MOTOYANの日々題
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2001年07月31日(火) 夕立の季節

 この時季になると「夕立」があることが多い。最近は異常気象のせいか、昔のような涼しさを運んでくれたり、きれいな虹を見せてくれる夕立は少ない。ゲリラ的に降り、しかも私が世の中で一番嫌いな「雷」を伴ってくる。今日も雨こそ降らなかったが、5〜6時ごろ落雷の嵐だった。

 車や家の中にいるときは、それほどでもないがこの時間は部活動で外にいることが多い。西の空が真っ黒になり、青っぽい感じが雷雲である。雨を伴えば練習中断の判断がしやすいが、雷だけでは中断すると「なんで?」ということになる。「落ちたらこれも運命よ」などと冗談を言いながら怖がっていた。部員に「怖い者、手を上げて」というと数人が名乗り出た。

 ゴルフ場の落雷はよくあるから、サイレンでプレー中断となる。野球でも群馬県の高野連のルールには、「雷のときは、金属バット使用を禁止し、木製バットに取り替える」というのがある。試合のときは、常に木製バットを準備しておかなければならないわけだ。落雷事故としては、野球帽子の頂上にある、丸いアルミ製の飾り(これは何のためにあるのが、いまだに不明)の落ちるケースがあるらしい。

 野外活動では、つねに自然の脅威に細心の注意を払う必要がある。今流行りのアウトドアライフでのキャンプやつりなど気をつけてほしい。

 ちなみに雷に当たる確率は、3億円の宝くじに当たるより低いとか。でも、当たる人もいるのだから厄介ものだ。あの、電気的エネルギーを蓄電できないものだろうか?バックツーザフューチャーでは、できていたような・・・。


2001年07月30日(月) 指定休だった

 28日の日記に夏休みは先生の特権とか書いたが、40日間すべてが休みだという誤解を招きそうなので先生の夏休みの勤務について詳細は次のようになっている。

 休みの前に動静表を提出する。出勤・出張・年休・指定休・研修を書き込むようになっている。出勤と出張はその通りで、年休は年次有給休暇(年間40日)ある。指定休は、世の中が週休2日のおり、先生は第2と第4土曜日が休日であるが、うちの場合は第2だけが休みだから、世間との差額を夏休みにまとめて取るようになっている。年間16日程となる。年休と指定休は、勤務時間に拘束されずに何でもできる。朝寝・朝酒・朝湯、昼寝・昼酒・昼湯OKだ。

 次に研修、教育職員には研修権があり、勤務場所を離れて研修ができる。自宅研修も認められる。(業務に支障のない範囲で)だから、研修日は、勤務時間に拘束されるのが建て前となる。研修の範囲の解釈が難しい。研修計画書と報告書を出さなければならないところもあるが、何かを行ってそれが授業や生徒に還元されればよいと思う。旅行に行く、パソコンの研修をする、読書をする、体育の先生はゴルフもOKでしょう?いずれにせよ、40日間の夏休みを有意義に過ごすことが大切で2学期からリフレッシュして仕事ができるように英気を養う期間だろう。

 きょうは、朝、出勤したら「今日は指定休じゃないの?」と言われ、見てみるとそうだった。いつを指定休にしたかを忘れるくらい毎日のように出勤していることに気がついた。

 


2001年07月28日(土) 先生の「こだわり」

 夏休みも1週間が過ぎた。この調子でいくとすぐ2学期が始まりそうな気配だ。
「先生」という職業について25年、夏休みも25回目で年々、短くなっているような気がする。40日あるのだが、部活動を指導していると完全に休みは1週間程度だろうか?
 
 思い出といえば、初めての海外旅行でインドネシアに行ったこと、鹿児島から北海道の利尻島・礼文島まで車で往復したことなど主に旅行のことである。幸いなことに妻の実家が愛媛県だから里帰りついでに小旅行が毎年やれることも楽しみの一つだ。

 そんな夏休みを過ごせる職業の「先生」は周囲から見れば、うらやましいことだろう。自分が先生でなければ、たぶんそう思うに違いない。この25年を振り返ってみると「こだわり」が二つあることに気づく。

 一つ目は、自分のことを「先生」と言ったことがない。よく「はい、先生の方を見なさい」とか使われているが、「はい、私の方を見なさい」と言っている。先生として自信がない表れかもしれない。デンバーの総領事が公私混同で問題になっているが、「閣下症候群」と呼ばれているらしい。周囲に「閣下」とか「閣下殿」などと呼ばせて「しきる」ことにより、自分がいつの間にか「閣下」になっているような錯覚に陥ってしまう、ことらしい。

 次に自分で板書したものは、必ず自分で消す。これは、字が汚くて恥ずかしいからなるべく早く消したい、という心理が働いている。普通は、板書事項を生徒が書き写す時間を与えるために休み時間までそのままにしておき、当番が消すケースが多い。私は、それを許さない。以前は、黒板を消していると生徒が手伝ってくれていたが、最近では自分だけで消すことが多い。ある意味では、先生や大人のサービスに子供が慣れっこになってしまったのではないだろうか。

 師弟同業という言葉が流行し、先生と生徒が助け合って一つのことを成し遂げると言う意味らしいが、私はこの言葉は好きではない。「先生は、先生」「大人は、大人」「子供は、子供」だからそれなりの立場で物事を行うのが理にかなっていると思う。このことが、最も大きい「こだわり」かも。時代遅れかな?

