「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年12月14日(日) ぬくぬく

 午後、家の庭で友人のお姉さん夫婦と野球ごっこをして遊びました。二人とも始めての遊びだと言っていましたが、私のバットをブン!と振りました。お姉さんの夫は(二人とも私より年下ですが)途中から真剣な顔になって田んぼのずーっと向こうまでボールを飛ばしました。田んぼは草が生えていて泥になっているところもあって履いているのはスリッパで、おかげですぐそこに来たボールにも手が届きません。1回だけ山なりで飛んできたボールがグローブに飛び込んでくれましたが、ボールを追いかける私の姿はきっと「ドジョウすくい」だったことでしょう。

 田んぼの中に直径1メートルくらいの穴が開いています。これは大きな木を切り抜いたために開いた穴です。残った根っこはその3メートルくらいを地上に顔を出して八方に広がっていますから、手が回らないくらいに大きな木だったことでしょう。
 今日、その穴をぴょんと飛び越えて遊ぶ私にお姉さんが木を切った理由を教えてくれました。木が切り抜かれたのは私の使わせていただいている部屋を作るとき。つまり切り抜いた木を板にして、私が毎日寝ている床に使ったと言うのです。毎日上り下りする階段も手に触れる壁も全てそうだったのです。自分が寝ている木の板が少し前まで庭の木として生きていたなんて想像も出来ませんでしたから、本当に驚いて歓声を上げました。改めてこの部屋に自然のあたたかさを感じました。私が9時過ぎると眠たくなるのは、きっと自然の木の眠りに導かれているのでしょう。
 
 日が暮れかけた頃、3姉妹と私で散歩に行きました。赤土の道で手をつないだり、ベトナムの人の歩き方・アメリカの人の歩き方・日本の人の歩き方などなど、面白いことをしました。最後は友人が犬の歩き方をして大笑いになりました。
 日本の歌を歌ってと言われましたが、ベトナムの歌は浮んでくるのに日本の歌が浮んできません。ベトナム語が話せるわけでもないのに、頭が歌に切り替わらなかったのです。
 まもなく日が暮れて辺り一面真っ暗になりました。通り過ぎるバイクと少し離れた民家以外は電気がありません。道幅が
 ところが小さい道に入ったとたん、黒い闇に舞う小さな光が視界に入りました。蛍です。田んぼの中に数え切れないくらいの蛍が飛んでいたのです。その可憐さに又、歓声を上げずにはいられませんでした。

 こんな一日を通して、私はそうしている自分を見ることを意識しようとしていました。「意識しようとしていました」なので「意識していた」とはすこし違うのです。
 田んぼの中でボールを追いかけた自分、姉妹のような女性に囲まれて冗談を言いあったりふざけて触れあって遊んだ自分。実は、今の自分がどこまで自由に楽しめるのかを知りたくて意図的にその環境に自分をおいてみたのですが、「意識しようとしていました」になったのは時々チャイルドが顔を出していたからです。そしてそれが解ったのは夜になってのことでした。ついでに、ここ数日「意識するということ」が「お行儀よくする」という感覚になっていたことも知りました。ですから今夜は、「お行儀よくしなくていいよ」と自分に語ってあげました。そうしたら、心がぬくぬくしてきました。
 もうすぐこの環境ともお別れですから、私は今、ここに居るから出来ることを探しているます。いつもプラスを残していくのです。


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