「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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今日の私には「ある取り組み」が待っていました。それは何か・・。実は数日前私と職場の1人の先輩との間で1つのミスをテーマに語り合ったのですが、私はその会話の中で大きな戸惑いを持ちました。そして今日の取り組みとは、上司との会話の中で自分に残った戸惑いを手紙にして上司に伝えさせていただくというものでした。 上司は手紙を読んだ後にご自分にあるいくつかの事情を語りながら私には謝罪の言葉を下さいました。私にもいくつかの思いはありましたが、私に出来るのは私をお伝えすることのみなのでした。私は上司のお話を聞き終えたあと、私の戸惑いに耳を傾けてくださった事に「ありがとうございました」と言いました。 「自分の事を伝えていく」という取り組みを職場で手紙として練習することも出来るのですね。そして私自身はまだまだ社会に巻き込まれていた私に気付くことができたのですよね。 午後、ヘルパーの女性と行動をともにしました。女性は私に「Mamoさんは自分を持っているから羨ましい」と仰いました。私は心の中で「私はそんなふうに見えるんだなぁ」と思い、女性には「言えると癒えるというギャグがありますよ」とお伝えしました。女性は笑って「でも何かを言ってしまう自分が嫌になることって無い?」と仰ったので私は「私はやっと、何かを言える自分が好きになりました」と答えました。ほんとうに「私は自分を伝えられるようになった分だけ軽い心で仕事が出来ている私」なのですよね。
夕食前、バッティングセンターへ行きました。今日は久しぶりに快調でしたよ。理由は2つ考えられます。1つ目は「空腹状態」にあった事。2つ目は「自分を意識できていた」。どっちかな?おそらくどちらもありですよ。 今日のバッティングの中で確信したことは「重心を右足のかかとに保っていられれば確実にボールを当てる事が出来る」ということでした。家に戻るとルームメイトが「どうだった?」と尋ねてくれましたので「重心を右足のかかとにおいておくと確実に打てる事が分かった」と伝えました。するとルームメイトは「…Mamoちゃん・・確か前にも同じ事を言っていたような気がするんだけど…」と。私は「んん?そういえばそうだったなぁ」と呟いて「ま、こんなものですよ」と答えました。仕方が無いですねぇ。何かが出来る自分も何かを忘れる自分も、全部私なのです。これからやれるよね。“言えると癒える”“癒えるとやれる”。これもありかなぁ??
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