 「先生が、大人が、やってくれて当たり前」と思う子供にならないように夏休みは家の手伝いをしっかりやらせましょう。


2001年07月27日(金) 買い手>売り手の時代

 姶良郡加治木町に龍門の滝という名所がある。高速道路からよく見える滝で雨の後は水量が多い。夜は、グリーンのライトアップで美しく見える。
昨日届いた新車で初乗りをしてきた。昼はそうめん流しがあり、観光客も多い。
その横に町営の温泉センターがあり、さっそく入浴してきた。

 県内の銭湯の料金は330円が一般的だが、250円と格安だった。ぬるめのお湯でゆっくりとつかれる温泉だった。ライトアップされた滝が見えてなかなかいい感じだった。

 その入浴料の話だが、大人・小人・幼児で区別されている。大人といえば銭湯の場合は中学生以上で小人は小学生、幼児は未就学児だ。ところが、そこの温泉は中学生は小人の料金でOKだった。加治木町では中学生は子供という解釈だろう。
帰りの車中で「なぜ、中学生が大人料金ではないのだろうか?」という疑問に小1の史佳が「大人は、20歳からだよ」と答えてそれでその話題はおわった。

 商いの世界では、都合のいいように売る側が決めている。航空運賃では、国内線は3歳未満が無料なのに国際線は2歳未満となっている。JR・バスなどは未就学児は無料。今日、樟南高校の優勝で幕を閉じた高校野球は、小学生以下が無料などとまちまちだ。特記すべきは、熊本県のゴルフ場はジュニア養成の目的で高校生以下のラウンドはグリーンフィーはいらないらしい。だから、将来プロゴルファーを目指す少年・少女は熊本に集まっている。

 鹿児島県内の大学が相互の単位を認定する制度を導入するらしい。少子化のおり、高校生が県外に流出するのを防ぐ目的だ。「売る側」がいろんな工夫をしないとやっていけない時代が確実にきている。牛丼の吉野屋も大幅な値下げをした。


2001年07月26日(木) 灼熱化や酷暑化

 梅雨明けは、よかったがその後暑くてたまらない。例年は、日陰に入ると涼しさを感じるが今年は空気自体が暑くて、クーラーなしではいられない。

 1日の電力消費量が、過去最高を連日記録している。今までは、夏の甲子園の準々決勝あたりから、TVでの消費が多くなるらしいがまだその季節ではない。いまは各県予選の終盤だ。鹿児島も予想通りの決勝戦が明日行われる。いつも2強の鹿実と樟南が優勝するので公立の玉龍に勝ってほしかったが、今年も惜敗だった。4年前、決勝で勝利がそこまで来ていたのにミスでいけなかったことがあった。家でTV観戦していて負けたのを見届けて車で出かけたが、「残念だったなぁ」と思いながら200m走ったところでおまわりさんに止められた。シートベルトを忘れていた。いつもはしっかり閉めていたのにそのときだけのことだった。そのために16年無違反記録が途切れて、免許証から金色のラインが消えた。

 2日前の毎日新聞の余録を一部引用する。
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 太陽と犬の星シリウスの熱で暑さが厳しいと古代人は信じたようだ。日本でもこの時期、日の出の前後に太陽とシリウスが並ぶ(「日常の気象事典」東京堂出版)。夏は暑いに決まっているが、並外れた暑さにあうと、太陽とシリウスと地球温暖化のせいではないかと考えたくなる。

 温暖化という表現がいけないのかもしれない。「この地方は温暖でミカンが実り」という地理の教科書の一節をいまも覚えている。温暖はうらやむべきことで、悪いことではなかった。地球温暖化で地球がミカン畑になると考えたわけではないが、温暖化のひびきはやさしい。灼熱(しゃくねつ)化とか酷暑化とかにすればよかった。
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 この暑さが地球の灼熱化や酷暑化のせいではないかもしれないが、確実に昔に比べて暑いと思う。クーラーから出る熱風や車からの排気ガスの影響が大きいのではなかろうか。

 きょう、新車が来た。地球にやさしい運転を心がけたい。


2001年07月25日(水) 5位→3位→4位?

 世界水泳福岡大会の女子4×200mリレーで面白い?ことが起きた。
1位から順にオーストラリア・アメリカ・イギリス・ドイツ・日本のゴールだった。
日本は日本新記録で5位と健闘した。

 しばらくして、順位の訂正があった。金・銀の2チームが失格で繰り上げられ日本は銅メダルとなった。1位のオーストラリアは優勝の喜びのあまり、他チームがゴールしていない時にリレーのメンバーがプールに飛び込んだという反則。アメリカは、1番目と2番目の引継ぎがうまく行われていないという反則。話はこれで終わらない。アメリカチームが、抗議して水中カメラの映像ではうまく引き継いでいるということで失格を取り消し。つぎは、その失格取り消しに対してイギリスと日本が抗議。結局、明日の午前9時に判定するとのことで落ち着いた。

