ゆうべの酒日記

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2009年02月02日(月) 今日は来期の経営方針説明会(昨年そんなのあったっけ?)

昨日は、朝ごはん食べて片付けてガス台まわり掃除して、増田さんと昼前に出発して地下鉄で秋葉原納品。
そのあとJRで鶯谷に行き、安くて早くて美味いと評判の中華料理屋へ。
がしかし、そのぐるなびにも食べログにもハローページにも出てない店はなかなか見つからなかった。
増田さんが知人から教えられた通りに向かった方面は、そもそも飲食店の気配があんまりないエリア。

なんか根本的な間違いがあるんじゃないの?
と思っていたら、案の定、説明してくれた人の出発地点が、こちらの認識と違った。
でもまあなんとか、交番で貰ったチラシをヒントに辿り着くことができた。

それはいいんだけど、その間の増田さんの狼狽っぷりがウザかった。
歩く速度が明らかに遅いし、ずっとオロオロ携帯見てるし、人にぶつかりそうになるし、激しい判断力低下状態に正直イライラした。

急ぎの用でもないし、落ち着いて歩いてれば必ず見つかると私は思ってたんだけど
ていうか、飲食店街っぽいとこにあるだろうって気がしたんで視界の範囲であそこらへんじゃないのと思ってたとこが当たりだったんだけど
そういうのは増田さんの中で「こう教えられてるから」っていうことで選択肢外のようだった。
手がかりを妄信し、その結果、思惑通りにいかないと頭真っ白状態になる、みたいな。

店に着いてもボーっとしちゃって、店員さんが心待ちにしてるのに気配にも気づかず、注文を決めようとしなくて、その深い動揺っぷりが伝わった。
久々に、増田さんの特徴に対して、これって日常生活に支障を来たすよね?と思った。
今までよく自力で(まあ人に支えられて貰い易いタイプだけど)やってこれたよなあ、と思う。

焼酎シングルと、スーパードライ中瓶飲んだ。実質は、増田さんも自分の瓶から少しくれたから、大瓶くらいかな。
肴:レバにら炒め、水餃子、いかげそフライ、上海焼きそば

安かった。おなかもいっぱいになった。
JR新宿駅から歩行者天国を抜けクックYとワンダフルで買い物して帰宅。

それが15時半くらいだったのかなあ。
特にすることもないので、ゴロっとして本めくったり、夕飯作り始めたり。
そのうち図書館の本の準備が整いました通知が来たので回収に行く。

晩酌は、白ワインと合成清酒。
肴:茄子オクラポークカレー、ヤムウンセン的なもの、はんぺん海苔チーズ焼き、節分の豆

バンキシャとからくりTVと天地人見た。
福沢朗は若作りを終了すればいい。からくりは、岸和田の男の子がやっとデビューしようとしてた。
天地人は、吉川晃司がなりきってて、オタクを感じた。

増田さんはそれが終わったら寝て、私もあんまり飲む気しなくてシラフのまま
累犯障害者っていう本を読んで、ボーダーラインなんてどこにもないと思いつつ
空恐ろしい気持ちで22時くらいには寝た。

夢は、親戚と暮らす田舎の大きな家。
居間の壁の一方は一面窓で、開ければ縁側。
庭では近所の人や家のお婆ちゃんなんかが世間話したり子供らが遊んでたりする。
私とゼンちゃんはその家で比較的新しい構成員だ。
子作りなのか、昼から励もうとしていて、今日はどうする?と相談して、
売り言葉買い言葉的に「オレはこんなアクロバットなこともできる」ということになり
肩車してやる体勢を示す(私から見えてる光景の中には体操選手みたいなレオタードの私が肩車されてる様子が含まれてる)ゼンちゃん。
あーやれやれ、今日は疲れたあー。
と、ユリエさんの声が近づいて来た。
ほらほらよく見たら、この部屋って外から丸見えじゃないの!早く二階に隠れないと!
と二階に上がったけれども、よく考えたら二階はユリエさん世帯の部屋があるので、鉢合わせすることは避けられなかった。
あらー、どうしたの?と話しかけられた。

同じく何人かで暮らす家で、なんだか夜更かししていた。
私はたぶん専業主婦だった。
起きてきた、まだ小さいコドモを根気強く寝かしつけた後も、まだ寝なかった。
暗いけどもう朝方だった。
ゴミ出ししようと思って外に出た。
そのうち明るくなり、近所の人などもゴミを出しに来た。
コドモを保育園に送って行くためのトラックに乗った元ダンナさんの気配。
家の中にはまだ他の身内がいて、家事は助け合いの連携プレーなのでプレッシャーがなくていい。

起きたら5時15分くらいだった。