| 2008年03月29日(土) |
寝てても体勢が定まらないし |
昨日は8時50分に二人で出発した。 最寄り駅までの道は、駅から出て来た勤め人の波。 私が毎朝駅に行くのは7時20分だから、それとはぜんぜん違う光景。 麻布十番駅まで乗って、そこから歩いて病院へ。
やだなーやだなーでも逃げられないしなー と内心ビビリながら入院。 増田さんは婦人腫瘍科の入院棟の雰囲気が気まずかったのか逃げるように去った。 ていうかハリセンボン春奈ちゃん似の婦長さんぽい看護士さんに「ここから入らないで下さい」って言われたらしい。 (でも4人部屋の中で2人は付き添いの人が侍ってたし、実は問題なかった)
手術着に着替えるように指示されて(春奈ちゃんは進行を急いでおり、中断があると「進めていいですか?」って口元だけ笑ってても目が怒っている) 着替えて待ってたけどすぐには何も起こらず、布団に入って雑誌見てたら大沢あかね似の看護士さんが登場。 検温と血圧測定。
午前中2〜3時間で5人同じ処置(手術)をするとかで、一人所要時間30分だとのことだった。 じゃあスタッフの人たちは休みなしみたいなことなんだな、大変だなあと思ってそれを告げたら 「ちょっと変な病院ですよね」って言ってた。
そこへ墨田ユキみたいな川奈マリコみたいな妖艶美女(黒髪で後れ毛たらしたカンザシ結髪)医者登場。 緊張されてますかン?血管が縮んじゃってる。 とかって言われた。 たしかに皮膚もカサカサで黒っぽくて難民ぽい私の左腕。 しかも絶飲絶食のせいか冷たくてしょうがなかった。
点滴挿入。 鋭利なものが私の皮膚に埋まってると思うと、また全身から力が抜けてヘナヘナ。 でもせっかくのイベントだからとmixi日記を一生懸命こしらえる。 鋭利なものが埋まってる左側は動かせないので左腕のブレスレット? (今年の正月に元ダンナさんが高尾山で買ってきてくれたらしい革のやつ) は歯を使って外した。
私は四番目で、なかなか呼ばれないので雑誌読んでた。 でも11時ちょっと前に呼ばれて点滴ぶらさがったやつをコロコロ押しながら処置室へ。 ピンクっぽい部屋で窓があって日当たりのいい部屋にはイトーヨーカドーみたいな軽快なBGM。 病院で働く白衣の人々の出入りも活発で、お仕事の邪魔をしないようにしなければと思うと緊張してる場合じゃない感じで テキパキと流れに乗る感じで台に横になり指示に従い血圧測定心電図シール貼り酸素マスク?装着 んで点滴を麻酔にチェンジ。 気がついたらストレッチャーで部屋に戻ってて、自分でベッドにスライドできますか?って言われてた。 何時ですかって聞いたら、11時半ですよ早く終わりましたね、って。
最初は麻酔が残ってたせいか、ボンヤリした生理痛程度。 そのうち、お腹冷やしてゴロゴロしてきたみたいな痛みに変わって若干パワーアップ。 でもブドウ糖点滴500ccが入りきる頃には手足の体温も復活して痛みもほぼ収まってた。
母と娘にメールしてから増田さん呼んだ。 ミルクコーヒーとりんご買ってきてくれた。雑談しながら本とか雑誌とかゲラとか読んだ。 増田さんがトイレ行ってる間、春奈ちゃんが検診に迎えに来た。 私は着替えをしてる最中だった。 そのとき慌てて着替えたのでゴミ箱に自前のパンツが落下したことに気づかず(増田さんは後で目撃したそうだ) 結局忘れて帰って連絡したら捨てられてしまっていたので後悔している。
病院の人に見られるのも恥ずかしいけど、それよりなにより自分のものを知らない場所に取り残してくるっていうのが私の神経にはどうも耐え難い。 見たなら言ってくれればよかったのにって増田さんを若干責めたため、軽くいじけさせてしまった。 増田さんなりに、丸出しで捨ててあるよ、と思って何か袋に入れなおしておいたそうだ。 普通は丸出しで捨てないし、捨てる理由もないことに気づかないのは、私が平素普通より無頓着なのと、あとは増田さんなのでしょうがないことなのだ。 前の家族にも私のそういう性分で随分迷惑をかけたと思うので繰り返したくない。
