| 2009年09月24日(木) |
暴飲暴食栄養の偏りで頭痛と目痛と胃腸の腫れ感が |
22日は9時半に家を出て新宿駅へ。 電車に乗る前のお買い物のことを考えて早めに出たんだけども 新宿駅って東京駅とかと違って駅弁売り場とか酒売り場とか充実してないっていうか むしろキヨスクしかないくらいの感じなのね。 だもんで、暇をもてあました。 でもまあ増田さんが電車を撮影したりして。
スペーシアは座席足元に足置き台みたいなのがあって、快適だった。 鬼怒川まで行って、そこでJRに乗り換えて、さらに会津田島で乗り換えて会津鉄道で渓谷を行くって感じだったかな。 会津田島駅の食堂でラーメンとカレーを半分づつ食べた。
会津鉄道は緑と畑の合間合間に無人駅がときどきある感じの、空気のおいしい鉄道だった。 畑は稲穂でまっ黄色。 ビールを思い出す色だなと思いながら無理やり、増田さんの勧めるカップ酒を飲んだ。
西若松っていう駅で降りて、城まで歩いた。 再現城なので、そんなにスゲーとは思えなかった。 でも北村一輝のハリボテの隣に立って写真を撮ってもらった。 茶室で冷たい抹茶を飲んだ。意外と疲れてたので美味しく感じた。 でもちょっとしかなかった。
そこからまた歩いて会津若松駅へ。 途中の食堂でソースカツ丼を食べた。 増田さんは会津名物が全部ついた定食を頼んだんだけど、ことごとく苦手だったみたいだった。 でも原稿にはうまかったって書くに違いない。 ニシンの山椒漬けとか、うまいのに「すっぱい」って言ってたな。
それから駅に行ったら一時間に一本しかない電車が行ったばかりだったみたいで、車内でボサっとした。 喜多方に着いたらもう真っ暗。 途中の車窓から見る限り、そのへんは街灯もないので夜道はとても歩けないだろう。
そして目的の宿は、駅から結構離れていた。 というか、喜多方の繁華街?的な場所が、駅から結構離れていた。 昔はそういうふうに繁華街が駅を嫌う文化があったとかって増田さんが言う。
旅館は一泊4千円くらいなのに、小奇麗でセンス良かった。 変に洋風狙ったりしてないし。まあ蔵の町だもんな。 家族風呂レベルのお風呂に入り、ビール飲んで魔女たちの22時だったかを見て 東京帰ったらまず「よし江ネット」を見ると心に誓って寝た。 増田さんもあっという間に寝てたけど、私もよく眠れた。
翌朝は6時半くらいに起きたんだったかな。 そして朝ラーしに出たのは7時くらい。 私はまこと食堂に行きたかったけど、増田さんのリードに任せて坂内食堂に行った。 塩ラーメンなのにグッとくるコッテリさと、塩ラーメンだけに味の物足りなさがあった。 でもイベントだからそれなりに満足。
10時くらいまで観光プランを練る。うだうだと。 フロントで増田さんがパンフレットとか貰って来たりして。 オヅラさんのテレビ見たりして。
外は雨だった。 増田さんは雨に弱い。 というか衣服が湿り気を帯びるのに弱い。 (飢饉や天変地異が来たら絶対真っ先に死ぬタイプ)
なにはともあれ蔵の町だから、蔵が集合してるところを目指して写真を撮った。 結果的に、酒蔵も2軒見学し、酒を3500円分ほど買うはめになった。 胃腸も限界を迎えているのに、利き酒も何度もした。 喜多方は一般家庭でも水道の蛇口をひねるとナンタラ山の雪解け水が出てくるんだそうで 美味しい水をさあ飲め飲めってことで町中にもそういう水飲ませスポットがいくつもある。
そして昼ごはんもラーメンだった。 町の飲食店からラーメン以外のものを出している店を見つけることが困難だった。 しかし醤油味だったから助かった。 桜井食堂だったかな。こっちのほうがライトで楽に食べられた気がする。
そして駅から郡山行きの電車に乗った。 会津若松から帰省ラッシュの趣だった。 愛想のない天才中学生みたいな男の子が若いおばあちゃんらしき人に見送られてたりして。 おばあちゃんがくれたみたいな金貨のネックレスを普通にブラんと首からぶらさげてたりして。
郡山はいきなり都会だった。 コンビニがある。みずほ銀行もある。スターバックスなんか駅ビルに二軒もある。
新幹線の発車まで1時間以上あったので、スタバでラテ飲んでチョコ食べた。 チョコ買ってくるあたり、ほんと増田さんて女みたいだ。 「ままどぉる」の店でもわけのわからない日本の甘い飴みたいなのを買ってたし。
新幹線乗る前に弁当買った。小原庄助さん弁当が売り切れだった。 新幹線は「なすの」って名前で始発で16両で連結だった。 最初から最後まで帰省ラッシュは感じられなかった。
東京に着いたのは18時前。 東京駅の方向がわからなくなる改札手前のあのエリアで、ジローラモを小ぶりにしたような外国人に目を見てニコっとされる。 新幹線に乗った瞬間に耐えがたくなってブラジャーはずしてたせいだろうか。 それとも西洋の農民みたいな服着てたせいだろうか。
丸の内線で御苑まで行って徒歩帰宅。 郡山で買った弁当を食べようとしていたら、元ダンナさんから「コドモがインフルエンザかもしれない」とメールがあったんだよな。
そんなこんなでカキモチナントカみたいな名前の日本酒飲んでテレビとか見て21時くらいには寝た。
24日の朝方見た夢では、私が電気メーカーの派遣社員で、出勤したとき蒸しパンみたいなのを持っていて 着替えするロッカー室に向かう途中のフロアでボロボロかけらをこぼしちゃって 通過して振り向いたらそれは思いのほか激しく目立ってて 制服のOLさんたちが「あー!!」とか言ってる。(ハニーさんとかいた) いったんロッカーまで行ってパン(劣化しててちょっとさわっただけでもすぐボロってなる)を置いたかなんかして 戻って掃除機をかけたんだけど、「なんで放って行ったのよ!?」と激しく問い詰められたりする。 私はそこの会社をものすごく辞めたかったので、ちょうど派遣会社の営業が集合面談に来たりしてて そんなようなそぶりを見せる。派遣会社的にはそのままそこにいてもらうのが一番楽で美味しいので難色を示すに決まってるけど、私はそんなの省みない決意。
起きたらとりあえず5時過ぎてた。
|