「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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朝ごはんを買いに市場へ。「お姉さん、何欲しい?」「お姉さん、朝ごはん食べた?」毎日の生活の為にある市場にウィンドーショッピングならぬ市場ショッピングはない。ウィンドーショッピングとは、時間のある人の楽しみの一つだと改めて知った。 最近は買い物に行くとき、買うものを決めていくことが定着しつつある。私の中の成長した部分。嬉しい。いつものようにマンゴを手にしたらそこに立っていたのは、もと研修生さんのご家族の一人だった。本当に、お知り合いが増えてきちゃった。 お昼になる頃、最初の章の一つが出来て、満足感を味わった。楽しみの延長でお昼を食べつつ、頭の中に次を広げて喜んだ。しかし午後からの作業は停滞。どうしても、種類の違う文章の繋げ方がわからない。思いつくことを書いているうちに行が増えていく。手を止めて読み返すと、だらだら書きになっていることがわかった。何かが違うのだ。 ここで、自分の全体を見ることを意識して、「起承転結」を勉強した。すると今度は、ある疑問が沸いてきた。私の「結」は何? 私はまだ途中…。ノンフィクションに「結」はあるの? 頭をシャッフルする気分で、もう一度、「振り出しに戻り」。 私の持っているものは何だろう。自分は何を言いたいのか。過去の思考になったら言いたいことはいくらでも浮かんでくる。しかしそれは、すでに引き出しに収められている。そのことを自分に言い聞かせて、そして何が言いたいのかを自分に問う。 文章にはメリハリも必要。自分のしてきたことを書くだけのものも違う。いや、それより、私は本当に、誰に何を言いたいのだろう。あ〜。 あっという間に夕方になった。もう終わり。買い物に出た。今宵は、昨日のように意図的にならなくても、心が「本書きモード」を求めていた。 家に帰りつく頃、私の「結」は「起」につながって、まーるい円になった。ベトナムで本を書こうと決めた自分と本当に書いている自分。でも、これ…いいのかな。今は、分からない。まぁいいか。
子ども達の手紙を出した。昨日は一人ずつ封筒を分けようかという案も浮かんだ。その思いを持っている自分を検証してみると、子どもの頃、一人の人として扱ってもらいたかった自分が居た。ということは、傷の中で考えていたことになる。届いた形で返すのがいい。ひとつの封筒にA4用紙約6枚。27,500ドン。 手紙は今回で2往復した。
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