植えのものもきれいだが、庭木として雄雄しく存在を主張しているものもある。

 歳のせいなのか、他人の家の庭を注目することが多くなった。あの西洋アサガオ(ヘブンリーブルー)は何とかしてほしい。朝顔といえば、夏に咲く弱々しい花の代表というイメージを壊してしまう。いまだに「夏だ」と言わんばかりに咲き誇っている。季節感をなくしてしまう代表的な花だ。

 


2001年12月12日(水) ハンディキャップ

 いつも心穏やかな中3の夏輝が、学校から帰ってきてとても機嫌が悪かった。理由は、クラスマッチのソフトボールで2年生のクラスに決勝で負けたからだった。中学校のクラスマッチは学年の体格や体力に差があるので上級生が勝つのが普通であり、まさか負けるなんて思ってもいなかったらしい。

 敗因は、力の過信とハンディキャップにあった。今年の中3は例年になく力があり、楽に予選を勝ち上がってきた。そして決勝では2年生のクラスと当たった。2年生は点を取るために選球やバントなど工夫してこつこつと点数を積み上げた。それに対して3年生は、初球からどんどん打つだけで単発にホームランがでるもののチームゲームとしてのソフトボールは行っていなかった。球運は、決してそんなチームにはめぐってこない。2年生が打った打球は野手の間に落ち、3年生の打球は強いあたりでも野手の正面をついた。

 大会前に学年差で1学年2点のハンディキャップを決めていた。つまり、試合開始の時点で2−0で負けている状況から始まるわけだ。結局、その2点が重くのしかかり、敗戦してしまった。

 慰めの言葉としてハンディキャップというのは強いチームと弱いチームが対戦してどちらが勝ってもおかしくないようにつける「差」だから、勝つ確率は50%で適正なハンディキャップをつけたものだ、ということだった。

 明日は、優勝チームと職員チームが対戦をする。この対戦に参加できなかったことが最も悔しかったらしい。


2001年12月11日(火) 走る広告塔

 日曜日に実業団女子駅伝が行われ、三井住友海上が2年連続優勝を果たした。不況で企業がスポーツ事業から手をひく中で駅伝は、新しいチーム(企業)がどんどん出てくる。以前は旭化成・京セラなどが中心だったが、完全に入れ替わっている。

 他のスポーツから撤退する中で駅伝だけが注目されるかを考えてみると宣伝効果に尽きる。マラソンや駅伝の視聴率は高い。2時間あまりもだだ走る競技を視聴者は食い入るように観てしまう魔術を持っている。そして、胸に企業名の入ったユニフォームを2時間も見続けるのである。どんなに忘れっぽい人でも2時間もみて、アナウンス(連呼)されれば強烈に残る。大学駅伝でもその存在さえ知らなかった「山梨学院大学」を全国に有名にした。

 効率のいい宣伝がこの時代だから求められる。安い経費で効果大となるとテレビ番組のスポンサーよりもスポーツであり、駅伝などは最高だろう。野球やサッカーは見ないとか嫌いという人でも駅伝やマラソンが嫌いという人は聞いたことがない。それが魔力だろう。

 日本で考案されたスポーツの駅伝は、世界に広がりつつある。これから高校駅伝、箱根駅伝など駅伝の季節だ。この冬も多くのドラマが起こるに違いない。観るつもりはなくても観てしまうのだろう。


2001年12月10日(月) あと40日

 大学入試センター試験まであと40日、受験生は最後の追い込みに余念がないことだろう。学校では今日から進路検討会という名のもとにひとり一人の進学希望大学を担当教員で検討し、アドバイスを行うための会議が開かれた。

 実力試験や模擬試験の結果と志望校との比較や現在の様子など多方面から判断する。模擬試験の結果判定は、5段階に分かれている。A:80%以上、B:60%以上、C:40%以上、D:20%以上、E:20%以下である。難関校に浪人覚悟でチャレンジする者、無難にA判定の学校を受験する者と千差万別であるが、以前と違ってどこの大学を出たから有利とか、いう時代ではなくなってきているため、生徒の希望が、この大学のこの学科というターゲット志向が強くなっている。自分がやってみたい内容の研究をやっているとか、尊敬する先生がいるとか、その多様化はすさまじい。その中で医学部志望が今年はやけに多い。100名中25人が希望している。地元の鹿児島大学医学部は8名ほどの希望者がいる。自分の学校に8人のライバルがいるかと思うと恐ろしい。

