「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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午前中、Nグループの整理をしなおした。午後からはあるきっかけに巻き込まれて、まとめ気分から脱線した。それでも、Nグループは、引き出しの中に小引き出し7個。 Nグループと関わるとき、彼との会話が出てくる。家を出た日から今回まで、6年間閉じておいた箱を今開けた。そこにいるのは彼の言葉に傷ついた自分。その私は子ども達の母で、彼は子ども達の父親。私達はパートナーだった。 当時、防波堤という言葉を使った。 自分は、不登校していた子ども達の防波堤になろう。それが出来るよう、まず自分の防波堤になれるようになろうと、自分育てをした。あの頃は、自分の防波堤になることで精一杯だったけれど、出来た部分はあった。 今回、日本に帰れば、たぶんすぐに、似たような状況がやってくる。なぜなら、彼女達は家庭という箱から始まる一般常識の社会に生きているから。一般常識の世界に生きている人はみんな囚われているから。 今浮かんでいるのは、その自分をどのように書くかということ。私は元パートナーの言葉に疲れたけれど、彼は子ども達の父親。だから、言葉を間違えると、子ども達を混乱させることになる。しかし、私が今、彼は子ども達の親だからという理由で再び箱に収めるのは違うような気がする。閉じた箱を後で開くことは出来るけれど、それには少し制約がある。なぜなら、残した箱を開く前に、日本に帰るという現実があるから。 私が、当時のことを残したまま子ども達と関わるなら、再び自分の感情に巻かれ、過去に似たことを繰り返すことになるだろう。 私は自分が一番楽になる言葉を使いたい。傷ついた自分を書くだけでは、自分の発展にはならない。傷を癒やした部分では、言葉を選べる大人として、自分を表現できる。こうして書いている間に、当時の、家を出るという選択は、あの頃一番弱っていた自分に心を傾けることが出来たからだと実感する。そして今は、これからも、自分の未来につながる自分を育てたいと思っている。 そんな私は、この2日間、「Mamoって何だろう?」を思考の一部に置いて自分を観察している。Mamoとは、プラスをするということをする自分。そんな自分を見ているのは楽しい。Mamoとは、自分がACだと知っていて、古い習慣から離れ、心の傷を癒やし新しい心で情報を…と続いていく。形を残してきたのは、プラスをしてきた私だから。 新しい情報と言えば、一昨日日本のテレビ番組 『プロフェッショナル』 を見た。薬害エイズ訴訟の弁護士の一人がインタビューに応じていた。 「ひとつの裁判に勝つだけでは医療訴訟の根本にあるものは変わらない。国が変わらなければ…」。 その人の言葉は、自分の根底を知り、大人社会に違和感を感じる私と Link した。 私の本も、大人社会に何かを注ぐきっかけになればいいと思う。私は、人々の心に響く本を書きたい。 そして、その本書きは、「ぼちぼちしていけばいいかな…」という気分になっている。6年間の全てを書かなければならないのではない。ぼちぼち進めて出来た分を本にしようという気持ち。今を楽しんでいれば、私の心も満足する。そうか。厳しい文章に載らなければと自分を頑張らせていたんだ。やっぱり心の傷を癒やすのが先なんだなぁ。
私は今、今よりももっと楽な自分を育てている。いつも自分育てをしているw
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