 このハイテク時代にタッチしたかしなかったかの判定は当然センサーで行っているはずだ。審判が肉眼で判定したのか、センサーによって失格を出したのかわからないが、アメリカの抗議によって判定が覆されるなんて政治の世界と同じようだ。
京都議定書問題や沖縄暴行事件などと共通点があるようで明日の判定が楽しみだ。

 日本選手へのインタビューで「銅メダル、おめでとうございます」に「実際は5位だったからうれしくない」という答えがいかにも日本女子水泳陣らしかった。
オーストラリアの失格は、酷だ。ルールかもしれないがレースでは正々堂々の1位なのだ。ルール違反がはっきりしているので抗議はできなかったのかも。もし、アメリカだったら来年からルール改正になるのでは。

 野球では、「ランナーは、走塁中に同チームの選手に触れてはならない」というルールがあるが、ホームランで3塁を回ったときにサードベースコーチと握手をしたり、ホームイン前に自軍の選手にもみくちゃにされることは、ルール違反のはずなのに何も言われない。野球と水泳ではルールの解釈が違うものだ。


2001年07月24日(火) 100円で夏バテを解消

 マクドナルドがデフレの仕掛け人とか言われている。平日半額セールが人気のようだ。以前に比べて、ハンバーガーはかなり安くなっている。あまり食べないが、アンパン感覚で庶民が購入しやすい状態となっている。ハッピーセットには、おもちゃをつけて子供達にもファンが多い。

 物を買うときの金銭感覚は、私の場合は、その金額で自分で簡単に作れるものならば買わない。例えば、飲み物で今はやりの「お茶類」150円で500mlのペットボトル製品がある。これなら自分で150円以内で作れそうなのでパスだ。横に並んでいるコーラ、これは150円では作れそうにないのでこちらを買う。という具合だ。

 仕事用のテープカッターがなかったので買いに行った。セロテープを据付けて必要な分だけ切って使う。カタログ上では、1200円程度だ。たしか、300円前後で売られているのを見たことがあったのでその店に行ったら、案の定197円で置いてあった。200円では絶対に作れないし、材料費の元もとれないと思う。自宅用と2個を購入したが、これを作った人のことを思うと涙が出るほどかわいそうだ。原材料費もとれないような物の値段、これでは景気がよくなるわけがない。価格破壊もはなはだしい。もちろん、買うほうとしては安いに越したことはないのだが。

 40年前と値段のほとんど変わらない食べ物がある。しかも、それらは食材としては、とても優秀なものだ。ニワトリが、1日1個をいきんで産む卵と大豆が原料の豆腐だ。1個10円、1丁50円。ゆで卵を10個食べても100円。豆腐を2丁食べても100円。こんなに食べられますか?もう一つ、バナナ。3本食べて100円。

 砂糖がいっぱい入った、150円のジュースを飲むよりも水を沸かしてお茶を入れてゆで卵2個と冷やっこ半丁とバナナ2本を食べたほうが、100円でできる長生き法にちがいない。夏バテ解消におすすめだ。

 


2001年07月23日(月) イ〜ヨ・チン

 7月23日は小さな頃からの特別な日として存在している。出身地の加世田にある竹田神社の夏祭りの日だ。
 竹田神社は、島津日新公を奉る神社でその六月燈では、二才踊り(にせおどり)と稚児踊り(ちごおどり)が奉納される。武士の時代に敵のスパイを発見するための踊りとか言われているが定かではない。加世田の子供達は、その稚児踊りを2ヶ月ほど前から練習する。3・4年生が「春はまず、・・・・」という歌を覚え、5・6年生が鐘と太鼓をたたく。貧しい時代に育ったために練習の終わりに出されるパンやお菓子をめあてに参加する子供も多かった。昔は、武士の子供だけだったらしいが希望すれば誰でも参加できた。
 「ポ・ト・カン、ポ・ト・カン、コ、ズとかイ〜ヨ・チン・・・」という鐘や太鼓の楽譜を覚えさせられ、本番では、衣装を着て2kmほどの神社までの道のりを歌いながら歩いて、神社の境内で披露する、よくわからない踊りだ。4〜6年まで参加した。

 島津日新公といえば、「いろは歌」が有名だ。だから加世田の小学校は、い組・ろ組・は組とクラス名がいろはになっている。
い:いにしえの 道をききても となへても わがおこないに せずばかひなし
ろ:楼の上も はにふの小屋も 住む人の こころにこそは たかきいやしき
は:はかなくも 明日の命を たのむかな 今日も今日もと 学びをばせで
に:似たるこそ 友としよけれ 交らば われにます人 おとなしき人
ほ:ほとけ神 他にましまさず 人よりも 心に恥ぢよ 天地よく知る
へ:下手ぞとて 我とゆるすな 稽古だに つもらばちりも 山と言の葉
と:科ありて 人を斬るとも 軽くすな いかす刀も ただ一つなり
これ以降は、下記のURLでご覧ください。
http://www3.synapse.ne.jp/hantoubunka/kasedainfo/irohauta.htm

 郷土教育の盛んなころに育ったためか、よく覚えている。現代の子供達はおそらく知らないだろう。あの頃は、1週間の努力目標に「方言を使わない」なんてアンバランスな教育もさかんだったっけ・・・。

 


