「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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今日は、午前中、Yちゃんと遊んだ。 約束したのは昨日。Yちゃんは8時半にくると言ったけれど9時にしてもらった。伝えると伝わるんだよ。 私は前に教えてもらったスーパーの場所を忘れたので、もう一度連れて行ってもらった。前に来たときは、人の多さにすぐに疲れてしまったけど、今日は大丈夫。Yちゃんの手を引いて歩けるくらいになってて、品物を選ぶのも楽しかった。 それで、ついに私も、銀色のコーヒーフィルターを使えるコーヒーを買った。それからナイフと缶切りと。これでベトナムコーヒーも甘さ控えめのコーヒーも飲める。それに切って食べる果物も食べられる。それから、16,000ドンのかわいいタンクトップを買った。袖なしの服がほしかったから。
買い物が済んだあと、Yちゃんの家に遊びに行った。Yちゃんの家は広くて明るくてバスタブもある家だった。ベトナムにもいろんな生活があるんだ。 私たちはお昼ごはんを一緒に。彼女がお料理するのをそばで見ながら話をした。 Yちゃんに、「どうしてベトナムへ来たの?」と聞かれた。私は 「私のこころの本を書きたいこと・落ち着いて書ける時間を作りたくて、日本よりも物価の安いベトナムに来たこと」 を伝えた。Yちゃんは「心の本?」と首を傾げて聞いてきた。私は 「うん」 と答えた。自分を語る、自然の流れだった。 返事をした後いいことを思いついた。それは私の伝えた言葉をベトナム語にしてもらうことだった。Yちゃんは私の横で確認しながら翻訳した。これで、他の人に聞かれたときにベトナム語で説明出来ることが増えた。 ご飯が済んで彼女の部屋に寝転んで話をした。私は日本で覚えたベトナム語の歌を、ちょっと恥ずかしかったけど最後まで歌った。半分くらいは忘れててアカペラになった。Yちゃんはびっくりしながら、“神田川”の CD が流したから今度は日本の歌を歌った。
最後に私のサングラスを買いに出た。 3区まで行くと、サングラスを売ってるお店が並んでた。私の買ったのは50,000ドンのピンクのふちのサングラス。これで砂埃から目を守れる。 帰り道の路上には 25,000 ドンのサングラスが並んでたけど、私は私の買ったものが気に入ってた。自分のほしいものをほしい時に買えた自分がよかった。お金って、こころを持って使うものなんだ。
昼過ぎ、家に帰ってからお小遣い帳を付けた。帰宅したらお小遣い帳をつけるのがこの頃の楽しみの1つになっている。なぜかというと、買ったものをベトナム語でつけているから。 だから日本にいるときよりも書き込みが細かい。何がいくらで買えるのかがよくわかるし、それを買ったときのことを思い出したりして楽しいから。 それと、もうひとつ楽しいことをした。それは、自分の自己紹介文をベトナム語で作ること。これには午前中にYちゃんに翻訳してもらったものを利用した。 この月末に日本から研修生さんが帰ってくるからこの紙を渡せたらいいと思ってる。 まだ途中だけど、これが出来たらコピーやさんでコピーしてもらえたらいいな。お店に行くときにはあのお友達に手伝ってもらおう、と計画している。
3時ごろ、誰かが部屋をノックした。この頃、部屋に居るときはリラックススタイルをしているから、今日もすぐには扉を開けられなかった。 丁寧な言葉で「何か御用ですか?」はベトナム語で何と言うんだっけと何度も考えているのに、今日もわからないまま生返事をして、スタイルを見られないように少し扉を空けてみた。ドアのそばには、いつものアパートの Housekeeper のお兄さんが立っていた。 私の部屋の中に用事があるらしいけれど、何を言ってるのかわからなかった。少し待ってもらって「どうぞ」と言ったら、部屋の奥の洋服ダンスの余っているハンガーを持って、「失礼・ごめんね」と言って出て行った。 それにしても、 Housekeeper のお兄さんはたいてい、部屋の鍵をぶら下げて歩いてて、こうして時々入ってくる。そういえば、この間 女性の Housekeeper さんが朝8時半ごろにドアを開けて、「あら、居たの?」と言った。日本とは違うスタイルが珍しい。学生寮みたい。不思議で、今では時々笑える。
