ゆうべの酒日記

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2010年02月01日(月) 背筋が痛い

土曜日からか。

起きてゴハン(コーンフレークとか)食べて片付けて
9時45分くらいに増田さんと出発して、増田さんは駅まで荷物持ってくれて
でも、今晩は買ってきたものを肴に質素な晩酌、みたいな話をしたら「え、なんで?正子さんは料理上手なんでしょ?」
とかって、ほんとに事情を認知していなかった。何度も話してるってのに。
本人の努力とかでなんとかなることじゃないと、わかっちゃいるけどさすがにイラっときた。
余裕がなかった。着いてもないのに早く帰りたくてしょうがなかった。
とりあえず新宿駅で、行ってきますと手を振った。

前回もイヤさのあまりだったのか、搭乗手続き時間終了直後に羽田に到着してしまったので
今回はちゃんと10分くらい早く着いた。
お父さんの具合が悪くて来てほしくないだの、そういうのは今回は関係ない。
正子さんの年金手続き関係の諸々と雪かきが目的なのだから。
(調べによると2月は降雪量がピークだ)

まずはお母さんと札幌駅で待ち合わせ。
お母さんが大丸の前にいるとメールしてきたので行ってみたものの姿はなし
大丸の前とは地下なのか一階なのか表なのか駅中なのか、はっきりしないといけない。
お母さんは案外自分の思い込みの認知を操るタイプだと今更確認。
とりあえずお母さんは駅中一階の大丸の入り口の向かい側(ステラナントカ入り口だったか)にいた。

ちょっとイラっとしたけど強引にクールダウンしてそのへんでゴハン。
お母さんは自分の死後のことについて考えてるらしく、高いものを整理しようとしているのと遺骨の行き先をこうしたいと思ってる
というような話になった。
私も自分の遺骨の行き先考えとかなきゃなと思った。すぐ思いついたけど。
あとやっぱり、お母さんも休みの日に何していいか途方に暮れる問題を抱えていた。
そうだよなあ。これは結構重要な課題。
若くもなく金が余ってるわけでもなく、たいして腹が減るわけでもない。
なにしていいのか、私も悩んじゃう。入浴、ゲーム?

コドモへの祝いの通帳もらって改札でお母さんとお別れ。
行きたくないけど江別へ。

お父さんは自力で起き上がれなくなってた。
また痩せてて、私が、お父さん具合よくなさそうだねと思わず言ってしまったのがまずかったのか
なんか引き付けみたいなてんかんみたいなおかしな状態になった。
でも看護士さんとかはなんとも思ってない様子。
しなやかに動けるときもあるんだけど、こういうふうに体に力入っちゃうときがあるんですよね。と。

なんか喋ろうとしてるお父さん。しかし思うように発語ができなくなっている。
30分間でどうにか聞き取れたのが「まけたのか」「計画どおりか」「やっぱりプロだな」「ない、いいタイミングだ」「どうせまたくるんだろ」「まさか娘に殺されるとはな」の6つ。
よくわからないけど、私が計画的にお父さんを殺そうとしてると思っているのかなという。
それなりに衝撃。傷ついたとかそういうのも若干あるけど、もうだめぽ?という覚悟のめんどくささ。

しかも出ようとしたら、施錠されたドアと、さらに向こうの施錠されたドアの間に取り残された。案内の看護士さんに。
しょうがないからそこにある治療室みたいなとこの中の人に声かけて開けてもらおうとしたら
私を閉じ込めた若い女の看護士さんが呼ばれてまたやって来て、「ちょっとお時間ありますか」と。
そして面会室に通され、なにやらメモ片手に尋問みたいなことが始まった。

正直言って、ムッとしたけど痛いところを突かれていたのも確かなことだった。
お父さんに長生きしてほしいと思っていない恩知らずな自分を見透かされたような感じがした。
だから逆にカチンときたんだろう。
しかし実際どうしたらよかったのさと、あなたならどうする?という思いもあったりして。

相手は若く、たぶん看護士を目指すような人だから、人間愛とか正義感とかに駆られているんだろう。
ちょっと自分を正当化しようとする自分を感じたりもして、聞かれたことを答えつつ、ちょっと頭をかかえたポーズになってしまった。
そのせいか相手がトーンダウンしてくのがわかった。

