ゆうべの酒日記

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2025年09月26日(金) とりあえず金曜だからそんなに頑張らなくてもなんとかなる

25日のことか。
この日も結局よく眠れないまま始まって、でもテレビ体操はした。

朝ごはんは前日サトウさんがくれたおはぎを一個、仏壇にお供えしてからいただいた。
あと残ってた茅乃舎のフリーズドライ味噌汁と、緑茶パックあったからそれも一個消費。

それと前日アケミちゃんからもらったプラムを5個くらい、全部包丁で皮剥いて種取って一気に食べた。
最近、赤平?かどこか道内観光したときに買ったのか、実家でもらったかして食べ切れなかったんだろうな、アケミちゃん。

帰る日のミッションとしては、水抜きとかブレーカー下げとかを忘れたくない。
それとキーボックスは置いて行ったらお兄ちゃんが誰かに頼んで家の中に入ってもらうケースもあり得るかもと、LINEで要望をうかがう。

そしたら、キーボックスは撤去して鍵は返却してくれと。
てことは、もう私はここの家に自由に入れなくなるわけか。
何の執着も未練もないと思ってたけど、急に突きつけられるとなんか喪失感。

あとお兄ちゃんとの心理的距離も決定的に開いた。でもまあいい。
強がりじゃなく、お兄ちゃんには結構話が通じないことが判明してる今、くっついてても配慮が大変なのだ。

お兄ちゃんの嫁のミユキさんはどうしてるんだろう。
ちゃんと泣いたり笑ったり怒ったり、朗らかな人のようなので、発散してリセットしてるって感じだろうか。
地元だから友人も近くにいそうだし、たぶんそうだろう。
いざとなったら逃げられる実家もある。

それはいいとして、冷蔵庫の中身を全部テーブルに出した。
停電中に溶けたがいったん再冷凍してみたパナップは、腹いっぱいなので味見しないで庭に捨てた。

前日も何かプルーンのようなものと海苔の佃煮を庭に埋めたが、もうだめそうなマヨネーズをまた埋めた。
マヨネーズは油だから土での分解が難しいらしく、植物の生育に悪影響があるとか。元気な雑草には申し訳ない。

賞味期限切れの生姜チューブなどは普通にゴミ袋、まだ使えそうなゴマ油と新鮮ボトル醤油はラップしてジップロックに入れて送る箱にイン。
お兄ちゃんが買ったんであろう成吉思汗のタレだけ、開封後冷蔵でもないみたいだから残しといた。

10:45にアケミちゃんが来る前に、セブンで荷物を2個出しちゃいたいなーと思った。
でもなんだか大雨なので、二回に分けて運べるにしても濡れたら梱包が弱くなりそう。
いったん伝票貰いに行くだけにとどめた。

二階の窓施錠確認してたらアケミちゃんが車のドアを閉める音がした。
降りてって、ピンポン押される前にドア開けた。

記憶力がいいアケミちゃんは本日の流れを私よりおぼえてて、まずスープカレーの店行って、ホーマック行って、病院に会計に行こうと。
そうだ病院の会計はネットでやろうと思ってたのだが、行ったほうが領収書貰えるからとアケミちゃんが連れてってくれる話になってたのだ。

とりあえず出発。
スープカレー屋は11時半開店なのだが並ぶ店なので早く行くわけだが、それにしても早く着いちゃいそう、ということで、先にセブンに寄ってくれた。
出す荷物2個のうち、ひとつはペコちゃんの座椅子缶。
円筒型なのでどこの辺を測っていいのか店員さんが悩んでヘルプしてもらってた。

それを待ってる間、アケミちゃんは雑誌コーナーにいたっぽい。
お待たせしましたと車に戻り、アケミちゃん待望のスープカレー屋へ。
北海道は列待ちも車だ。開店20分前だが私らは2番手。
悪天候なので誰もいないんじゃない?と思ってたけど先客がいたとは。

そのうち、どんどん車がやってきて駐車場5台分?は満車に。
時間になり、やっと入店。北海道では繁盛店でもやたら愛想がいい。
東京来た時、飲食店の人がぶっきらぼうでビックリした記憶が蘇った。
もうそっちが標準になってる自分がいる。

待ってる間に、小学校時代の万引き事件とか、東京の高級賃貸の掃除の話などをした。
万引き事件は、アケミちゃんは参加してなかったのだが、その界隈の他の子たちが首謀者だった。
初耳だったらしく、信じてもらえたかどうかわからない。
高級賃貸の話はリクエストにお応えしたのだが、面白い話になってたかどうか。

スープカレーは、最初に食べた揚げブロッコリーまでは美味かった。
でも胸いっぱいであんまり味わえなかった。
きっと美味しいんだろうな、と思って美味しい美味しいと言ってはみた。
総合的に、もう私が太刀打ちできる量じゃなかったが、アケミちゃんにも店の人にも悪いので努力で完食した。

