「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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楽しんでいる自分を見て「心の成長」という言葉が浮かびました。 私達人間はいつも成長しながら生きています。今日出来なかったことも次の日か幾日かを経て出来るようになります。 心の成長も同じ。今日感じられなかった自分も明日かその幾日か後には気付きます。ある自分に気付くまでの時間は、すぐの時もあり長くかかる時もあるけれど、もっと見たいと感じた分だけ見えるような気がします。自分への「?」の好奇心は新しい自分への始まり。全ては自分を肯定する頃から始まっています。 それにしても例えば料理や運動は、出来るようになったことは出来た自分として持続できるのに、心のことに関しては時々後ずさりになります。傷ついたチャイルドのなせる術ですが、もったいないことをしています。今の自分を認めると、それが出来るようになる青写真が浮かびます。 夜、本『IC』を読んでいたらワクワクしてきました。 私には人生で起きるいろいろなことに対する回復力があります。それは私を作る小さな細胞の力でもあるのでしょう。私の身体は60兆個の細胞で作られていて、身体の中の心臓という器官も60兆個のうちのいくつかの細胞で出来ています。心にも細胞はあるのかな?そもそも心って本当はどこにあるの?心が見えたらいいのにな。 細胞という言葉から、この頃社会の話題になっている「脳死」の話になりますが、(臓器移植のための捉え方であるという前提ですが)私は心臓は全身に血液を送って命を続けるポンプの役割だと感じています。私が心臓というポンプを使って人間として生きられるのは、人として感じたり思考したりする脳を持っているから。このように捉えると、私は臓器移植が前提にある場合の「脳死は人の死」と感じます。子どもの臓器提供の年齢が議論の一つに上がっています。私は自分の命に対する捉え方を浮かべると子どもの場合は・・・も自然に決まってきます。けれど私に決められるのは私に関することのみです。そしてどんなに小さな子どもさんにもその子自身の気持ちがあるのだから、私は自分の子どもが小さい時には出来なかったけれど、大人が日常の会話にこれらのことを入れて語り合っていると、大人も子どもも自然に考えがまとまるように感じます。
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