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音のない声。

             byスイチ








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2004年07月20日(火) 『アナログ』3

+3+

「ほんっとうに、きみは宿題をしなくて大丈夫なのか?」

 庭先でのんきに遊んでいるヒヨリを呆れながら、アイスキャンディー片手に滴葉が問う。
「えー? 大丈夫だよお。だって、まだまだ夏休み有るもん」
「いいや、僕の方が気になって仕方ないんだ。今から一旦戻って宿題を持ってこい。でないと、もううちにおいてやらないぞ」
 きつく言い聞かせると、ヒヨリは渋々うなずいた。
「分かった、行ってくる……」
 机の上に投げ出されていた財布を手に取りヒヨリが縁側から出ようとするのを、滴葉は慌てて引き止める。
「ちょっと待て、そんな土で汚れた服で下りるつもりか? ちゃんと着替えてから行くんだ」
「別にいいよお」
「駄目だ。今替えを持ってくるから、少し待て」
 ヒヨリを縁側に座らせ、滴葉は二階の薬棚と箪笥が並べられた部屋からTシャツとズボンを取り出して一階に引き返した。
「ほら、着替えろ」
 はーい、とつぶやいて着ていた洋服を脱ぎ始める。滴葉はヒヨリの脱いだ服を縁側ではたく。
 また洗濯物が増えた。

「じゃあ、行ってきまーす」
 財布をポケットに突っ込み、手を振って庭を出て行く。
 一度坂道を下るヒヨリが見え、再び姿を消した。
 滴葉は脱衣所に向かい、汚れた洋服を洗濯機に投げ込む。昨日の洗濯物も残っていたので、自分もTシャツを脱いでスタートさせた。
 静かなうなり声を上げて、洗濯機は回り始めた。
 ぽんぽんと洗濯機を軽く叩き、今度は自分の着替えを取りに二階へと上がる。
 数日振りの、独りきりの空間。
 まとわり付いてくるヒヨリがいないというだけで、微妙な異変を感じてしまう。
 有り体に言えば、淋しい。
「……不覚だ…」
 二人分の布団が干された窓辺に立っては外を眺め、縁側に座り込んでも庭の外を眺め、気付けばヒヨリの帰りをじっと待っている。
 落ち着かない時間を過ごし、日が傾き始めた頃。ようやくヒヨリが鞄を提げて帰ってきた。
「ただいまー」


 開け放した縁側の扉から、風が吹き込んでくる。机の上に投げ出されたプリント類がぱらぱらと音を立てた。
「もー、面倒だなー」
 ペンを投げ出して、ヒヨリが伸びをする。
 滴葉は飛んだプリントを拾い集めながら溜息を吐く。
「指が痛いよお」
「なんだ情けないな、まだ二枚しかやってないじゃないか。これで夏休みの終わりにまとめて出来るとか図々しいことを思っていたのか」
「ぶー。だって普段は肉筆で宿題しろーなんて、無いんだもん。あの先生おかしいよ。今日だってこの宿題を全部プリントアウトするのに、時間かかったんだからー」
「……ここの活用は間違ってるぞ」
 ヒヨリの言い訳に耳を貸さず、解き終わったプリントに目を通す。
「う……だから英語が一番嫌いだって言ったでしょ。お願い、せめて算数からやらせてよぉ」
 本当に英語は苦手らしい。

「あっ、ねえねえ滴葉、花火しようよ! 今日ね、ターミナルの露店で売ってたんだ!」
 鞄の中身をひっくり返して、細い袋を取り出した。赤い線香花火だ。
 ヒヨリは「じゃーん」と言いながら高く掲げて、滴葉の返事を待たず出ていってしまった。
 呼び止めるひまもなく出て行ったヒヨリの後ろ姿を目で追い、あきらめの溜息を漏らす。
 畳に手を突いて立ち上がり、縁側に出る。
「ほらー、滴葉早くー」
 線香花火の中に入っていた小さな白いろうそくにライターで火を灯し、両手を振って滴葉を呼ぶ。
「見て見てー綺麗ー。ボク、初めて花火やるんだ」
 ヒヨリはしばらくはしゃいでいたが、花火と眼下に広がる街の光を眺めているうちに静かになった。
 隙間無く散らばっている街の灯。木々の間からのぞくそれは、この場所が流れに残されていることをいやがおうにも伝える。

