ゆうべの酒日記

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2025年09月16日(火) 16日夜にかかってきた電話は、言ってることが過去一わかりにくかったが兄嫁の名前がなんだっけとかだったと

昨日は敬老の日。
公園行ってラジオ体操した。
風は涼しくなってきたけど、蒸していて汗ばんだ。

久しぶりに公園横の家からカート押して出てくるおじさんがいた。
杖ついて千束から通ってたおじさんが来なくなったり、リフォーム店のおばさんが常連化したり、入れ替わりがある。

気を抜いたままそのことが意識の上にあがってくると、涙腺がゆるむ。
これは脳にストレスなんだろうか。
ゆるんだ涙腺は都度解放したほうがいいのか、どうなのか。
武田鉄矢は「泣いた方がいい」と歌うけど。
AIによる概説がその説を押したので、泣いてしまうことにしようか。

帰宅したらベランダパトロール。
前夜降ってたみたいで鉢土が乾いてなかったな。

行く準備して再確認して、自分の体調モニターし、睡眠時間足りてないはずなので気休めで布団に寝転びシャバアサナ。
増田さんも隣でスマホ見てたので、増田さんのお母さんの話から、養蚕の話になった。
増田さんは社会科授業で教わった内容をすごい憶えてる。

でも私が最後に面会したとき、お母さんが昔話で「白い繭がいっぱいあって気持ち悪かった」という話をしてたのは憶えてなかったな。
でも私も、それがいつどこのことを言っていたかは忘却してる。
当時もう話の辻褄が完全じゃなかったせいもあるけど。

スマホ見てる最中に私が話しかけてうるさかったのか、増田さんが「そろそろ時間じゃない?もう行ったら」と。
ちょっと早いけど、迷惑かけてもなんなので出発。
増田さんも買い物に行くと言ってついて来た。
さっきオーケー行って戻ってきたばかりなのでクエストだろう。
でも地下鉄が動き出すまで改札で手振ってくれた。

あっという間に上野に着いて、職員への土産を物色。
迷ったけど入り数の多さから東京ラスクに。
買い終わっても出発までまだ1時間近くある。
やっぱり出るの早すぎた…

一応確認のためホームに出たが、殺伐としてるので入谷口方面に上がった。
上野駅は本当に座るとこがない。止まり木的なベンチすらない。
検温でひっかりたくなく体力温存のため壁にもたれたりして時間をつぶす。

時間になり、車内はシートもきれいで快適だったのでよかった。
ペイペイがなぜか突然オートチャージになったのを設定修正。
あとは買い物レシート登録して、目と閉じて休む。
休み終わったら返却期限の本読んで過ごした。

1時間半でスカっと海が見えて小奇麗な日立駅到着。
前に来たのはお兄ちゃんがお母さんから預かった現金の受け渡しのとき。
2年ぶりとかだろうか。
当時お兄ちゃんは工房で迎えてくれたが、あのような景色は二度と見れないだろう。

Googleに言われるがままバス乗り場で乗るバスを探す。
めぐりんみたいな小さいのが先頭にいて、これじゃなさそうだなと思っていたら、それだった。
運行ペースは一時間に一本とかなので帰りはあてにできなかろうと踏んだ。
バスの運転手は一見不愛想だが実は親切だった。

バス停から降りたら、施設名をしらされて以降に何度かマップで確認しているルートがすぐわかった。
お母さんと行ってみようと最初に思っていた神社の前を通る。
事前にググったら、ガチの無人神社っぽく休憩するベンチがなさげなので別の神社に行くことにした。

施設にもスムーズに辿り着けた。
なんかどん詰まりのとこにあった。
どん詰まりと言っても周りが緑と山なので怪しさはない。

入口が普通の民家だ。中が見えなくて不安になる。
ピンポン鳴らして開けてもらう。
玄関がまた、賃貸アパートサイズで不安が高まる。
施設長らしき人が出てきたが介護士の定番ポロシャツじゃなく、普通にスポーツ選手の普段着みたいな恰好でアクセサリーもつけてた。
更に不安が高まる。

