「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年08月24日(日) 今日の続きの明日

 8時からまとめを始めた。昨日に引き続き、私は没頭している。
つなぎの文章が浮かばない。お手上げ気分で過去の文章を読んでいるうちに、使えそうなものをいくつか見つけた。
 私は自分に何を言いたくて本を作るのだろう。過去の状況をつらつら書くだけでは無意味だ。過去の怒りや悲しみを表すだけのものはマイナス効果とも言える。世の中は情の世界だからだ。
 私は自分に何を言ってあげたいのか。「あなたは悪くなかったよ。自由でいいんだよ」
何をまとめるのか。「文章をまとめるのではなくて、心をまとめるんだよ」
 そうしているうちに、もうひとつ引き出しが浮かんだ。
今度は「自分に言葉をかけてきた自分の引き出し」を作るんだ。

 お昼前、ベトナムの友人が「10区にあるおばあちゃんの家に遊びに行こう」と誘いに来た。私は本書きモードだ。世間があったことすら忘れている。断ろうかと思ったが、ただいま家を探し中。情報があれば嬉しいこと。遊びモードに切り替えた。
 彼女のおばあちゃんの家は、私の家からバイクで10分くらいの近距離だ。
家族がたくさんの家。ビールで会食。ひとつのコップでビールを回し飲み。私は途中から断り続けた。それでもコップは回ってくる。「ベトナムの習慣です」 と言うお兄さんのお友達。どうしてもコップをまわしたいお兄さん。お兄さんをたしなめる仕草の友人。
友人の妹さんが「口をつけるだけでいいよ」と言うので、してみた。しかしこれでは飲んでいるのと同じだと実感。私は日本人です。その前に、その習慣には参加出来ません。心で言いながら断り続けた。
 若い人が帰り、おばあちゃん夫婦と私達数人だけになった。おじいさんが話し始めると皆はしんとした。お酒を飲んで話す大人。うつむく家族。ベトナムにも日本と同じ光景があったのだ。
 時計が気になり始めた頃、カラオケに誘われた。私はもう、本書きモードになっていた。
 
 夜、一つの引き出しを開いた。2004年作った当時のタイトルは「命ふんわり」。心の傷を癒やした私がプラスの感覚で書き溜めたものだ。過去を書く自分も居て、プラスを書く私も居る。読み返しているうちに、やさしい気持ちになってきた。
 つなぎに入れてみる。最初のうちはいいけれど、人格が分かれるところにつなげられずに手が止まる。
明日は、「心の傷を癒やして心の壁を薄くした」ところをまとめよう。


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