「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2009年01月06日(火) 小道

 6時起床。
 布団の中で「タイプを打ちたいと感じている自分」を面白がりました。
この感覚は、理屈ではなくただ私が「そのようにしたい」。小さな衝動のような、私の中に眠っている本を書くための思考が今こそあふれ出てきそうな感覚です。
土の中から小さな新芽が出てきた感覚でもあります。私は今、自分の中から湧き出した感覚に添って動きたくて仕方がありません。

 ところが昼間に2005年10月の日記を読んでみたら・・。

 「書く」という作業をするときは「話す」ときとは違う部分を使っているようですし、私は今(集中したい)とか(この思考を維持したい)とか思っていて、独自の世界に入りたくなっているのです。けれど、2005年の文章を読むと当時のほうが今の私よりも心に余裕があるように思えたのです。それで、(今は大丈夫かな。ゆったりになっているかな)と自分に問いました。
 今感じていることは、たとえば私が一つ目の本を書くためのある一定期間のために集中するということなら、この思考を維持し続けることは出来るでしょう。でももしも私が物を書く人として生きる自分を育てているのなら、今の意識では長く続きません。これは今の感覚から感じ取った小さな確信です。嬉しい気付きを経て、心はそれまで以上に自由になりワクワクが広がりました。

 ワクワクの中で散歩に出ながらこんなことを思いました。

 (頑張っても頑張った分だけだという気がする。つまり自分の力量以上のものは書けない。私に書けるのは私が体験して解った私のことだけ。
 それに、背伸びをしたり頑張って集中して書いた文章で本を仕上げたら、私はその本を開くたびに背伸びをして頑張らなくてはいけなくなる。だからやっぱり、今感じたままのことを書けばいいんだね)

 気になっていた田んぼの小道を歩いていくと公道に出ました。その公道がいつも通っている道だと気付いたときには「フフッ」と声が上がりました。
 傍に用水路のようになった川があって流れる水が透き通ってきれいです。川沿いにも小道が、今通ってきた道と同じようにずーっと向こうまで続いています。
(明日はこの先を行ってみよう)と、昨日の夕方と同じことを思って今来た道を戻りました。


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