ゆうべの酒日記

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2010年04月27日(火) 明日出勤したら7連休か?

日曜の朝の分からか?
4/25(日)は6時くらいに起きた。
夢は見た。見たのかな?
メモがとっちらかってて、実は月曜の朝の分かもしれないけど打っとくか。

大麻の街中を私のお母さんが歩いてる。
お母さんは何か向学心が湧いてて目標に向かってる。
温水(俳優の)が大学でやってる講座みたいなのに参加しに行く。
教室みたいなところに入ると、人がけっこういて、よくよく見ると大野さんがいた。
私も何かやろうかな、やらなくちゃいけないかな、と焦った。

次の夢では、稲荷寿司の作り方を料理の先生(中高年の女の人)から教わっていた。
「酢・酒・しょうゆ・みりん」と、調味料の名前。

ちょっと寝坊気味かと思ったのでバタバタ起きだして、増田さんも一足先に起きだして、
いつものように、ちゃんとした朝ごはん作ってくれて食べて、メールチェックとかして
8時に出ようとしたら、増田さんも一緒に出るみたいで、そこから着替えを始めた。

それで出発が正直10分遅れたので、増田さんがすまながって荷物を持ってくれようとしたけど
荷物を渡したり返したりする時間ももったいないので歩き続けた。

前日、「会社に行く日よりはちょっと遅い」って言っただけなのに
増田さんは「会社に行く日より1時間遅い」って言われたと頭にインプットしてたらしく
いつものことながらこの脳内変換というか、人ごとに関する記憶意欲のなさが悩ましい。
いや、私も人ごとに関する記憶意欲はバラつきがあるんだけども。

とりあえず増田さんの場合、「でも○○だから△△でよかったよね!」とかって
人の身になって考えてみればそんな楽観的なことを第三者が言うのはおかしいだろうというような発言をチラっとするのでイラっとくるのは止むを得ない。

とりあえず、弱気ゆえの多めな余裕持ち時間配分のおかげで、搭乗手続き締め切り5分前に間に合った。
そしてスカイマークなのに定刻に出発。

千歳の空港から、乗り換え一回してまっすぐ大麻へ。
駅にお兄ちゃんが迎えに来てくれてて、家に着いたらケイシロウくんとミユキさんと正子さん。
正子さんはストーブの前に横になってたけど、私が着いたら起き上がって嬉しそうな顔してくれた。

正子さんは発言も脳から直に出てるというか、変換なく口から出てるし
表情も同じく、その場にふさわしいように作るとかいうのがあんまりない。
だからときどき感動的というか。

今は鬱病だから特にそうなんだろうけど、リアクションが犬猫並みにピュアというか、信用できる。
乳幼児なら当たり前だけど、正子さんは65歳なので、それはすごい能力といっていい。
また口とかその他の皮膚とかの配色が、体質なのか、とてもキレイ?なのも特殊能力だろう。

とりあえず、諸々の書類の記入欄とかをお兄ちゃんと正子さんにどうこうしてもらったりして、
お兄ちゃんによると15時半からの読経に間に合うように出発。
(歌志内まで所要時間2時間)

でも実は15時からだったので30分遅刻。
私もミユキさんも、内心「15時って言ってなかったっけ」と思っていたのだけど
お兄ちゃんの安定感にまた騙されてしまった。

ミユキさんなんかはお兄ちゃんが遅刻魔だということを日頃から知っているんだけど
ヒロが言うならそうだろう、と思わせるのがお兄ちゃんのルックス?の魔力。
私も同じく、ここんとこの交流で、お兄ちゃんについて新たな認識を追加してたというのに。
※お兄ちゃんは意図してない

でも北海道時間?なので誰もそんなに深く反省したわけではない。
だってお坊さんも前に、大麻に15時に来るって言って16時近くになったことあるし。
遠方だから交通事情とかで30分くらいの誤差は許容範囲だろうってことだ。

がしかし、うちの場合はあんまりお坊さんにお金を払ってないので
そんなにデカい態度には出ちゃいけない。

ていうか私は諸々の儀式の必然性がよくわからないので、
とりあえずこの場さえ過ぎれば後々世話になるってこともあと数回だろうと思ってる。
おばあちゃんとお父さんの三回忌くらいはやるかもしれないのと、正子さんがやはり同じ納骨堂に入るらしいのとで。

あっさりと儀式は終わった。
納骨堂に5つの骨壷が入ってるため、もう一個入れるのに場所を詰めなきゃならなくて
そういうのもほんとに適当だった。
正子さんがずいぶん前から「お父さんの骨を入れる場所がないない」と言っていたけど
私が今回見たところ、正子さんの骨を入れる場所もある。
(だいたい、それでコンプリートだろう)

正子さんは家の収納見てもそう思ったけど、あんまりキツキツツメツメに入れられない人なので
「ないない」って言ってたんだろう。
子供の頃かなんかに「そんなにつめ込むな、はんかくさい」って親に言われたとか、なんかの思い込みがあるんだろうな。