2001年07月21日(土) たたけよ、さらば、開かれん。

 ボクシングというスポーツにそれほど興味があるわけではないが、先日の畑山が破れた世界戦をみていて思った。スポーツの勝負というのは無情でいいわけのきかないものであるが、ボクシングは、自分を守る道具は、鍛えられた肉体と拳(こぶし)だけであり、それが人生を左右するのだからすごい。他人を「たたいて」巨額の賞金と名誉を与えられるが、ハングリーがリッチに変わったとたんに引退の影が近づいてくる。

 プロ野球のオールスター戦が始まった。野手は、投手から投げられたボールをバットという道具で「たたいて」結果を出し、億単位の年収を得る。イギリスで行われている全英オープンゴルフでは、クラブでボールを「たたいて」穴に早く(少なく)入れたら巨額の賞金を手に入れる。

 昔の先生は、悪さをする生徒を「たたいて」指導した。だから、生徒は先生を恐れていた。しかし、今は・・・・。たたけば首がとぶ。たたきたいこともあるのだが。

 もう8年になるうちのテレビは、時々画面が真っ暗になる。そのときは左45度から一発「たたいて」やると映りだす。もう2年くらい前からだから1日1回としても700回ほどたたかれている。もう変え時だ思っているが、ちゃんと映っているから不便はない。ただ、たたかれ過ぎて、怒り出して発火するのではという心配もあるが。


2001年07月20日(金) 夏祭り

 夏休みに入って、さっそく3連休。首都圏や阪神の高速道は30kmの渋滞も出たとか。夕方のなると、あちこちで花火の音が聞こえて、六月燈や夏祭りが開かれている。昔は、子供は浴衣を着て親と手をつないでうちわを持って歩いて神社や公園に出かけたのが夏祭りの光景でした。しかし、現在は少々様変わりしていて親子よりもカップルや友人同士のお出かけが多いようだ。

 車社会化のために親と出かけるときは、車がほとんどで歩くことの少ない大人の生活様式がここにも影響してきている。万が一?、子供が「お父さん、お祭りに行こう」と誘っても「暑いし、歩いていくのは疲れるから」なんて口にするものならば、それ以降、子供は親を二度と誘わないで友達と出かけるでしょう。この逆もありえることで親子の溝がますます深くなるに違いない。この夏は、しっかり歩きましょう。

 


2001年07月19日(木) 1学期終了

やったー!明日から夏休みだ!


2001年07月18日(水) 読書嫌いをつくる読書感想文

 ついに(やっと)2ヶ月続いた。今までの人生に中でこれほど同じことを続けたこともないだろう。頭、ナデナデ。

 梅雨明けが宣言されないまま、明日から夏休みを迎える。夏休みの後半になるとやりのこしたことを後悔してしまうので今年こそは計画をしっかり立てて充実させようと思う。

 夏休みの宿題に読書感想文がよく出される。日ごろ読書に時間を費やしていないものにとってゆっくりと本を読む時間はたっぷりとあり、読書の証として感想文を要求される。「感想文」を書かされることが「読書嫌い」へつながらないか心配だ。振り返ると8月30日ごろからたまった宿題を集中的に行っていたが、読書感想文だけはどうしようもなく、本の後ろについている「解説」だけを読んで適当に書いていたような気がする。原稿用紙2枚がとてもきつかった。

 この日記を書くようになって1日に何文字ほど書いているか数えると800〜1000字程度を書いている。パソコンを使うと小学生でも1000字程度はすぐに書いてしまう。鉛筆とキーボードとの違いかもしれないが、そのうち小学生の宿題もフロッピーやCD−Rで提出という時代がやってきそうな気配だ。そうなれば、宿題も楽しいことだろうなぁ。
 
 

 


2001年07月17日(火) 早寝・早起きは難しい

新しい朝が来た♪希望の朝だ♪喜びに胸を開け 大空仰げ♪
お風呂の中で史佳が、歌いだした。その瞬間、脳裏に衝撃が走った。
「夏休みだ!毎朝のラジオ体操が始まる。恐怖の6時半だ」
子供はぐっすり眠っている。「眠った子を起こすな」と言われても起こさなければならない使命感をもつ親の一日の始まりだ。学校に勤務していると子供同様、夏休みがある。忙しかった1学期の疲れを取ろうとゆっくり朝寝でもしてみたいと思っても無理な話だ。昨年は、町内会長という使命感で起きてがんばったが今年はそんな使命はない。

 生活様式が変化し、就寝の時間が昔に比べて3時間ほど遅くなっているが、朝は同じだ。睡眠時間が少なくなっている現代において、どこで「以下、省略」、つまり息抜きや手抜きをするかが大きなポイントであろう。昼休みにお昼ねができればよいが昼休みなんてないような生活をしているとなかなかである。他人を見ているとみんな強いなぁ、スタミナあるなぁ、元気だなぁと思えるこの頃だ。

 睡眠時間の減少は、確実に自分の健康を蝕むはずだ。大人も子供も常に寝不足状態ではなかろうか。人類がこの地球上に生息するようになってからエジソンによって電灯が発明されるまでの長い間、日の出とともに起き、日の入りとともに寝るという生体リズムがそんな簡単に変えられるはずがない。

 何もしなくても疲れる暑い夏の日、せめて睡眠の質だけは高めることが必要だ。そのためには、昼間の十分な活動が不可欠だということもいえる。昼間はしっかり動いて、夜はぐっすりと眠りましょう。


