「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年01月22日(火) 私の育ち

 親も1つずつでいいんだなぁ。1つずつていねいにするのがいいんだなぁ。
何かをし終えてホッとしたり、成し遂げたあとの満足の中でくつろいだいでいる感覚をもっと感じてもいいんだ。
親として、一度にたくさんのことは出来ないけど、一個ずつなら私にも出来る。一個ずつでいいのだから…よかった…。

 子ども達への手紙を通して感じたこと。
 心と心の会話って不思議。
 ただ話したいその気持ちに寄り添うことの心地よさ。子ども達はたぶん、よい母を求めては居なかった。そこに私が居てその子の心に寄り添っていられればそれでよかった。そんな大人であることが、子どもたちが自分を感じて生きるのを手伝えることにつながっていたのだろう。まるでファシリテイターみたいだなぁ。
 きっと子ども達だけではなく、私と語り合う人々は誰も皆、私にいい考えを提示してほしがったりしていない。自分を語るということをしたいのだ。そういえばこんな話を20代の頃の友人とした記憶があるけれど、改めて実感する。 
 そんな視点で社会に出てみると、私にも経験がある。話をするということをしたくて自分を語ってみると、そのようにしたことでその時望んでいないことを伝えられることがある。そんな時には、分かってるのにとか今は聞いてないのにとか嫌な感情が沸く。語ってる自分をそれではいけないよと否定されたような気持ちにもなって、マイナスの気持ちが沸く。時にはそれ以上語りたくなくなる。でも今までは、嫌な気持ちになっている自分に気が付かず強がったり必要以上におどける自分になったけれど、この頃は語りたくない自分の気持ちを知って、語らないということが出来るまでになった。さして、自分がまとまってから語ろうと自分を待てるようにもなってきたから、少し成長したのだ。
 そういえば時代はさかのぼって結婚時代、元夫に対して、私を助けてほしいとは少しも思っていないのにと、心に不満を感じてた。今思えば、私を邪魔されることへの息苦しさだったんだ。そして私も彼に同じことをしていただろう。人と人との関係は、親密になればなるほど知らないうちに介入しやすいのだなぁ。

 私はいつも、その時その人の心に寄り添う自分を持続させたい。人の語りを聞いている自分を見るということがいいだろう。そんな自分を続けられたら自分を見て生きる私を成長させられる。そのうちに今は意識して望んでいることが自然に出来るようになるかもしれない。そうすれば、個としての私の確立かな。なんちゃって。こんなにはっきりとしたものでなくても、ファシリテイターにはなれるかな。
 
 今はまだ、自分で精一杯の毎日とこれから育っていく私。
 そして、1つは出来た。だからこれからも、子ども達の心に私が介入してしまわないよう、今までよりもっと、私の心を感じることを意識しよう。


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