16時過ぎくらいには寺を出た。
車中も読経中も、ケイシロウくんがいるので賑やかしい。
ミユキさんが「きんにくまんのうたうたって」って言われて
リングーにー いーなずまはーしりー チャララララチャララララ♪
とかって何回か歌わされてて、ハイハイと応えつつ
「誰か代わりに歌ってくれないかなって感じ」と辟易していた。
偉いよね、っていうか人前だとママ的に複雑な配慮がいるからストレスたまったことだろう。

大麻に戻って、昔は店なんてなかったはずの三番通りで、みんなで広東麺とか食べた。
そしてお兄ちゃん一家はフェリーに乗って帰るため苫小牧に向かい、私は大麻駅まで送ってもらって
乗り継いでお母さんがいるグループホーム?へ。

お母さんはなんだか今までで一番老けて見えた。
風呂上りだからか。
いろいろ肴を用意しててくれて、プレミアムモルツをいただく。
二人でテレビを見ながら飲んだ。新参者とか見た。

ぐっすり寝て、夢は見たんだったかどうだったかで7時過ぎに起きた。
お母さんの部屋は日当たりがすごくよくて午前中は暑いくらいだ。
ステキな和食の朝ごはんを向かい合って食べながら
お母さんの高校時代の話を始めてくらいに聞いたんだけど
実家がすごい田舎なので高校まで通えないため、高校最寄の親戚の家に下宿させてもらったら
そこの叔母さんがものすごく気分屋で居心地が悪く、見かねたんだかなんだか
おじいちゃんが、下にも3人娘がいて同じ高校に通うと思われたことから、
最寄の田んぼの中に買って家建ててくれて、そこに住んで自炊しながら学校通ってたら
体育の授業中に倒れたりなんだりするようになり、あまりに具合悪くなって命からがら実家に帰って病院に行ったら即入院となり
白血病じゃないかと言われて検査したら結局貧血で、要するに栄養不良だったと発覚した話など。

そのへんの話は意外と興味が湧いたので次回も詳しく聞いてみたいと思う。
お母さんはシャラっと話してたけど、なんかちょっと微妙に何かを感じた。

9時になったら礼を言って出発。
今度の訪問では絶対に手続きをきれいに終わらせたかったので
最寄の郵便局に、再度書類の書き方と必要書類を確認しに。

そしたらなんと、また新たな情報が出てきた。
同一の保険なんだけど、死亡保険の請求と入院保険部分の請求はひとつの紙で兼ねられず
二個丸したところを一個消さなきゃならなく、それには相続人三人の訂正印が必要だとかって。

内心「氏ね」と思ったけども即座に顔に出ないので幸いだった。
そしてまた新たな情報。
請求書裏面に相続人全員の署名捺印(実印+印鑑証明)をする欄があって、それも準備してあったんだけど
実はそれって「保証書」だったかを作成することで割愛できるのだとソイツは言う。
ソイツって若い男の郵便局員。

なんで3つも4つもの郵便局に聞いてあるいて、この最終段階にならないとその情報が出てこないのだ?という怒りがパチパチきていたけど
その旨発言したとき抑揚がついてなかったので周囲にギョっとされたりとかはたぶんしていない。

よく考えれば、フェリーに乗って帰ってしまったお兄ちゃんの実印なしで
私と正子さんの印鑑と署名と証明書とその他諸々だけで、請求を終わらせることができるということなので
むしろ幸いだったのに、半ギレしたことは、ソイツにはすまなかったと今心から思う。

いろいろトライしていろいろ戻ってくるので、すっかり心が折れており
もしかしたら手戻り多くて一日で済まないかもしれないと思っていたりして
帰りの飛行機だって一日余裕見て予約したくらいの小心さだった。
(キレるって現象の原因の過半数は小心な人の生体防衛反応)

それはいいとして、清田の郵便局から大谷地まで人に道聞いて歩いて
地下鉄白石駅まで行った。そしてJR白石駅まで歩いたんだけど、まさか2キロもあると思わなかった。
いや、2キロって感覚だけど。
明らかに東京の地下鉄の地上乗り換えとかとは違うっていうか
確かに乗り換え案内とか出てなかったから、そういう想定じゃないんだろうけど
駅の名前どっちか変えたほうがいいだろう。後発の地下鉄駅が変えるべきだったろう。
いやいや、そもそも私は地下鉄白石とJR白石が離れてることをいつかどこかで知ってたんだったな。
まあ2キロとか3キロくらい歩くのは普通のことだから構わないんだけど。
金がかかるよりは歩きたいから。

そこから「いしかりライナー」で江別に着いたら12時半とかだった。
14時の正子さんとの待ち合わせまで、時間があったので法務局に行ってみた。

そうだ、さっきの郵便局での第二の新情報として
戸籍謄本一式を郵便局に差し出せる(戻ってこない)のなら死亡診断書はコピーでいい※っていうのがあって
それについても怒ったりホッとしたりとアンビバレンツな心の動きがあった。
※控えは控えでも朱色のハンコが押してある正式な控えじゃないとダメなんです簡易保険は、て郵便局の人に言われてた

