「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2007年03月09日(金) 小さな卒業

 職員会議で、今年度の保健の取り組みを纏めた記事について検討されました。
内容は大きく分けて二つ。二つとも、昨年の3月から一年間一貫して続けてきたことでした。けれども、実は就職当初に「こうしよう」と意識したのではなく、一年を振り返って始めて、一貫して同じことを伝えていた自分に気が付いて、「あら、そうだったんだ」と少し驚いたくらいのものでした。もちろん私は、この事実を「心の楽さから自然に続けれらていたものだ」と嬉しく受けとめました。そして今回、一年間のまとめとして、自分が大切にしているものと、そのことを社会に惑わされず一貫して語ってきた自分を認め、公の文章にした、という次第なのです。
 しかし、このうちの1つは、幹部から削除して欲しいと伝えられました。理由は分かりつらいもので、私には園の方針から外れるからだと感じられました。そして、私の大切にしてきたものを消されるのでは残念な気持ちが残ります。なので、しばらくの間、小さな議論になりました。その間、「私のどこを伝えればいいか」と吟味している余裕は無く、思いつくことを語っていました。
 それでも私は、「新しい場所で、何が出来るかを探して一年間持続させ丁寧に取り組んできたこと」・「いつも学ばせていただく立場にあったこと」。通常ご両親の為に作られるという文集を、「自分の為に纏めたこと」。それから、いくつか取り組んできた健康教育については、「私の内容が伝わらないとするなら、大人の私が言葉を間違えていると捉えていること・出来具合がどうであるかなどの事後調査のようなものをするのは避けたかったこと」。「うがいも手洗いも、まず、全ての大人が続けている環境が必要であると実感したこと」。そして私自身は自分のしてきたことの中から、「次へ繋がる内容を残したいこと」。だから「私の文章が全ての方に理解されたいという考えは無いこと」・「評価を求めていないこと」。最後に「多くのことを学ばせていただいた一年であった。その気持ちをこの紙一枚に濃縮して書かせて頂きました。なので、これをこのまま残してもらいたいです」と伝えました。
 けれども、状況は変わらずでした。最後は、私は「載せられない部分は削除していただいてもいいけれど、残せる文章の中の言葉は変更しないで下さい」と伝えました。伝えている間中、心臓はドキドキ。手が震えているのが分かりました。

 夜になって思い返したみたら…。
昼間、会議室に座っていたのは、創立30年の、多くの子どもさんを預かっている保育園という場所で、園長さん始め幹部の保育士さん4人と給食室の方2人と保育士さん12人の前で、自分を伝えようとしている新しい私でした。それは「私の心を消さないで!」という叫びにも近い形でしたが、どんな形でも、自分を伝えようとしている新しい私だったのです。そして、手が震えても語れるものがあった私なのです。子どもを虐める自分自身に怯えていた私は、泣いて暮らしたあの日の自分を卒業できるかもしれません。過去の自分を思えば…、私は今日の自分に小さなHugを送りたい気持ちなのです。

さて、これからどうなるのかな…。


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