とりあえずお兄さんとお二人で先生に様態を聞きに来てくださいとか言われて
それって平日限定なんですよね?
というような実際的なやりとりを若干して、ようやく出口を開錠してもらいバス停へ。

雪景色のでっかい満月を見ながら途方に暮れつつバス待ち推定30分。
最寄のバス停から徒歩10分くらいで実家?に到着。
正子さんは半年前より老けていた。

荷物を置いて、ホクレンスーパーへ。
発泡性リキュール類と惣菜とトマトときゅうりとコマイ購入。
帰宅して、正子さんは16時頃に夕飯食べてるはずだったけど
一緒にどうですかと誘い、私は晩酌。

お父さんの様子はどうだったかという話になり、ありのまま話すと、やっぱりそうかい、と。
どうやら正子さんにも暴言(緩慢に)を吐くことがあるようで、どうなんだろう、お互いほっとしたというか。

正子さんは話しながらワカサギフリッターをパクパク食べていた。
いつもおにぎりばっかり食べてるから、新鮮だったんだろう。
揚げ物好きですか?と聞いたら、ウンこれは香りがよくて美味しいね、と言っていた。

イカの握り寿司も買ってたんだけど、それを見た正子さんは「おとうさんにかい?おとうさんイカ好きだから」と。
おとうさんは家にいないのに。

正子さんだけでも治って普通に暮らせるようになるといいなと思ってる、と私が言うと
私はまだお父さんに治ってほしいの。お父さん、私の生きがいなの。
と普通の顔で、というか脳が正気を取り戻したような様子で、裏も表も狙いもないまっすぐな言い方をする正子さん。
困ったなあと心底思った。私はお父さんが帰って来られないまま逝ってしまう確率九割と思ってるから。
そしたら正子さんもこのまま治らないかもな、という連想をしたわけで。
正子さんが言ってる「生きがい」の意味がよくわかるだけに薄っすら絶望感を覚えた。
司令塔がないとどうしていいかわからないタイプの人には、それは命綱だよね。
なんかサプライズが起きない限り。でもサプライズって、めったに起きないからサプライズだし。

そんなこんなで正子さんは20時くらいに寝て、私は21時半くらいに酒のみ終わって寝たんだったかな。
正子さんが頑張って敷いてくれた布団で。

とりあえず正子さんの隣で見た夢は
家の二階に行ったら見知らぬ若い男(気弱そう)がいて
不法侵入なわけだけども行き場所がなくてここに潜り込んだっぽいので
「この家の人は誰も二階に来ないからいていいよ」と許可。
しかしやがておばあちゃんに見つかってしまい、おばあちゃんは当然だけど許可できないという姿勢。
困り果てた男はおばあちゃんを包丁で刺してしまうんだけど致命傷ではない。
おばあちゃんと男を守るため、それは料理に使うもので人を刺すものではないと言いながら
負傷を覚悟しつつ近寄って包丁を奪い遠くへ放る。
気弱な男(V6岡田くん)が哀れで抱擁しなだめる。

正子さんが異様に時間をかけてカサコソカサコソと立ち上がってトイレに行った。
私はとっくに起きていたけど、正子さんの安眠を妨害しちゃいけないと思い
適切な時間になるまで動けなかった。
正子さんは戻ってくるとまた布団に入ったけど
さっきまでのように鼾はかかず、おそらく寝てなかったと思われ。
しかしそれまでは非常によく寝てた。ノンストップで充分に睡眠が取れてると思われる。

すこしだけ空が明るいのを確認してガバっと起き上がったらもう6時過ぎてた。
物置物色してツルハシみたいなのをゲット。
コーヒーいれて一口飲んだら熱かった。
正子さんも起き上がったのでうるさくしても大丈夫と判断して雪かき開始。

最初はスコップだったけど氷化してるところに刺さらないのでツルハシが生きた。
まあまあきれいになったかなというとこで向かいの奥さんが犬の散歩の途中で話しかけてきた。
お世話になってる佐藤さんだったので、こりゃあ行く手間が省けたと、お礼を言って、玄関前に菓子置いとく旨連絡。
あと町内会長が誰かも確認。正子さんにも聞いたけど変わってる可能性もあるので一応。

部屋に戻って正子さんと朝ごはん。おにぎり。
のりパリパリコンビニおにぎりで、私はいつも123を無視して開けるので
正子さんが「それはその1のところを」と教えてくれる。
正子さんはルールに従順な人だ。しかし最近は目が悪くてよく見えないのだと嘆く。