 勉強して医学部に入り、医師になって人間の健康を守ってくれる人が多くなることはとてもいいことと思う。がんばってほしい。ただ、「医は仁術なり」、仁とは惻隠の心であり、人をいたみ、おもんばかる心、つまり、心の底から相手に同情するという意味です。医が仁術であると言われるとき、ただ傷ついた人、病の人を癒すのみでなく、その人たちと痛みや苦しみの心を共有し分かち合うということになります。( ■「病院」, 41 (9), pp. 52-53., 医学書院, 1982. 9)

 からだと心をいやしてくれるお医者さんになって欲しい。


2001年12月08日(土) 焼肉屋での発見

 今週は、焼肉を2回も食べた。この時期にと思うが、あえて風評を無視して欲しがるままに口にした。とても美味しくて肉食人を再認識した。
 
 1回目は、焼肉Kでランチを食べた。お昼時にもかかわらず、空席が目立ち、風評被害を受けていることを感じた。周りを見渡して大きな発見をした。自分も同伴者もけっしてからだが細いほうではなかったが、周囲は男性も女性もみんな「太め」「太りすぎ」の人間だらけだった。途中でおかしくなって笑いさえ出てきた。「食いしん坊」だから太るのか、太っているから「食いしん坊」になるのか、まるでバスケットボールをしているから背が高くなるのか、背が高いからバスケットボールをやるのかの議論と同じで、相乗効果なのだろう。

 2回目は、妻がPTAの忘年会に参加中の夕食で子供のリクエストに応えてのことだった。空いているだろうと思ったが、2軒は行列ができ、20分待ってやっと席が確保できた。「狂牛病の影響なんて全く関係ない」と思った。今日の発見は、子供連れの若い母親のグループが多く目についた。本家とは逆バージョンで父親が忘年会だったのだろう。飲むは、食べるはでお父さんの忘年会の会費の倍は使っていたようだ。

 これから、宴会やクリスマス、正月とご馳走の多く出る機会が多い。「食いしん坊」で「いやしん坊」を抑えて、焼肉屋に似合わない体型になろう。


2001年12月07日(金) 愛子さん

 敬宮(としのみや)「愛子」、皇太子家に誕生した長子の名前が決まった。女の子で「子」のつく名前が古典的になった現代、皇室の女子には必ず「子」をつける慣わしとか。これから「子」のつく女の子がまた増えるのではないだろうか。

 小野妹子は例外として「子」がつけば女の子とわかる。ところが今は100人中10人もいない。うちの夏輝も「ナツキ」と聞けば2回に1回は、女の子ですか?と言われる。カ行・ナ行で終わる名前は女の子、タ行で終わるのは男の子が多いようだ。

 ちなみに「妹尾愛子」て知っていますかな。答えは↓ドラッグ
ドレミちゃんのお友達です。
 ここから出てきた名前ではないでしょうが、とても親しみやすい、かわいい感じの名だと思う。明日には母子共に退院するそうだが、これから「愛子様」の成長記録番組が多くなることでしょう。


2001年12月06日(木) ○のない答案

 期末考査の最終日、終わった瞬間に生徒達はニコニコ顔で学校を後にしていた。4日間の地獄?のような日々を過ごした生徒にとっては「終わった」という達成感から来る笑顔だろう。

 試験を出題した側は、採点・成績処理・評定などと学期末の定例行事にこれから追われる。採点は、1クラスを集中すれば1時間かかる。見直しをして転記まで約2時間、それを担当しているクラス分やるわけだ。

 採点といえば、赤のペンで○と×をつけるのが一般的であるが、私の採点法は少しちがう。2階から落としてとか扇風機で風を送り遠くまで飛んだら・・・、などという落語的なものでもない。○をつけない採点法だ。試験の平均は60〜70点ほどだから×より○が多い。それならばということで10年程前に考え出した方法だ。答案を目で見て判断し、○×をつけると手は疲れるし、資源の無駄遣いにもなる。だから、○はつけない。全問正解なら採点した形跡はないが、名前の横に100と記されている具合だ。しかし、全問不正解なら全部×だらけで0点ではなく、これも採点した形跡がなく、0と書かれていることになる。全体を見渡して50点以上か以下かを判断して○にするか、×にするか決める。

 この方法だと採点時間を3割、縮められる。しかし、習慣とは怖いものでつい、手が○をしてしまうことも多い。疲れてくると出やすくなる。今日から6クラス分の採点にがんばろう。