日が暮れかけたころ、散歩に出た。学校のそばの交差点はいつも通っている場所なのに、ゆっくり眺めたことがなかった。このとおりは交通量の多いところだったんだ。 道端で発見したものは路上のおこわやさん。自転車に積んだ大きなおなべの中に3種類のものが入ってた。1つははじめて見るもの。はじめて見たものを食べてみたかったから2つのおこわを、1つ3,000ドンで買った。 おこわの写真を取らせてくださいと言ったら、「何で?」と言われた。私は日本人です」と言ったら「あ〜そうか」という表情で写真を撮らせてくれた。
この近くには、本屋さんが多い。ううん、この近くだけではない、ホーチミンには本屋さんと印刷やさんが多い、と私は思う。 今日は勉強用の安い紙を買った。日本のような広告の裏紙がなくてノートをちぎっていたから、安い紙が買えてうれしかった。 本屋さんを出て次の角を曲がったところの建物で、人だかりがしてた。なんだろうと覗いてみたら、そこにも私の望んでいるものがあった。それは、柔道着のようなものを着た子どもさんの姿だった。 もしかしたら、運動が出来るところなのかなと入り口のそばまで近寄って中の様子を見ていたら、お菓子を売りに来たおばさんに声をかけられた。「ここは何をするところですか?」と聞いたら、「面白い話を見る場所・フィルムはないよ」(←わかる範囲の直訳) と言った。劇場のような看板があったから、そのような場所らしいけど、柔道着を着た子どもさんが出入りしていて、バレリーナの服を着た人もいた。 「ここで、こーんなこと (一生懸命、正拳の手振りをしてみた) をしているの?」 と聞いたら、そうだと言った。「私も出来る?」と聞いたら、もちろんって。私はついに、自分のしたいもうひとつのことが出来る場所を見つけた予感がした。明日の昼間にもう一度覗いてみることにした。もしそうなら。もしそうなら、と運動したいモードが沸き起こってきた。
2時間くらい散歩して、シャワーを浴びて夕ご飯。 今日の夕ご飯は出店で買ったおこわとレタスとオレンジのサラダだ。サラダを箱入りご飯の空き箱にちぎってみかんを飾った。 夕ご飯が白い床の上に並んだそのお皿のそばを、アリが歩いてた。でもあわてない。こんなことも慣れてきた。 アリさんは時々私の体に上ってくるけれど、もう、こそばゆさも平気になった。こんなときには、テレビなどでアフリカの人が顔の上を歩いているハエさんと仲良くしている姿が浮かぶのだ。 そういえばこの間、パソコンを見ながらゼリーを食べて、そのカップを置いたまま忘れてて、どれくらい置いていたのか、腕がこそばゆくなって目を向けたら、机の上にアリの行列が出来ていた。でも、びっくりしなかった。当たり前だと思って片付けた。私はアリさんに食べたものをさっと片付ける習慣を教わった。
話を元に戻して、私の夕ご飯のおこわは、はじめてみた種類の方は、口に入れたらおかしな味がした。残念ながら痛んでた。買った後に散歩したからかな。いずれにしても、この暑い場所だから、食べ物には気をつけよう。 そういえば、日本で見た観光雑誌に、屋台や出店の食べ物はおなかを壊すと書いていることがある。私は自分の体の感覚を大切にすれば大丈夫だと思っている。感覚を生かすチャンスかもしれないのだ。
ところで、今日は朝からいいことを感じてた。 それは、住む場所はどこであってもいいような。あっちにこっちに行き歩いてもいいような。今だって、なんて自由なんだろうと感じてる自分。
身軽にひょいひょい。エリマキトカゲみたいにひょいひょい歩ける自分の感覚。
シャワーの後、今日買った服を来た。涼しくて気持ちいい。今朝洗濯したパジャマを着て、気持ちのいい夜だよ。
じゃが芋のような、でも生で食べられる野菜。繊維たっぷりです Yちゃんの作ったご飯
タンクトップとヘルメットとマスク
4区の辺り 大学 おこわ
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