朝は薬を八粒飲むようだった。
あまりに多くて苦しそうだったので、持参したサプリがあげられなかった。

意を決して羽田で買った菓子入り袋と寄付金入り封筒をつかんで、挨拶へ。
まずは町内会長の家。(同級生の男の実家)

日曜日の朝8時台って微妙かなと思ったけど、ご隠居さんに曜日は関係なく、とっくに暇をもてあましてる時間だったようだ。

とりあえずひとしきり、皆で持ち回りでやってるお宅の雪かきとかのことはそんなに負担てわけじゃないから、というような話を。
負担かもしれなくてもこっちは非常によろしくお願いしたいので、ひたすら頭を下げてお世話になります宣言した。

あとは退屈な老人街のこと、たまに現れた何某の娘だということでリサーチを入れられた。
でも東京に住んでるとか子供がいるとかその程度かな。
うちのジュンの同級生にしちゃ、あんたは子供みたいだな、と町内会長に言われた。

町内会長婦人はピンクの半そでニットで黄土色の髪。
いわゆる女を捨ててないタイプ。
いかにも二人は人生をエンジョイしてる隠居成功者。
そんな二人は鬱病なんてよその世界の話らしく
「正子さん人嫌いになっちゃったのよね、誰とも会いたくないんだね」
とか言っていた。

次のお宅は兄の同級生の実家だった。
私のことを記憶してるらしく、また窓から表をよく見てる人らしく
前回来たとき一緒に歩いてた男の人はダンナさんかと思ったらお兄さん?とか言われた。
それから、自分の娘二人は独身で別居してて気ままにやってるとかで
なんでこんなに苦労して可哀想に、みたいな感じで涙ぐまれた。
山菜ごはんを冷凍したのを3ブロック土産にもらってしまった。
なんだか申し訳ないけど、いろいろ想像を(実態以上に)膨らませ、協力してもらえてることに感謝だ。
正子さんも吹雪の日にお料理を差し入れしてもらったことに感謝していた。
こうやって健常の善人に支えられてどうにか暮らしていければいいんだけども。

とりあえず正子さんとの会話のネタも尽きたところで(鬱病患者は午前中が余計にウツだし)
元気で過ごしてください、お互いに、などと挨拶交わして出発したのが9時45分。

バス停に行ったら祝日ダイヤで私が乗ろうとしてたバスがなかった。
しょうがないから目的地方向に歩き出す。
10分か15分くらい歩いたら、別系列のバス停があって、見れば目的地に行けるやつだった。
あと5分待てばそのバスが来るみたいなことだったので、バス待ちしてライドオン。

ずいぶん迂回するバスで、時間かかったけど早く着いてもしょうがないので無問題。
到着したのはお父さんのいる病院で、目的は、正子さんから預かったあったかいももひきを渡すというか収納してくること。

もう変に会話を試みて傷つきたくないという防衛本能が働き、本当に収納しただけで
飛行機の時間あるからもう行くね元気でねと声をかけ、病院を出ようとしたら
病棟のカギを開けてくれたのが婦長さんみたいな人で、もう帰るんですかと言われてギクっとする。

でも婦長さんは前日の若い人より状態わかってるみたいで、
退院目指す方針でしたけど会話もできないというか、かみ合わなくなってますし、状況が変わってしまってるので
内臓の検査して、何かあればそちらの病棟に移るかもしれないので
もし様態について聞きたいことがあれば、お兄さんと一緒にいらしてください。
ということだった。

ザクザクする雪の駅への道中、打つべき手とかが特に思い浮かばず流れに乗るよりないような気で満ち満ちる。

しかしとりあえず、今回の役目は終了で引き上げられる。
汽車に乗り、若者たちが「したっけ」「ういー」と言っていた。
ドイツなのかフランスなのかと一瞬思ったけど、それが別れの挨拶だということを思い出した。
(ういーはともかく、したっけ)

札幌で乗り換えたエアポートなんとか号はUシートという指定席まで全部埋まってた。
それは出張リーマンみたいな人が車掌に質問してたので知った。
連結部?というか降り口近くにしゃがんで本読んでたら空港へは意外とすぐ着いた。