2001年12月05日(水) うっかりど忘れが18,000円

 物忘れがひどくなると加齢を感じる。それだけではなく、金銭的な損失まで伴ってくる。各航空会社が売り出しているバーゲン型の格安航空券を使ってこの冬に四国の両親を暖かい鹿児島によぶ計画を立てて、予約まで済ませた。人気のある路線は予約が大変だが、四国・松山と鹿児島は、人気薄ですんなりととれた。通常、22,000円が8,000円だから得した気分でいた。

 ところが、条件があり、5日以内に購入しないと予約が取り消される。ANAやJALは、クレジット決済がインターネット上でできるから問題ないが、JASは旅行代理店で購入しなければならない。それを5日目の朝までしっかり自覚していたが次に思い出したのは、夕方の6時頃でしっかりアウトだった。

 そこで、帰りの券を本日購入してきた。往路は、仕方ないので3週割得の17,000円の券を購入した。うっかり物忘れが18,000円についてしまった。これからはますます、こんなことが起こるだろうからメモと期限に余裕を持った行動をしなければならないよ。という「いましめ代」としよう。


2001年12月04日(火) しゃべって、ストレス解消

 小学校の授業参観・学級PTAと中学校の保護者会が重なって行われ、小学校を選んだそうだが、親が見ていることを意識して「ハイ、ハイ、ハイ」と手を挙げて先生の質問に答えるいつもの姿が見られたそうだ。夏輝は、1回たりとも手を挙げて答えることはなかった。史佳は逆らしい。1番目と2番目のちがいだろうか?

 手を挙げて、指名されて、その答えが「○○君と同じです」ということが多い。
その延長かもしれないが、高校生になっても指名されて「同じです」が返ってくることがある。質問した方からすると「主体性がない」とがっくりするが、もっと違った考え方や間違っているから再度質問するわけであり、「同じです」が続くと授業がしらけてしまう。中学生でも質問に全く関係ない答えや逆質問をしてくることがあり、子供には二つのパターンがあり、思っていても口に出さないタイプとTPOに関係なく思ったことをなんでも口に出すタイプだ。夏輝と史佳がそうだろう。

 私はどちらかというと夏輝タイプであり、何でも口に出せるタイプにあこがれさえ感じる。しゃべってストレス解消ができればいいだろうと思う。私の場合はストレスがたまらないほうだから特に問題はないかもしれないが。

 これから、忘年会のシーズン。お酒の力を少し借りて、おしゃべりをしてこの1年の貯まったものをすべてはき出してまた新しい年を迎えましょう。


2001年12月03日(月) 老歯

 史佳の歯が1本抜けた。とてもうれしそうだ。前歯の下が1本なくなって次を楽しみにしている。同級生のほとんどが歯が抜けていて、気後れしていたらしい。

 わが家は、血統的に歯が丈夫でいいかげんな歯磨きしかしていないのにほとんど虫歯がない。虫歯の原因であるミュースタンス菌が活動する前に丈夫な歯で噛み殺しているのではと思うほどだ。

 「口笛を吹いてごらん」というとなかなか吹けない。歯が、1本なくなっただけで空気が抜けて音が出ない。乳歯は生え変わるからそのうち、吹けるようになるが、永久歯の場合はそうもいかない。ねずみのように死ぬまで伸び続け、常に何かをかじっていなければ、自分の歯で口を突き刺してしまうよりもいいかもしれないが、せめて永久歯のあとに「老歯」が生えてきてほしいものだ。人工の入歯ではなく。そうなると高齢化社会の悩みがひとつ減るのだが。


2001年12月01日(土) 若さの秘訣

 師走に入り、早速、高校時代の同級生との忘年会に参加した。同窓会は、時間が過ぎるのがとても早く感じられ、いつのまにか次の日になっている。寄せ鍋を囲んでその時代の思い出話や現在の近況など語る楽しいひと時だった。

 「雅子様女子ご出産」の話題から子供の話になったが、結婚・出産が早かった人では、もう大学生、平均的には中高校生、遅咲きで小学校低学年と子育てのエピソードは尽きなかった。なかでも授業参観や運動会の話は、楽しい。幼稚園や小学校低学年の場合、親が参加する場面が多いが、遅咲き組は周りの親達に世代の違いを感じるようだ。しかし、よく観察してみると遅咲き組は、同級生なのに白髪も少なく、服装なども若々しくて「若さ」をしっかり保っている。実際の年齢とは関係なく、そのおかれた環境がその人の見た目の年齢を形成しているのではないだろうか。

 若く見られたほうが楽しい気がするが、この歳になると着こなしや振る舞いや話題で若くにもそれなりにも変身できるのではないかと思う。しかし、気持ちだけはまだ30代と変わっていないような気がするけれど・・・。


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