そしてホーマックでは、凍らんブルーという水道系の不凍液を購入。
シーズンになるとツルハとかスーパーでも売ってるという噂だが、まだ9月なせいか、ちゃんとホムセンじゃないと置いてない状況下だった。
アケミちゃんは、もう冬の寒さ対策を気にしていて、窓に貼るシートを物色していた。
一発じゃ決められないタイプだそうで、打診物色みたいな感じだった。

そのあと病院へ。
何回かお母さんとバス&徒歩で訪れており、歩きながら話した景色が頭を過り目頭が熱くなる。
会計の人も優しくて、まだ審査中で持ってこれなかったナントカ証の件について、本来原本提出だけど遠くから来てもらうのは悪いからコピーでいいですよと。

あとアケミちゃんが血圧測ってて、上が110下が72とかだった。
ドドイも測りなよと言われて測ったら、上120下82と、いつもより低かった。
測定器の個体差か?と思ったけど、アケミちゃんはいつも低いらしい。
この年で低血圧維持してるとは、なかなか若いアケミちゃんだ。

まだ時間があるということで、とんでんファームなるところに連れてってもらった。
ソーセージなどを売ってるところで、荷物がもう増やせないので買わないけど店内を物色。
あーこれお父さんやお母さんが送ってくれたことあるやつだ…と、また胸にくるものがあった。
表に、ポニーなのか奇形のばんばなのか、子馬?が飼育されていて、餌のにんじんが販売されていた。

13時半、最後となる実家への帰宅。
アケミちゃんと二人でお兄ちゃんのアルバムなど見たりしてしみじみ。
撮らなくていいの?と言われて、部屋はもう撮ってあったので、アケミちゃんと2ショット撮影。
ツーっと涙出て、アケミちゃんたぶんもらい泣き。

15時になり、ゴミをアケミちゃんに託し、JR駅まで送ってもらってお別れ。
アケミちゃんはまだ元気だからまた会えると思う。
片目が緑内障始まってるらしいけど、樹木希林もタモリさんもピーコも片目でやってたから、と前向きなアケミちゃんに勇気もらった。

向かったのはまず札幌駅。大丸?の地下でなだ万の弁当二つ買って、目指すはヤスコおばさんの家。
正確にはまだ、おばあちゃんの家か。

地下鉄とバスを乗り継ぎ、暗くなる前に着いた。
おばさんは、昨年と変わりなく見えた。
おばあちゃんのお骨にお参り。

お寺の問題で納骨できないそうで、納骨堂か共同墓地みたいなところを考えてるそうな。
手元供養してる人も結構いるらしいですよと言ってみた。
結構いるというのはざっくりネット情報だが、モヘジさんがたぶんお父さんのお骨を5年くらい置いてたっぽい。

お母さんの動画を傍らで流しつつ、お弁当を一緒に食べた。
おばあちゃんのいた施設はこうだった、とかいう話が聞けた。
叔母さん的には入れる気はなかったのだが「これを逃したら3年も5年も待たなきゃならない」みたいな脅し?っぽいプレッシャーに折れたらしい。
ケアマネか、地域包括に言われたんだろうなあ。

そんで最初は普通に毎日面会できたらしい。
でも1か月後にコロナが始まったのが悲劇となった。
職員も含め話し相手が激減したため、入居者はどんどん失語したんじゃなかろうか。

あと特養の場合、自宅ではトイレなど自力で行ってた人でも、危ないからと基本的に歩かせないらしい。
カジさんのお父さんが要介護2で特養に入ったら、あっという間に要介護5になったというのはそういうことなんだな。

おばさんが作った胡瓜の浅漬けと枝豆など食べてお茶を3杯くらい飲んだところでバスの時間がきた。
徒歩2分なのだが送ってくれて「仕事で浅草寺の裏のほうのカツラ屋さんに通ってた」という話、あと入谷の陸橋渡ってすぐのとこに煎餅屋があって怒りんぼの店主がいたという話。
おばさんのほうから東京の話をしてくれたのは初めてのことだ。
バスが来て、また会いましょうねと手を振ってお別れ。

北24条からリムジンバスに乗り換えて空港へ。
着いたらもう土産屋が店じまいを始めてる頃だった。
おばさんから枝豆と何か包装紙に包まれたお土産を貰ったので、今回はそれを持って帰ればいいかとまっすぐラウンジへ。

あと30分で閉店ですがいいですかと言われつつ中に入ったら結構いっぱい。
千歳のベンダーコーヒーは不味いのを承知してるので、冷蔵庫にまっすぐ向かい、そこにあるアイスコーヒーと牛乳を紙コップに注いで一人ソファーに着席。
時間ギリギリまで充電源を使ってなんかしてたな。

飛行機は使用機到着遅れだった。
まあしょうがない。乗ったら寝た。
まあ熟睡はできんけども、周囲もほとんど寝てた。
そんで夜便てドリンクサービスないのな。飴ちゃん1個もらったけど。

やっと羽田に着いたら終電との戦いだった。
京急も山手線も終電だったかもしれない。
というわけでJR駅から家に着いたら25時過ぎてた。
増田さん起きてて、一言二言話したら安心したのか寝た。
私は荷下ろしもそこそこに、ざっとシャワー浴びたりなんだりして26時就寝。