だって死亡診断書を取得するのに押したり引いたりいろいろあったから。
死亡診断書って、医師からもらうと5000円くらいかかるし3週間くらい待たされたりもするから
役所で貰うのが一番いいんだけど、一ヶ月経っちゃうと役所では取れなくなって法務局行かなきゃならなくて
私は役所にあるうちに請求してゲットできるはずだったんだけど
郵便事故で手に入らず、うへー、法務局のだと郵送で請求できないじゃん!と思っていたんだけど、実はネットで請求できるっていう事実が法務局で発覚。

まあそれも取得するのに300円かかる(窓口だと500円)というので
色々先走ってお金損しないでよかった。
損しなかったから、菊の家とかいう評判の豆腐屋で、正子さんの夕飯と家土産を1000円分くらい買い物。

でもまだ時間が余ったので、正子さんと待ち合わせた病院の中を見学。
乳児健診とかやってて、懐かしいタイプの泣き声がたくさん聞こえた。

正子さんが14時ちょっと前に出て来たところで、早速書類書きしてもらった。
目が見えないとか字が思い出せないとかでスラスラ書けず、大変消耗するみたいなので
たくさん字を書いてもらうのにものすごく気が引けたけど仕方ない。

郵便局に行って、書類と証書を提出。
そんなにしょっちゅうは行われない手続きなせいか、いつものように
カウンター内で「これはこうこうでいいんでしたっけ」とか色々あって、
30分くらい待って、ようやく控えを渡されて、通りに出てタクシー(なかなか通らない)をつかまえて大麻へ。
仏壇に形だけ(意味があるのか実感がないのでしょうがない)手を合わせ、バタバタと正子さんにお別れを言ってバス停へ。

バスも結構待った。住宅案内板みたいなのがあって、同級生の家の場所なんかをいくつか思い出しながら探してみたら
思い出した3軒はいずれもまだあった。

大麻駅でバスを降りたらお金が1000円も残ってなかったのでATMで金をおろした。
新生銀行が使えないのはたしか前回試して知ってたので、ゆうちょ銀行のカードが使えて幸いだった。

札幌から乗った快速エアポートは座れなかった。
空港着いたら17時半前で、予約便の変更をしようと思ったら、前割21だからできませんて言われて
予約を取り消して手数料引かれて4300円戻って来て
19時の便を定価で買って14800円とかだから、最初からその便を買っとけば1万円節約できたことになる。
なにもかも小心がいけない。でも保険だからまあ諦められた。

3階のレストラン街が落ち着かないのは知ってたので、1階に行ってみたら
朝市食堂っていう居酒屋みたいな店があったので、そこでホッケと地ビールがついてるセットを注文。
従業員が私より年上っぽい人ばっかりで、薄く演歌が流れてるのが良かった。
ホッケも東京で食べるのとは雲泥の差の普通のちゃんとしたホッケだったので満足した。
他は高いけど麦焼酎は250円で、水割りで頼んで飲んだら結構濃かったので酔った。

勘定して搭乗口に向かったら、スカイマークらしく定刻25分遅れだったので、売店でビール買うかどうか迷った。
でも結局、乗ってから200円の小さい一番搾りを買って飲んだ。
スカイマークは新幹線みたいでいいと思う。
いや、しょっちゅうCAがウロウロしてるからホスピタリティ的にはスカイマークのほうが上か。

命賭けてる上に、新幹線より安いのに偉いよね。
CAがおばあちゃん客と会話してて、受け答えで思わず「うん!」とかってやってるのも、お高くなくて正しいと思う。
独り言いうおじさんと遭遇する率が高いのが難だけど、スカイマーク、私はいいと思ってる。

そんなこんなで21時前に東京に着いた。
定刻25分遅れで出発したのに到着は12分遅れだったので、どこかで頑張って飛ばしたんだなと思えば
飛行中の不気味な揺れにも納得がいった。

空港からの京急と山手線は眠かった。
あと北海道仕様の服だったので暑くて鼻血が出る恐れと闘った。
(背面の窓ガラスで頭の血管冷やしたりとかして)

帰宅したら22時半だったので、増田さん寝てるよねと思ったら
ドアも開いてたし増田さんは仕事してた。
しかも小鉢に煮物とポテサラ出してくれて、一杯つきあってくれた。
家から子供の頃の写真を少し回収してきてて、それ見るのもつきあってくれた。
他人のそういうのって、見てても大概つまんないと思うんだけど
頑張って感想言ってくれたりして、一生懸命労ってくれてるんだなあと思った。
ありがたい。

23時半くらいには寝たのかな。

夢はなんか見た。
エプロンつけた料理評論家みたいな人達がいっぱいいて
これは間違ってるからどかして次はどうこう、とかそんなだったか?
メモするのも忘れちゃったな。起きたのは8時くらいだったと思われ。