2001年07月16日(月) 場の力に完敗

 試合開始時間18:00、ナイターで行われた今年の夏の初戦は20:20に幕を閉じた。相手を侮っていたわけではないが「勝つつもり」のゲームを落とすと疲れが倍増する。

 皆さんの大きな応援にこたえることができずに申し訳なく思う。ヒット数・エラー数が同じで点差が7点、エラーがどこで出たか、つまりタイムリーエラーの差だった。2死3塁から出るエラーは1点につながる。毎日のように練習していることが、できなかったら練習不足となる。特に実戦的な練習が不足していた。それと多くの観衆の前でプレーをするというこの上ない喜びが、逆にプレッシャーとなって選手達にのしかかっていた。

 「場」の力に負けない気力づくりは、場数を踏むしかないかもしれない。特に高校生にとっては。ゲーム中も周りが見えない状態が続いていた。ベンチが指示を出してもうなずくだけで結果は逆。相手投手がストライクを取るのに苦労しているから「まて」の指示。しかし、0−3から初球から手を出してしまう。ランナーがいいスタートで盗塁しているのにファールにしたりバントをしたり、とてもいつもの状態ではなかった。

 いずれにしても3年生にとってはこれで終わり。新チームの練習が早速、始まった。来年こそはと思いつつ、「勝てるチーム」づくりは野球の技術以外の何かにヒントがありそうな気がする。野球は、そこそこできるのだから。やはり、監督の技量だろうか。そうだ。という夢にうなされて昨夜は丑三つ時に目がさめて、1時間ほど眠れなかった。


2001年07月14日(土) 財団法人日本英語検定協会

あす、英検の2次試験が行われる。私も中3のときに3級を受検した覚えがある。
全国の中学生が受検するが、英語力を試す機会として定着している。1〜5級まで7段階の試験があり、年間の総受験者数は360万人にのぼる。
STEP(日本英語検定協会)HPをのぞいてみたら、各級ごとの合格率などが書かれてあった。3級の合格率は5割、1級は6%だそうだ。

3級を持っていても話せない私であるが、聞くほうがもっと難しい。日常の生活の中で英語を聞いたり、話したりする機会がないから当然のことだけど外国に出かけた時はほんとに不便を感じる。観光地は日本化しているから日本語でだいたい通用するが、細かな部分では意思の疎通がうまくいかない。

英検の資格を持っていても1級以外は使い道がないという。1級があれば就職には都合がいいと聞く。今年、高校を卒業した生徒が中2のときに1級に合格して話題になったが、彼女は両親とも英語の先生で海外生活を経験しているし、家庭でも英語で会話をしていたらしい。彼女が家に電話をしているのを聞いたことがあるが、グリーンの公衆電話から英語で話していた。

ところで360万人の受験者が、平均3000円の受験料を支払うとすると100億円を超える収入となる。こんなに安定している財団法人がほかにあるだろうか?
いや、私たち一般庶民から見ればすごいと思うけど、たいしたことはないのかな。
大リーグの選手でも年俸30億というプレーヤーもいることだし。


2001年07月13日(金) 縁起を担ぐ

13日の金曜日、今のところ不幸は起きていません。
アメリカで最悪の日だと言われていることから、映画もあったようです。
「縁起を担ぐ」ことが特にスポーツの世界でよく言われます。
霊柩車にであった日は、調子がいい。とかいろんな口実をつけて幸運を再び呼び戻すことを願ってのことです。雨男・雨女も似たような表現です。

いつもと違ったことをして、結果がよければそれが縁起につながるわけですが、いつもうまくいかないのが人生でしょう。だから、私は、縁かつぎは、ほとんどやりません。もともと、信仰心のとても薄い人間ですので現実を見つめながら、進んでいます。だから、喜怒哀楽に欠ける面白みのない人間です。

瞬間湯沸しのように真っ赤になって急に怒り出したり、テレビドラマに号泣したりする人をみるとうらやましいと思うこともあります。ストレスがたまらないだろうなぁ、長生きするだろうなぁ、などと思います。

いよいよ、日曜日に野球の初戦です。「わたしが、応援に行ったら負けるから」という方、勝つより負けるほうが圧倒的に多いのですから、気にしないで応援に来てください。めずらしいシーンをお見せします。ベンチは1塁側です。
志學館は、1塁側ではよく勝つのですよ。


2001年07月12日(木) ネーミング

 天才バカボン、ヤッターマン、平家物語、必殺仕事人・・・。これらは、テレビ番組の題名でもありますが、パチンコの機種の名前です。いろんな名前を付けて客寄せをしています。
 
 ネーミング(名前の付け方)は、第一印象を左右するもので、新しく生まれたものに名付け親が苦労してつけるものです。「名は体を表す」と言われますが、自分の意志でつけられた名というのは少なく、「つけられた」名がほとんどです。

