「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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帰国の朝、6時半頃目が覚めました。ご飯を食べて荷物をまとめ、8時に部屋を出てフロントへ。後半のホテル代は11日分で121ドルと洗濯代30000ドンでした。 その後、長く住んだ分いろんな話をしたオーナーの娘さんとタクシーが通る道まで歩きました。娘さんはもうすぐ離婚されるので「新しい人生を楽しみましょうね」と話をしてお別れしました。 通勤時間のために、道路はバイクでいっぱい。空港に着いたのは通常より20分遅れの1時間後のことでした。 持ち込み荷物の検査で引っかかってリュックの中身を全部出して検査になりました。こんなことは初めての上、心当たりがありません。リュックには乾きたての下着をそのまま押し込んでいましたから机の上に下着が並びました。でも気にしている余裕がありません。散らばった下着を見ながら(これも衣類の一種に過ぎないなぁ)と思いなおしました。 定刻の11時5分。ホーチミン発タイペイ行きの飛行機が飛び立ちました。(長く住んだ土地よ、又ね)という思いが自然に浮かびます。機内のテレビ画面の地図からベトナムという国が消えたとき、ベトナムが遠くなったようで寂しくなりました。そしてすぐに、一年間暮らせたということがうれしくなりました。 タイペイで、乗り換えのために飛行機を降りました。今度はセントレア域の飛行機に乗るのです。そのタラップを歩き名古屋へ向かう飛行機に足を一歩踏み入れたとき 「ここから又始まる」 と思いました。つまりベトナムの生活は私の人生の途中の一こまであるということです。 タイペイの空は曇っていました。(今日は町が見えないなぁ)と思っていたら、飛行機が雲の中を通過して上空に出た途端にまぶしい太陽の光が差し込んで、窓枠いっぱいに雲のじゅうたんが広がりました。そのきれいなこと。(あの上を歩いてみたいなぁ)とは、いつの時代も思うことです。 午後8時、飛行機はセントレアに到着。迎えに来ていたファシリテイターと数ヶ月ぶりに再開しました。外に出ると冷たい空気に一瞬身が引き締まりました。暑いところから寒いところへ帰ってきたことを意識に入れなおしました。 車が道を走り始め、道路に出て日本語の看板が並んでいるのを見ていたら又寂しくなって、とうとう涙が出ました。こういうのを「逆ホームシック」と言うそうです。私はベトナムに心のふるさとが出来たのだと思います。一年間楽しい出来事がたくさんあって、又行きたい・住みたいを持って日本に帰ってきたのです。 新しい家に帰ってきたのは夜10時過ぎでした。日本の父が家の掃除などをして暖房器具も揃ってあったので、私は「自分の家に帰ってきた」という気持ちになりました。私の新しい生活が始まったのです。
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