「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2007年03月10日(土) すくすく

 今日は、園長に、昨日の職員会議で伝えた補足として、「私の文章の一部を削除される場合は、私の名前を文章の責任者から外してください」とお願いしました。伝えた後、「今までは、逃げてることが多かったなぁ」と感じました。そして、「今の自分を持続させよう」と。ちなみに、今回の場合、昨日までの状態では出来たとは言わないそう。今日のところまで伝えて始めて「出来た」と言うそうです。何故かな?
 午後、Roommateと遊びました。この頃の出来事から、心の傷を癒やす前と後、使用前と使用後を語り合いました。たいていの私達の返事は「そうなんだ」「そっかぁ」「そうそう」。いつもやさしい空間です。
 そして、この短期間にベトナム語の一センテンスがとても上手になっている彼女。本当にびっくりしてしまいました。と言っても、理由は分かります。興味を持つと自然に上手になるのですねぇ。
 この頃女の子と遊ぶのが楽しいです。子どもの頃には経験できなかったことの1つ。いろんなことをさせてあげて、狭い箱から抜け出して生きる自由な自分を育ててあげるのです。

 夕方、通訳の女性とお会いしました。彼女は私に、日記に載せていたベトナム語の新しい表現を伝えてくださいました。説明を聞いてみると、なるほど、私の伝えたいことが伝わる言葉でした。日記を読んでくださっている方の中に私のベトナム語を見本にしている方がいらっしゃったら、ごめんなさいね。ちなみに二日前、中日と朝日の両新聞で「ベトナムから来日している研修生さんが企業側の乱暴さを訴える裁判を起こした」記事を読みました。中日新聞の見出しには「虐待」の文字。経済大国日本では経済的に弱いものを利用してひどいことをする人がいるのです。
そして私は、言葉の分からない外国で自らの裁判を起こすべく動いた女性達の“勇気”に感心させられました。私達はいつでも、自分よりも強いというイメージの中で怯えます。でも、権力に負けず自分を伝えることは、不当な扱いを受けて傷ついた心が楽になるきっかけになるのですから、裁判を起こした女性達の今後の人生に大きなプラスになることだろうと想像しました。 日本人の私は昨日の会議で、大人は子どもに伝わる言葉を選ぶといいという内容の事を語ったのですが、例えば日本語を知らない外国の方に日本語が伝わらないとするなら、言葉を間違えているのです。日本語をたくさん知っている日本人が外国の方に伝わるやさしい言葉を使っていくとその人自身もやさしく成長できるのです。

 それから、保育園恒例(だそうです。)文集に、心の傷を癒やしている自分を書きました。他の方のページを読もうとしましたが、私の心に響くものは見つかりにくく、途中で断念しました。
私と同じ意見が世界中にたった一人でも、それは私の意見です。
私と同じ意見を持つたった一人の人は、私です。(これ、いいかな)
私は世界にたった一人の私です。


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