出発まで1時間半以上時間があったので、2年前?に増田さんと来たときに正子さんとお父さんとゴハンを食べた店へ。
あのとき既に二人とも摂食障害が出てて、食べたくなくて押し付けあってたけど
まだそれがギリギリ幸せなときだったとは思いもよらないよなあ、と、私はまた人生の教訓をお父さんから得た気がした。

複雑な気分で、そのとき頼んだのと同じ、晩酌セット的なものを注文。
もうちょっとで読み終わる「赤めだか」を読んでいたら
最後のくだりで感動して鼻にツンときた。
おっといけねえ鼻汁が出てる、と思っていたら、ジャンバーにボタっと落ちたそれが赤かった。
でも感動は消え去らず、感動中心で意識の片隅でティッシュを出して裂いてまるめて鼻に突っ込み
飽和したらすかさず差し替え、ということを繰り返してたら
おかわりビールを持ってきた店の女店員さんが気づいたようで、自前っぽいポケットティッシュを持ってきてくれた。
そして「何かあったら声かけてください」と言い残して去った。
幸い、持っていたポケットティッシュと店員さんのポケットティッシュを使い切る前に出血が下火になった。
にしんの刺身と熱燗。
にしんは刺身より焼きとか干しとかのほうが味がいいかもしれない。

飛行機に乗った。(一人で乗るなら前方通路側と決めている)
羽田からは品川で降り損なって都営線で帰った。
家に着いたら増田さんが食事の支度してくれていた。
荷物片付けて飲んだのはなんだったかな。
肴はがめ煮とかそういうものだったと思う。たくさんあったと思う。
このごろリアルの充実がどうのとか文句を言っていたけど
いまある幸せを実感できないことは愚かなんだと思ったと、感想を言ったりした。
あと、増田さんは私が何してたとか全く興味ないから
自分の感想はそのへんにして、増田さんの仕事の話とかちゃんと聞いたと思う。

疲れたからテレビ見たら早く寝たんじゃないかな。

今朝の夢は、増田さんがライブしてるんだけど陣内がゲストだった。
増田さんは歌ってたけどマイクが入ってないのか声が聞こえない。
私は客席に座っていて、何か自分の仕事をしながら、あららと思ってた。
でも重要なことって気がしなかった。
お客さんが指摘したかなんかで、そこからは声が聞こえるようになった。
次はゲストの陣内だった。ヅラ被ってて笑わそうとしてるんだけど
同じ人間なのにやっぱり見目形がいい。
増田さんも、生で見るとスタイルがとにかくいいよ、と言っていた。

次の夢では、陣内の家庭が出てきた。
女にだらしがなく、本妻は黒木瞳なんだけど、他に北斗晶みたいなヤンキー風の人やらフリーターみたいな若い子やら
たくさん愛人がいて、それぞれ子もいるので、ずいぶんな大所帯だった。
ごちゃごちゃに布団が敷き詰められたところで、わけがわからない感じで寝る。
子供たちも誰の子とかいう区切りがサッパリわからない感じで、でも一応内部ではそういうのがあって
小学生くらいの女の子たちの一群が、熊のぬいぐるみ型のでっかいソーセージが3体入った真空パックを興味本位で開けていた。
でも今食べるわけじゃないので元の袋に戻して、保存用のスープなのか汁気が出てこないように口を折り返してクリップで留めた。
陣内の女たちは、黒木がカゼにはやっぱりストナじゃなくて大正ナントカ、と自分がCMやってる商品を押していたので
私はいいなあ、私もCMほしいですよ〜、などとなぜかヨイショ。

女子高生たちが歩いてた。セーラー服だった。
実は彼女たちのほとんどは身分が崩壊しそうな立場だった。
お嬢様学校に行ってるんだけど、実は親が破産寸前だとかそういう感じ。
ちょっと狂いかけみたいで、体を金に換える作戦を実行してるんだけど
でも中の一人はぜんぜん関係ない巻き添えだった。
だから逃げた。しかし悪魔のような女子高生たちは執拗に追う。
ビルの何回かの窓から中に隠れた。
そこの部屋ではご隠居さんみたいな人たちが主催でテーブルゲームの大会(小規模)みたいなのの真っ最中だった。
しかしどうやらうまく協力を得られそうだった。

時計見たら3時15分だったのでまた寝て、次気がついたら4時半だったので起床。