「お母さん今日ずっとお出かけしたくて大変ですw」みたいなことを言われる。
なんか、お母さんはすぐ近くにいる気配。
見えないけど、アパートサイズ玄関のすぐ左側が食堂かデイサービス部分のようで、そこからすぐ連れてこられた。
なんだか恰好がみすぼらしい。こないだまでブラトップは必ず下に着てたのだが、素肌に青Tシャツ、ちょっと汚れてるカーディガンに、お気に入りのジャージ。
お母さんが数十年来相棒と言っていたベルトはしてなくて、ジャージにTシャツインしてた。

表に出て歩き始めたら、「私もうここ出られるかい?」と、初日の夜と同じことを言った。
いやあ、ちょっと難しいよ。飛行機乗らなきゃいけないんだもん。
てな感じの返事をした。

すると、お母さんはあからさまに絶望を示した。
今日あんたは連れて帰ってくれるんじゃないんだね?
私まだここに居なくちゃならないんだよね?
なんだぁ〜、そうかーい…
じゃあ私こうやって出てきても意味ないってことなんだねぇ…

がっかりさせて申し訳なさすぎた。
まだ3日しか経ってないのに、急激にみすぼらしくなっているお母さん。
護りたい感が足の裏から上がって来る。

東京よりは気温が低いが、北海道民のお母さんは暑いはずなので持ってきた日傘をさす。
そして調べておいた神社に向かう。
結構階段が長い。こないだまでのお母さんならいけるレベルだが、どうだろう。
大丈夫そうかい?と聞いたら、大丈夫だ、と言う。
確かに普通のペースで上がり切った。

大きな記念碑があるところにベンチがあったので、あそこに座ろうと促す。
やっぱりちょっと疲れたみたいだった。
3日間外に出てないのもあるけど、そもそもがヘルパーさん同行で近所のスーパーに行くときくらいしか、まとまった歩数移動はしてないのだ。

緑に囲まれて、持参した紀文の豆乳を飲ませた。いまキッコーマンだっけか。
豆乳は健常な頃からのお母さんの健康習慣なのだが、施設に入ってから出されるもの以外摂取できてない。

グリーンビーンズで買っといたパウチ入り干し柿もおやつにあげた。
お母さんが干し柿好き(というか健康にいいから好きだっただけかもしれない)なのでそれにしたのだが、食べるなり「甘い」と嫌な顔をしていた。
私も味見してみたら、言うほど甘くない。
甘い物久しぶりなんだろうか。
施設の触れ込みではおやつが出るとなってたが。

ゆっくりしたかったが、蚊がいた。
私はあっという間に4か所刺され、お母さんも刺されたら嫌なので移動することにした。

うろうろしてみたけど、いい場所がない。
なんかHPに偽りありだな…
しょうがなく彷徨って、遊園地の入口みたいなとこの横にある建物の1Fの自由に座れるとこに落ち着いた。

いろいろ話して、なんかそれって職員による威嚇行為じゃないか?と感じるようなエピソードをお母さんが。
そうだこれ記録しとこう、とスマホで録画を始める。
お母さんがそれを意識したかは定かじゃないが、そのあとそれ系の話はトーンダウンした。
お母さんのいつもの盛り癖だったんだろうか。
リアルだとしたらちょっと嫌なので、そうだといいんだけども。

そのうち、閉園の準備が始まったのでそこを出た。
まだ15時くらいだったが、茨城の遊園地?の終わり早いんだな。

しょうがないから施設方面にぶらぶら戻ってみた。
途中に飲食店でもあればいいのだが、そんなものはなく。
しょうがないから施設の近くの団地の敷地内のベンチに座った。
直射日光が当たらない、よい加減のポジションだった。