 今の支持率90%弱の首相と同じ名も何かの偶然でしょう。名前を伝えるときに「小泉さんと同じ」というとすぐに理解してもらえます。以前は「いとへんの純粋の純とか単純の純」とか言ってました。順・準・淳・惇などと区別をするためです。それより大変なのが苗字です。5画の簡単な字ですが、元・基などと区別するために「ホン」です、という。しかし、銀行などで名前を呼ばれるときは、よく聞いていないと聞き逃します。「ホン」さん「モトズミ」さんなんて当たり前。近くの行員と議論して読んでくれる場合もあります。通帳を見て隣と語っているときは、自分だなと思います。ただし、鹿児島では、メジャーですので間違えられることはめったにありません。最近は、スーパーなどの三文判にも入っています。

 うちに子には、夏に輝くように「夏輝」、3月1日生まれで2月と3月の変わり目に生まれたから「史佳」(二三か)とつけました。いまのところ不満はでていません。


2001年07月11日(水) MLBオールスター戦

MLBのオールスターゲームをみて日本とはスケールが違うことを再認識した。ベースボールの歴史とプレーヤーやファンを大切にする企画が盛りだくさんだった。

 今季限りで引退する、元祖鉄人リプケンに対する思いやり、ホームランまでも打たせるサービス。そういえば、巨人軍は不滅ですと言った長島茂雄の最後の打席も444本目のホームランだったなぁ。その巨人軍がついにヤクルトに首位を譲った。

 MLBを見ていると日本の野球が貧弱に見えてきた。戦術的に5,6点取られても先発投手の交代はなし。無死砧櫃任皀丱鵐箸呂覆掘8橘擇箙盒兇硫室蠅淵丱鵐箸鬚金を出して見に来てるわけではない。次から次へと投手を交代させる野球もCMだけが多くなり、つまらない。この1年、日本のプロ野球に対する興味が薄れてきたようだ。もっと楽しい野球を見たいものだ。


2001年07月10日(火) インターネットと健康

 高校の保健の授業で「インターネットと健康」を実施しました。今の教科書にはまだこの項目はありませんが、近いうちに出て来ると思います。
 まず、現状調査、インターネットがつながっている家庭が75%、自分専用のパソコンを持っている生徒が10%でした。

 授業は、VDT作業(ビデオ・ディスプレイ・ターミナル)と目の健康、体に及ぼす影響で始まり、ネット中毒、人間関係の希薄化へと進んでいきました。
メインは「人間関係の希薄化」です。
 メール・チャットなどコミュニティの新しい手段が、インターネットによって確立できたが、実生活とちがって、「いつでもその関係を止められる、逃げられる」ために希薄化が懸念されています。人と人の付き合いができなくなる危険性を心配している向きがあります。

 生徒達の反応は様々でしたが、「希薄になる」と答えたものは少なかったです。
バランスの問題であり、ネットによって新しい友情や人間関係が培われるので割り切って考えるべきだと言っていた。かなり、インターネットをやっている生徒の意見だった

 コミュニティの道具としては、とてもいいものであり、古き友人、新たな友人と話ができ、使わない手はない。人間関係の希薄化は、実生活のほうが進んでいるのではないだろうか?無差別殺人やわけのわからない事件が多発すること自体、自分とごくわずかな仲間以外は、人間とは思わない犯罪者達の心理、それが、親であろうが子であろうが関係なしという、動物よりも恥ずかしい人間が増え、「犬畜生にも劣る奴」なんてとても動物に悪くて使えない世の中になりつつあることを嘆いています。
 人間の命が世の中で一番大切である。という基本をしっかりと心して、人間関係をいろんな手段で大切にしていくことです。と結んでチャイムが鳴りました。


2001年07月09日(月) 影武者

 戦国時代には、大将の身代わりをする影武者が存在した。現在でも政情不安定の国や地域では、あるかもしれない。影武者の条件は「似ていること」だろう。
 
 野球では、相手チームの先発投手が右か左か予想できないときに先発メンバーにその日に登板予定のない選手を「当て馬」として登録することはよくある。
 
 今日の夏の高校野球県大会でのできごと、V高校のエース(背番号1)がユニフォームを忘れた。そこで控え選手のユニフォームを急きょ借りた。ところが問題は背番号だった。1〜20の中で1に使える(改造して)のは11〜19、結局15を半分に切ってそのユニフォームを着て登板したそうだ。15の選手は、背番号がなくてベンチには入れないのが、ルールだ。
 
 15の選手は、3年生だった。最後の夏の大会で背番号をもらい、ゲームに出場するチャンスもあったかもしれない。ゲームが始まる前にベンチからスタンドへまわされ、出場のチャンスは絶たれた。残念だったことだろう。

 ほかの控え選手には、来年もある2年生もいたのだが、エースと「似ていた」ことが影武者になった所以である。ユニフォームにはサイズがあってS・M・L・Oが一致したのだろう。体格が似ていたのだ。

 将来の同期会では、「お前が、ユニフォームを忘れなければ・・」という笑い話になるかもしれないが、当分は1も15もすっきりしない日々が続くだろう。「これこそ、チームワークだ」という声もあるだろうが、ベンチがもっと機転をきかせばよかったと思う。気づいた時点で取りに行くとか(試合の途中で着替えれば15は復帰できる)、試合の済んだチームに借りるとか、球場に一番近い高校(うちの学校?)に借りに走るとか、いろいろ考えられただろう。借りに来たら喜んで貸してあげたのになぁ。(エースナンバーは付ける者がいないのに?)