増田さんは本の打ち上げで夜は出かけるので、私はコタツで自分用の夕飯に 大根おろしながら泣いて一日の緊張不安後悔などを発散していたら 増田さんがやって来てどうしたのって言うので私なりに説明した。 自分のことでいっぱいいっぱいになるタイプなので普段は説明しないけど、こういう時なので色々浮き沈みがあるけど容赦してほしいと思って。
妊娠してたときもなんかこう、ポケットに割れやすい卵を入れて歩いてるような、足の裏がゾワゾワして一歩一歩が恐怖みたいな そういう感じがあった。 子宮まわりのことはなんだか怖い。 胃とか心臓とかを刺されるとかは想像しても案外平気なのに。
でも1ヶ月で血っていうか膿が止まって2ヶ月で傷が治るっていうから、妊婦のときに比べたら半分以下の苦しみだ。 そう思って乗り越えよう。そもそも調子が悪いとかはないし。 でも布団の上げ下ろしもヒヤヒヤするし冷たい水もなんか怖い。 重いものは持つなって言われてるし理屈もわかるけど 子宮そのものは今回関係ないので、つめたい水で子宮収縮とか何のリスクもないはずなんだけど 完全に妊婦時代の恐怖が舞い戻って来てるようだ。 結局ビビリなんだなあ… かといって自分より余裕のない人に甘えられる性分でもなく、呼吸が浅くなるばかり。 気をつけよう、同じことを繰り返しそうで危なすぎる。
そうそう、退院自体は16時くらいだった。 タクシーで帰って来た。 荷物は増田さんに持ってもらったけど、基本的に増田さんは持てない男なので 無理してもらって恐縮だった。
そして増田さんは18時過ぎには打ち上げに出発したので、一人に。 処置後の注意事項の紙には 当日はお酒は止めてください。出血しやすくなるので3週間は控えてください。 と微妙なことが書いてあり、こんな日こそ飲みたいのに飲めず。 夕飯:玄米、豚汁、サラダ、塩辛、大根おろし、めかぶ
入浴は明日からいいって書いてあるけどそんなの正直どうでもいい。 365日シャワーだって構わない。お酒が飲めれば。
なんか有意義な夜の過ごし方を見つけなきゃなあ。 飲まなくてもリラックスして色々忘れられるような、燃えられる感じのあるなにかを。
小松菜下ごしらえしたりしてテレビも見たけど面白いと思えず 安静にしなければという強迫観念から22時に床入りしたけど悶々として眠れないので 増田さんが感想書かなきゃいけない伊藤さんの新しい文庫のゲラを読んだら これまた居酒屋とかスナックとかの話が出てきてクーってなる。 解剖学の本を開いて子宮頚部はだいたい股のYの字のてっぺんラインくらいなんだなと確認して目を瞑る。 増田さんは24時過ぎくらいに帰ってきて、なんだか「ソラ、ソラ、ユメ、ユメ」って言いながら寝ようとしてたと思う。
夢は、家(実家みたいな一軒家)にガーっと小中学生が来ていた。 たぶんコドモの友達連中なのだろうけど、社会科見学なのかと思うほどの頭数だった。 で、なんかはしゃいで表で悪さするような子もいる。 家の中も外もワイワイだけど、私は二階の窓から見下ろしてコラー!って言ってみたりする。 首謀者らしきいかにも構ってほしくて嫌がることをしているという感じのやんちゃな男子に こういうことしてるとホントに損するし私も実際困るし、でもこういうこと気軽に言いやすいからあんたみたいな子は嫌いじゃないんだけど みたいなことを言うとその男子はわが意を得たりみたいにニヤっとした。 眉毛も目も髪の色も濃い感じの、どっちかっていうと丸顔の、紺色のジャージの子だった。
あとは、上海か香港か台北?かを選ばなきゃならない夢も見た。 たぶん行き先なのだと思う。 私はゴハンが美味しいとこならどこでもいいよと思った。そして言った。 なんとなく上海か香港かなと思った。 O野さんが一緒だったので、O野さんはそういえば芸能人とかいるようなとこがいいんだよね?って聞いた。 なんとなく香港かなと思った。
気がついたら6時ですっかり朝な感じだったので起きた。
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