「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年06月07日(土) 淋しいということ

 なんだか淋しい。感情が膨らんで心が痛いよ。気分転換の散歩に出たのに、誰か私に話かけてくれないかなと思ってる。淋しいってどういうことだろう。
 淋しいときにやさしくされるとうれしい。安心したり体の力が抜けたりする。やさしくされて力が抜けるのは、それまでは力を入れて生きていたということだ。やさしさは、淋しい人がいると発揮されるんだ。だから、憂いという言葉がつながるんだ。
 今の私はどうなんだろう。何故、淋しいんだろう。太陽は遠すぎて手が届かない気さえする。自分は一人を楽しんでいるのか、そうすることを余儀なくされているのか、分からなくなった。

 淋しいって、どういうことだろう。
淋しいを辞書で引くと、心が満たされていない状態と書かれていた。そのとおりだと思う。枯渇して死んでしまいそうな自分。満たされていないよ。
でも、何に満たされていないの?今私は自分で自分を暖めてあげることが出来るのに。ということは、これはチャイルドの叫びなの。子どもの頃、放っておかれたから、心に残っていた淋しさがあふれ出た。
 道を歩く人々は、私の不足部分を満たしてくれる親とは違う。代理の親とも違う。私は自分で自分を満たしてあげよう。

 何をすれば楽しいだろう。今日は3つ目の日記をまとめるのが楽しくて、時間を忘れた。他に何をしたら楽しいだろう。この間はベトナム語の世界地図を見て遊んだ。私は楽しみを探すことが出来る。大きな能力を持っているョ。私は自分を愛する方法を探しているんだ。

 夜、ベトナムの友人から、田舎へ遊びに行こうとメールが届いた。私には大切な仕事があるから、明日の自分のために、お断りした。


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