 残念ながら、V高校は初戦で敗退し、もう次の試合はない。


2001年07月07日(土) 4桁の数字

 わが家のセカンドカー?トヨタGAIAが7月いっぱいで3年を迎える。
 3年前に志學館の1期生がトヨタのセールスマンになり、第1号車を購入した。
300万超の車でとても貧乏者には買えない車であったが、「スーパーバリュウプラン」という制度を利用した。車体価格の43%を残価として57%分を3年で支払うという購入法だった。走行距離が3年で36,000km以内なら追い金なしで返却でき、3年後に買い取ってもよいのだ。その3年目がやってきた。走行距離3万km、ほとんど傷なし。

 そのセールスマンがやってきて、今後どうするかの話をした。同じ車種の新型を勧められ、再度同じ方法で購入することに話がついた。8月にはいる前に新車がやってくる予定でなんと贅沢なことと思いつつも楽しみである。

 今は、ナンバーを選べる制度があり、4桁の数字を決めなければならない。世の中で4桁の数字は結構メジャーで電話番号、暗証番号など使われている。いざ、決めろといわれてもなかなか難しい。7777・1111・3333などはありふれているし1188(いいパパ・いいはは)なんて当たってないし、1・3など一桁もさびしいし、目立ちすぎる。たった、4つの数字の並びを考えるのに車を購入する決断より悩むとは思いもしなかった。特に希望せず、順番に取れたままも芸がないし、他人に聞くのも変だし、困ったものだ。銀行の暗証番号は簡単に決められるのに。

 なぜ、迷うかというと自分だけが使う車ではないということと決めたらセンスを問われるという点にあるような気がする。7777なんてギャンブラーか目立ちたがり屋が選ぶ感じだし、ますます悩んでしまいそうだ。たかが車のナンバーで。

 同じ数字が2個以上ない。かつ続き数字がない4桁の数字はかなり少ないのではないだろうか。走っている車のナンバーを観察してみるとめったに見ないようだ。2468・1357など。数学の確率の得意な方、その確率を計算してみてください。

 


2001年07月06日(金) 七夕

明日は七夕、笹竹に願い事を書いたたんざくを下げて「星に願いを」でした。
さて、なぜ笹竹なのか?たんざくなのか?調べてみました。
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笹竹・・・七夕が日本に伝えられる前から笹(竹)は神聖なものとして大切に扱われてきました。タケノコから親竹になるまでの期間の速さに生命力を、強力な殺菌力を持つその葉に魔除けの力をもつと考えていたのです。そのため人々は笹竹で身を清めたり、魔をはらう儀式をしたり、神に祈りをささげていたのです。(今でも地鎮祭では笹竹をたてて土地を清めますし、神社で宮司さんや巫女さんが笹でお清めをすることがあります)     
 七夕の神である織姫・彦星にささげものをするときの目印として、神聖な植物である笹竹を立てたのが始まりで、のちにささげものが変化して今のような「飾り物」になったときに、笹竹に取り付けられて今の笹飾りになったのではないでしょうか?笹飾り自体が文献に初めて記されているのは鎌倉〜室町時代のあたり、ポピュラーになってきたのは江戸時代になってからなのです。

短冊・・・七夕の歌にもある「五色の短冊」。もとは五色の布が使われていたとか。お裁縫や機織りが上達することを願って、織り姫に捧げたとされています。その他、針に五色の糸を通したものを飾ることもありました。のちに高価な布の代わりに紙の短冊となり、お裁縫や機織りの上達といった事以外の願い事を書くようになりました。また、平安時代、貴族たちの七夕まつりで「梶の葉」に詠んだ歌を書いたのが変化したという説もあるようです。
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 最近は竹を調達するのが困難になってきています。トラックが大きな竹を積んで運んでいる光景を見ます。きっと幼稚園で使うのでしょう。うちにも小学1年生の姫がいますので小さな笹竹を準備して年に一度の七夕をやりましょうか。
明日の夜は、雨の予報ですが、星は見えないでしょうか?


2001年07月05日(木) 099と0990の大きな違い

 NTTの失敗作、ダイアルQ2。0990で始まる法外な料金が情報料として徴収される可能性のある怖いサービスだ。すでにインターネットで知らないうちにこの罠にはまった方も多いと聞く。アダルトサイトへの接続が多いとのことだが、検索をしていると偶然にそのサイトに入ってしまうことがある。ダウンロードが要求されてもしなければ問題はないが、初心者はコンピュータの指示どおりに「はい」・「YES]をクリックしてしまうことがある。

 先日、パソコンを立ち上げてダイアルアップの接続をいつものような手順で行ってもつながらない。2・3回繰り返してもできないので、よく見てみると接続のアカウントと電話番号がいつもと違っていた。番号をみると0990で始まっている。自分でも家族に聞いてもそんな設定はしていない。いつのまにか、どこかのサイトを開いたときに自動的にパソコンに入り込んで来たようだ。そして、「既定」つまり、通常使うダイアルアップに居座っていた。

 たまたま、ダイアルアップのパスワードが保存されない状態になっているので毎回、パスワードを入れるために発見されたので被害はなかったが、「パスワードを保存する」状態であれば、怖い話である。フレッツISDNだから数時間も使っていたかもしれない。