お母さんは運動して頭がちょっとクリアになったか、会って早々よりまともな話をしだした。
横から録画撮った。
どの瞬間も、失われつつあるお母さんの人格を切り取っておける貴重な瞬間。

2時間の時限が迫ってたので、今日家で探して持参した、平成5年の写真を見せた。
今は亡き札幌テルメの看板の前で、お母さん・私・おばあちゃん・おじいちゃんの順に横並びしてる遠景だ。
人物が遠くてちっちゃいので、見える?と聞いた。

「見えるよ、これおじいちゃんでしょ、こんな一番ちっちゃくて可哀相に〜」
ちっちゃくたって可哀相じゃなじゃんw、と私。
これ誰さ? それはおばあちゃんだよ
これは? それはお母さん、こっちは私。
私かい、そうなんだねえ。これあんたかい。
そうだよ、お母さんとおばあちゃんが一緒に写ってるってことは、きっと50代だよね。
ああそうだねえ、おとうちゃーん、こんなに小さくなってぇ…

私が知る限り、お母さんはおじいちゃんのことをいつも「父さん」か「おじいちゃん」と呼んでいたのだ、おとうちゃんと呼んでいたのはきっと子供の頃だ。
いまの一瞬、お母さんは子供だったんだろうか。
おじいちゃんが「みさこー」って、迎えに来てくれたらいいのにね…

お母さんが見終わって写真を返してくれて、そのあと思い出して靴下脱がせて足の爪切りした。
お母さんの爪はなんだか4ミリ厚くらいで、先端が白濁してる爪もあって、境界がわからなかったり断面がいかにも細胞組織って感じで怖かったりして、全部きれいにすることは叶わず。
だからヘルパーさんも訪看護師さんも、指摘はしても手をつけなかったんだろうな。

時間になったのでお母さんを施設に連れてった。
玄関のとこで戸惑ったり、上がって行くかい?って言ったり、家の中に上履き履いて上がることに躊躇して施設長に促されたりするお母さん。
わけがわからず中に連れて行かれるとき、目が見開いていた。
またすぐ来るからね、と私が言ったのが聞こえたのかどうか。

そのあと施設長に聞きたいこと全部聞いた。
一週間のタイムスケジュールも持たされた。
お母さんがトイレから戻る部屋がわからなかったりでご迷惑かけてると思いますが宜しくお願いしますと何度も頭を下げて、呆然と外に出る。

我に返り、グーグルマップで帰り方を調べると、案の定、徒歩13分とかの遠いバス停を目指せと出た。
不案内な土地なので一応指示に従って歩く。
でもそのうちマップ上に駅が見えてきたので、結局そっちに直接向かった。
歩きながらチケットレス特急券を注文しようとしたら直通が買えず、鈍行で勝田まで行って特急に乗るというルートになった。
増田さんに土産を選ばなきゃいけないと思いつつ、ぜんぜん選べる気分じゃなく手ぶらで土産店を出る。
ならばコンビニでご当地ポテチでもと思ったけど、そんな商品も特になかった。
あとはホームに行くくらいしかすることがない。

不安や罪悪感が混ざり合うとボーっとするようで、帰りの車内で何してたかはあまり思い出せない。
特急に乗ったところで、お母さんから着信があり、ハッと意識が戻った。

そそくさと車両連結部に移動して会話した。
とにかくお母さんがまだ電話を掛けられることが嬉しい有難い。
電話が終わって席に戻った後、車内アナウンスで到着予定時刻が何時というのが聞こえ、上野着時間を増田さんにLINEした。

無意識に乗り換えなど行い、帰宅したのが19時半とかだったか。
増田さんが晩酌の支度をしてくれており、5日連続の飲酒。
飲んだのはマルエフと獺祭か?
肴:ほっけ、サラダ、

あとなんだっけな…
いろいろあって、なかなか食べ終らず、片付け終わったらもう月曜からよふかしの時間だったので慌てて寝た。
増田さんは先に寝てたんだっけか。

夢は見てなくて起きたのは5時前くらいだったか