ヒカゲメッキ by 浅海凪

 ネタ+あるふぁ

「……どうだった!?」
 バレることも厭わず高らかに足音を響かせて駆け戻ってきた弟に、長兄が勢い込んで訊ねる。弟の両目はきらきらと輝いていて、おれの隣では、その様子に期待をつのらせたすぐ上の兄がごくりと喉を鳴らす。
「あのね、いまのとこ、うまく、いって、る、みたい」
 弟が切れ切れに報告した状況に、ひとまずは安堵の息が漏れた。五人分……ということは、無関心を装っている次兄も、気にかけてはいたらしい。はじめから大乗り気のすぐ上など、いまにも跪いて神に感謝の祈りを捧げそうな勢いだ。
「いや、安心するのはまだ早いぞ。なにしろあいつは凶暴だ。手を出させさえすれば、あとはこっちの交渉しだいでなんとでもなるが、詳しい状況を入手せんとな」
 計算高いふうの長兄の目が、妙に燃え上がっているように見えた。
「で、キスぐらいはしてたのか?」
 野次馬かよ。
 偏りまくった好奇心からくる質問に、おれの心のつっこみなど聞こえない弟は天真爛漫に答えを返す。
「ううん! 床の上で服脱がされてたよ!」
 ……兄貴。おれはいま、こいつを斥候にしたことを激しく後悔してる。
 口には出さないまま強く念じて兄たちを見れば、そんなことに気付く余裕はないようで、すぐ上が頬を紅潮させ(珍しい)、次兄は眼鏡を掛け直し(動揺したのをごまかす癖だ)、長兄は……しばらく震えていたと思ったら、やおら怒鳴った。
「いきなり床の上でだと!? 兄ちゃんはそんなこと許さーんっ!」
 そこなのか。問題はそこでいいのか。
 思わずつっこんだおれの頭から、弟の情操教育がどうとかいう問題は一瞬消え去っていて、おれも動揺してるんだなあとしみじみする。
 四者四様の動揺っぷりを前にして、弟だけが無邪気に首を傾げている。
 まあ、半ば騙くらかして手を出させたら責任追及して結婚させようなんて画策をしたんだから、今の状況は理想的なはずなんだが。そのはず、なんだが……
「男勝りで凶暴で貰い手もなくてと持て余している気分でも、予想を超えて積極的だと、意外に動揺するものだね」
 いちはやく動揺を収めた次兄が統括する。
「兄ちゃん、床だとダメなの? ダメだと姉ちゃん結婚できなくなってみんなに嫌われる寂しいオールドミス決定でくらーい人生でサイアクになっちゃうの? 今から変えてくださいってお願いしにいっちゃだめ?」
 ああ、この弟のなんと姉思いで、素直で、おれたちに容赦のないことか。邪気がないから、余計におれが救われない。
「それは駄目だ。絶対禁止。しばらくあっちのほうに行くのも禁止。むしろここから出るな」
 弟からすれば理不尽極まりない命令に弟が食い下がるよりも早く、妹の部屋から派手にでかいものを倒すような音が響き。
「あンのくそ兄貴ども全員殺スッ!!」
 悪どい策略でも立てなければどう考えても婚期を逃す、我が家で最も凶暴な我らが妹君が、本気の本気で殺意を撒き散らしながら、寝室から飛び出して来たことを知り。
「……これでは、生涯独身を貫き通すも已む無しという気がしますね」
 次兄の事実上の離脱宣言を聞きながら、おれたちは一斉に逃亡を開始した。


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 というわけで11月最後の日記です。
 といって何か特別なことがあったわけではないのですが。

 馬鹿文が書きたくなったので書いてみました。
 男勝りすぎて嫁の貰い手がなさそうな妹を心配して、既成事実作りを画策する兄たちと弟。床の上に反応して怒る兄が書きたかったようです。
 激しくどうでもいい設定ですが、上から26、22、20、19、18、12で、全員独身、結婚の当事者は五番目。兄ちゃんは妹の前に自分の心配をしたほうがよさそうです。

2004年11月30日(火)

 とじ籠める

 今日は日暮れごろから靄がたち、白の向こうに翳んでいる夕焼けや光を限られたオレンジの街灯や、水墨画に描きとめられたような山里、同じもののようには思えない風景を横目に、襲いくる眠気とたたかいながら車を走らせました。
 いつもなら夜更けの山道なので多少ハンドル捌きが覚束なくても危険に直結はしないんですが、今日は休日出勤で夕方の車の多い時間に帰ったりしたから、とても嫌な汗をかきました。ここのところ溜め込んでたデスクワーク(しかもパソコン作業ばっかり)をまとめて片付けたりしたものだから、目が疲れてたのも悪かったんでしょう。
 なんでこんなことを書いているのかというと、もっと靄のかかった風景を堪能しておけばよかったと後悔しているからです。くそー失敗したー。

 近況報告。
 仕事は相変わらず忙しいですが、それが普通に思えるような状態になってきました。慣れって怖いですね。
 で、ほんの少し精神的な余裕が出てきたので文章を書きたいと思っているんですが、いざ考えようとすると眠気が襲ってくるという不思議現象に見舞われています。そのうえ辺境の書き方がわからなくなっているという体たらく。
 なにごとに対しても、意欲はあるのですが体がそれについて行けていない感じ。まあ、優先順位を決めてひとつずつやっていきます。

 あ、このまえ初めて大奥なるドラマを見ました。なんかいろいろと不思議な感じですが、なぜか面白いなーと思って見ている自分がいました。
 結局一回目しか見れていない黒革の手帳といい、私はそんなに女のバトルが見たいんだろうか……。

2004年11月12日(金)

 久方ぶりにネタです

「残念だけど」
 応えは冷徹に与えられた。暖かみを帯びた橙色が、氷の膜に遮られでもしたかのように冷ややかな視線を投げかける。
「俺には君を助ける義務がないし」
「利益なら!」
 拒絶の言葉を最後まで言わせまいと、鋭く叫んで遮った。今ここに彼の足があったならば、きっと床に五体を投げ出しすがり付いているだろう勢いと必死さで、食い下がる。
「無償でなどとは言いません。相応の、相応以上のお礼はします。あなたが求める代償も調べました。利益としてお返しするに十分な用意があります。正式な依頼として、この窮状からお救い戴きたいのです……!」
 世に在り得べからざる橙の目が、声を立てずにただ笑う。感情を浮かべたがゆえに却って異相であることが際立ち、こいねがう者は息を呑んだ。
「報酬は問題にならないよ、亡者。血も猫も間に合っているんだ。それらを用意してきたのならね」
 闇に溶け周囲に滲む体を揺らして、橙色はいっそ優しく拒絶を吐き出す。
「俺にその力はない。君を助けることは、不可能だ」
 宣告を受けた者の絶望に崩れるさまを見ぬうちに、橙はその形を円から半円へと変えてゆき、やがてすっかり闇に沈んだ。

2004年11月03日(水)
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