 どのサイトから入ってきたか不明だが世の中にはいろんな過剰サービスがあるものだ。時には「マイコンピューター」の「ダイヤルアップネットワーク」を確認してみたほうがよさそうだ。


2001年07月04日(水) 焼肉の食いすぎ

 今週は、焼肉を2回も食べる機会がありました。基本的に肉は好きですからうれしいのですが、食べ終わったらカロリーのことが心配になります。夏の盛りだからスタミナ養成と割り切れるうちはいいのですが・・・。

 牛肉にもいろんな種類があります。値段の安い順に輸入牛・国産牛・和牛・黒毛和牛、そしてブランド牛です。この順番は、固い→軟らかいの順でもあるようです。まずい→うまいの順という考え方もできるでしょうが、これは好みの問題ですので置いておきます。ややっこしいのが、国産牛と和牛の違いです。日本だから同じように思えますが、大きな違いがあるようです。国産牛は日本で生まれ育った外国産の牛、ホルスタインが有名です。牛乳を生産するために改良された牛です。和牛は、日本で生まれ育った食肉用に改良された牛です。

 馬にもサラブレッドのように競馬や乗馬用の馬と最近はあまり見なくなった農耕用に適した馬などの種類があります。すべて人間に都合のよいように改良・淘汰された末裔たちです。しっかりと人間のために働いてくれています。

 「クローン人間」という言葉を聞き始めて10年余り経ちますが、人間も牛や馬のように目的別に改良する技術はすでに出来上がっているようです。私などは当然肉体労働用でしょう。いや、知的労働用かな?倫理的な問題で今のところは行われていません。人は生まれてから自分と親と先生の共同作業によって進路が決定されます。夢や希望をかなえたり、あこがれの職にもつくことができます。大きな努力と少しの運で決まり、一生を終えるのです。

 もうすぐ夏休みです。子供達よ、いろんな経験をして自分の進む道を見つけてほしい。ブランド人間にはならなくていいから、せめて和人間レベルには到達してほしい。


2001年07月03日(火) 試験監督時のすごし方

 いま、1学期の期末考査期間で教師は試験監督が割り当てられる。
生徒は必死になって問題に取り組んでいる姿をいやでも見なければならない。
直前まで学習したことを試す機会であり、具体的に点数として出されてくる。
50点ならば全体の1/2しか理解できていないということにもなるが、復習問題7割、発展問題3割が出題の相場だろうから70%の理解ととらえていいと思う。

 さて、試験監督であるがこれほど退屈な時間はなく、人生の時間を無駄に過ごしているようでとにかくつまらない。授業は、建て前として教師も生徒も戦場のように必死であるが、試験のときは生徒は必死、教師は超退屈という状況である。この時間に教師が必死になるのは睡魔との戦いである。話し掛けることもできない。読書や採点とかの事務仕事もできない。何をしていればいいのだろう。

 もちろん、試験監督だからカンニングが起こらないようにとか体の具合が悪い生徒の発見とか、本来の仕事はあるわけだが、これを必死になってやるとなんかこっけいである。ジロジロと見つめたり、教室内を動き回り、疑いの目で見られると必死にまじめに問題を解いている生徒の邪魔をしそうである。
 
 長年、やっていると退屈しのぎにいろんな業が身につくものだ。まず、黒板の前、つまり生徒の前には座らない。後方に位置する。万が一、居眠りしてもばれない。後方から見られると不正行為はできない。ここからは、楽しみ方。後ろの席から2列目ぐらいに立って、「後、10分」などと突然声を出すと、ほとんどのものが肩を上下させて驚く。時間が余っている生徒のところへ行って答案を見つめて微笑む。「そこがまちがっているぞ」といいたげに(実際は答えなんか見ていない)すると、微笑を返してくれる生徒と不安そうな顔をする生徒がいる。
試験用紙をくるんでいる輪ゴムを手に鉄砲のようにはめて、生徒の左手の上に置く。すると反射的に手を引っ込める。

 こんなことをして試験監督の退屈さを楽しさにかえている。もちろん、部活動の生徒とかよく知っている生徒にしかできないことであるので誤解しないでほしい。中高一貫の小規模でファミリー的な雰囲気の本校は、こんなことができる生徒の数が多いのでとても幸せだ。怒ったり、文句を言う生徒はいまだ一人もいない。みんな微笑んでくれる。 


2001年07月02日(月) お米500kg

 テレビのクイズ番組やスポーツ選手や芸能人が集まってゲーム大会などで賞品にビール1年分、お米1トン、牛1匹などびっくりするようなものがある。スポンサーがJAだったりして意図はよくわかるけど、まさかその賞品を実際にあげるのではなく、現金に換算したり、商品券でもらえると思っていた。ところが、実際に届くそうだ。

 昨日、美香さんが根占のゴールドビーチ大浜ビーチバレー大会にゲストでよばれた後、国分で食事をしているときに米の話題になり、先日のテレビ番組で賞品に高橋・佐伯ペアでお米を1トンもらい、その半分の500kgが送ってきたそうだ。10kgの袋を3つ束ねて、16個もいっぺんに届いて大変だったらしい。お相撲さんならまだしも米500kgはとても食べきれないので送ってもらうことにした。

 あすは、中学校の野球大会だ。ベスト4にはいると県大会出場となるが、めったにないチャンスだからがんばってほしい。


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