「ほら、花火も無くなったし、そろそろ中に入らないか」
 ヒヨリの背後に立ち、滴葉が促す。
「はーい。ねえねえ滴葉。滴葉って、学校行ってるの? 十三才なら中学生だよね?」
「きみは? どんな学校に通っているんだ」
「ボクは、教室(クラス)に登校する学校」
「……僕は、小学校はeスクールに登録していた。中学は…行っていない」
 全く立つ様子を見せないヒヨリに背を向けて、滴葉も座り込んだ。土の上に直接座ったのは、何年振りだろう。
「eスクール? この家、パソコン有るの?」
 驚いたように振り返って言う。
「ああ、二階の洋間に」
「じゃあ、色々勉強したんでしょ? eスクールの授業以外でも」
「……まあ…それなりに」
 真意が汲み取れず、小さく首をかしげてあいまいに返事する。
 ヒヨリは緊張した声で続ける。
「なら、どうしてあの部屋、鍵かけてるの? あれ、開かずの間というより開けずの間だよね?」
 滴葉は黙った。
 この少年は、何が言いたいのだろう。
 そして、何を知っているのだろうか。

「今の無し、なんてもう言わないよ。滴葉、ほんとに時間無いんだからね!」

「時間……」
「精密に作られている物は、放っておくと確実に壊れるよ。どうして整備しないのさ」
 お互い顔を見ないまま話す。顔を見たら、きっと感情的になってしまう。
「きみは……」
 全部を言い終わらないうちに、ヒヨリが最初の一歩を切り出した。

「ごめんね。ボク、最初から気付いてたんだ。滴葉が」

 鼓動がひとつ、どくんとうなる。

「滴葉が……人形だってこと」
「!」

 瞬時に振り返ろうとして、やめた。
 情けないような気が抜けたような感覚で、力が入らない。
 たった数日一緒に居ただけで、何故ヒヨリに分かったのだろう。
「たぶん、三年くらい前から一度も整備してないでしょ」
 当たりだ。
「なんで? 誰が滴葉のこと作ったの? その人、なんでここに居ないの?」
「……病なんだ」

 滴葉を作った人形師は、もともと身体が丈夫ではなかった。
 しかし幼い頃から手先が器用で繊細で、芸術的な才能も申し分なかった。
 先人たちの人形師としての古くからの技術を学び、現代の技術の限りを尽くして滴葉は作られた。
 人工頭脳が組み込まれ意識を持ったヒューマンタイプは滴葉一体のみで、それ以前や以後は普通の人形を作っていた。
 進化しすぎた世の中を少しでも遠ざけるために人形師はこの土地に移り住み、1900年代さながらの生活をしてきた。それは滴葉一人になっても続いている。
 或る日、人形師は突然倒れた。
 病院に運ばれ数日で帰ってきたが、すぐに入院してしまった。
 必ず帰って来るからと言い残して、人形師は入院先へ運ばれていった。

「整備を自分でしろと言われたんだ。でも、帰って来るまで待ちたかった。それに……僕はあの工房に入るのが怖いんだ」
「どうして?」
「バラバラの、人形パーツを見るのが怖い……」
 自分も同じ様なパーツで作られているのに、何故か怖い。
 人形師と居るときは怖いと思わなかったのだが、独りになった途端、言い得ぬ恐怖を感じるようになってしまった。
「でも、整備しないと、滴葉壊れちゃうよ……」
 泣きそうな声で、ヒヨリがうったえる。
「ねえ、明日、一緒にあの鍵のかかった工房に入ろう? ボクが……整備してみるから」
「……きみは何者なんだ。そんなこと素人が簡単にやれることじゃ…」
「大丈夫だと思う。コンピュータが有るんなら、きっとそこに情報がインプットされてるだろうし」
 本当は滴葉自身にも整備知識はインプットされていたのだが、その知識でやったのは情報デリートだけだ。
「お願い。考えておいて」
 すくっと立ち上がり、滴葉の手を引いて立たせる。素直に応じた滴葉は手を引かれたまま家の中に戻った。
 プリントの束で散らかった部屋を片づけながら、洋間の錠前のことを考える。薬棚の引出の奥にしまってあるはずだ。

 ヒヨリが風呂に入っている間に、滴葉は二人分の布団を敷いて先に眠りについた。
 自分は、どうするべきなのだろうか。

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