「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年09月02日(火) 丁寧

 Viza の更新を頼んだ日本人の友人が引越しをしたので、頼みごとついでに遊びに行くことにした。「せまいけどおいで」と言う友人宅への興味もある。
 ベンタインのバスターミナルで11 時に待ち合わせ。時間より早く着いて辺りを眺めながら友人が来るのを待つ。約束の時間より少し前に、「ちょっと送れる」のメール。この国の“ちょっと”は私にとっては長い。それでも、マンウォッチングや回想を楽しんでいるうちに、あっという間に30分経った。
 日本の友人は、「ベトナムの待ち時間は、1時間は4時間だ」と言う。時間に縛られて生きていた自分を思えば、その捉え方は楽だ。しかし待つ側の場合、それでは相手が主体ではなかろうか。今の自分は誰が主体かと自分に問うた。
 さらに30 分。しかし待ち人は訪れず。流れはどっちに向いているかと自分に問う。いつも自分が主体のほうがいい。私も、本を書きたくなり、連絡を入れて家に戻った。
 
 途中でガムを買おうとして、物売りの女性に値段を尋ねた。しかし高いから買うのをやめて、商品を置く。立ち去る後から女性の大きな声がした。振り向くと物売りの女性はガムを持って何か言っている。人々は私を見た。物売りさんは、「買わないのなら触らないで」と言っていた。
 商売は面白いと思う。先日、バスに乗ったとき、「ここで降りたい」と言うと、若い女の車掌さんは舌打ちして、「次で降りて」と言う。私は嫌な気分がするうえに降りたい場所で降ろしてもらえない。こんな時は言葉の分からない私のトラウマになる。買い物をしてもご飯を食べても、気持ちよさや安心を味わった場所にはもう一度行きたくなる。丁寧や心地よさにお金を払うのはいい方法だ。
 昨日クチでご馳走になった友人の料理は、又食べたいと思う。友人の丁寧な下ごしらえを見たからだ。丁寧さをお金で買ってもいいだろう。
自分も商売が出来るかと想像してみる。丁寧さが仕事になるのなら、丁寧にすることで自分も食べていけるのなら、よく生きることをする私にとっては一石二鳥だろう。私の丁寧を買ってくれるお客さんが居るのなら見てみたい。丁寧を仕事にする自分もいい感じだ。 


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