「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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今朝、向かいのパン屋さんでパンを買った時、「Binh mi khong、ある?」 と聞いてしまった。「ある?」 だけ日本語の声が自分の耳に届いて笑えた。でも、お店のおじさんはわかったみたい。 ベトナム語って面白い。Binh mi に卵をサンドしたら 「バインミー卵」。パンだけを買う時は 「バインミーない」。何も挟まないからだと思う。だから、上の言葉を全部日本語にすると、「パンない、ある?」 になる。ちなみに、何種類かある大豆の呼び方は「大豆黄色」「大豆黒色」「大豆青色」。簡略化されていて、外国人にやさしい。 今日は、終日書きモード。こんなに集中していたのは初めてだろう。文章というのは、読めば読むほど味が出るみたい。
「やさしい社会が出来るとき」 プラスの自分は感じたままに、自由に動く。だから、自由な自分は自由に遊ばせておいても大丈夫。その、自由な自分の足を引っ張るのは、心に傷を抱えたままの自分。傷ついた自分に寄り添い耳を傾けてあげると、自由な自分の足を引っ張ることが少なくなり、自由が広がる。 学校の教室で、社会で、一番ゆっくりな人に合わせることができたら、やさしい社会が出来る。私にも、自分の中の一番傷ついた自分に心を向けられる自分がいたら、やさしい自分が広がる。足を引っ張られる回数が減る分、プラスをしようと頑張らなくてもすむ。 そういえば、「これ以上無理だ」と思うことがあった。あの時自分は頑張っていたんだね。そして今はそんな自分を肯定している。真に肯定するとは、こういうことだと思う。 社会が傷ついた大人でいっぱいになっているのは、大人は大人同士で、今を否定するから。自分の今と他者の今を否定する。 「ない・でも・逆説」。少し出来ると、「もっと」。世の中には、マイナスの思考が溢れている。大人は、自分を肯定する方法を知らないことが多いから、仕方がない。 でも、大人社会でも大人どうしが、肯定しあえる社会があると、自分に心を向けられる。そして、自身に傷ついた自分も居ることに気付くきっかけになる。自分を変えるということを、楽に出来る。 そうは言っても、私もマイナスに巻き込まれることがある。それは、私自身の傷ついた部分が反応するから。こんなときは、そのものから目を剃らそうとしたり、逆に近寄りすぎたりする。自分に気が付けないまま他者を見ている間は投影だから、自分の解決にはならない。 私の中の傷ついた自分は、私自身を徹底的に否定した。この頃感じているのは、マイナスの自分に寄り添うには、より大きな、そしてより自然な能力が必要だったということ。それから、当然傷ついたままの自分を肯定できた分だけ楽だということ。 8月半ば、「メッキ」や「上辺の世界」を吟味していた頃、N1の人格を見ながら、「日本で勉強した6年間は、マイナスの自分と向き合う能力をためる時期だった」という見方もした。「時期が熟して今がある」という言葉も浮かんだ。しかしそれは、プラスの見方を探した結果で、同時に自分への言い訳ではなかろうかという思いも浮かぶ。プラスの見方が出来た自分を喜びつつ、自分観察した。 私が今の私をありのまま肯定できたら、他の何もかもをありのまま肯定できる。プラスの私が広がる。ありのままの自分を肯定するやさしい大人が集まれば、やさしい社会が出来る。私は今、そう感じている。
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