お父さんが眠り出したところからか。
最初は眠りづらそうにしていた。 部屋の表が結構ワイワイしてたので、ドアを閉めた。 日光は鬱病患者には必要なんだけど、カーテンも半分ひいてみた。
そのうち軽くイビキみたいなのが聞こえてきた。 でも看護婦さんとかに声かけられるとすぐ覚醒するレベル。
こうやって寝ている間に体の中でアレやコレやが作られる。 乳酸やら疲労物質がナントカになってアンモニアになるんだったかなんだか。 痛んだ血管やら細胞やら臓器(は夜寝ないとだめなんだっけか)の修復とかも行われる。
とか考えながら、13時半から17時まで、納得して見てた。
その間にお母さんにメールしたら、すぐ札幌まで出て来れるというので 私も病院出てまっすぐ札幌駅へ。 汽車(北海道ではJRをそう呼ぶ)がほんとに前より高速になってる気がした。あっという間についた。
地下街で蕎麦居酒屋に入って夕飯。 ご隠居さんみたいな人たちが宴会しててやかましかった。 でもお父さんの様態やら話した。
時間を気にして空港までのキップをとりあえず買って、時刻表を見上げたら あと30分以上あったので、プロントだったかドトールだったかでお茶。
お母さんが住んでるケアホームの友達(81歳、週3回妹の介護に通ってる。お酒が好きで、お母さんはたまに酒盛りに誘われる)が 大腸がんになって、もうすぐ手術だって話を聞いた。
おばあちゃんもそうだけど、そういうところに住んでる人は ものすごく何度も死に遭遇する。お母さんも8年?で4回?くらい見たと。 それについてホームの人たちと意見を交わしたりする。 だから死に際について非常に意識が高い。 案外いいかもしれないと思った。 一人になったら私もできればそういうとこに入ろう。
花畑牧場直営ショップ前を通ったら、行列がなくなってた。 キャラメル購入。 お母さんも、コドモちゃんにあげてと、新製品を買ってくれた。(誕生日のお祝い金も預かった)
手を振って見送ってもらって改札でお別れ。 (またしょっちゅう来ることになりそうで、次回は泊めてもらうことに内定)
空港に着いたら私が乗る21時の最終便が15分遅れだった。 もうラウンジもショップも閉まる時間で、あわててビールを買いに走る。 でも手荷物検査して中に入るとそっちの売店は開いてた。そのうち片付け始めたけど。
機内でアサヒの北海道限定のショート缶を1本飲んで、少し眠った。 羽田に着いたら歩いてる人がみんな疲れてた。 京急で品川行って山手線に乗り換えて新宿で降りて、徒歩で帰宅したのが24時半くらい。 増田さんが起きてきて、おかえりって言った。
焼山付近の道路沿いでもいできたフキを板擦りして茹でて水にさらして カバンの中のもの片付けて寝た。 夢は見てなくて、20日の朝は5時くらいに起きたんだったと思う。
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