「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2004年11月14日(日) 「私」 を認める 「私」

 私は過去、集団の中で適度に同調し、適度に自分を伝え、その 「適度」 については自分が傷つけられないであろう程度を無意識に察して選んでいました。つまりこれまでは、「周囲の色に染まること」 をする事で 「マイナスの中の安定」を求める生き方を続けていたのです。
 けれども、 「自分を主張する」 ということは 「他者を否定する事」 ではないのですね。私は 「人」 として 「自分を認める生き方」 を続けていくことが大切なのですね。
 本来は、「自分を大切にする生き方」をしている人の集まりが 「集団」 という形で存在するはずなのですから、私は集団の中に居るとしても 「自分の心に耳を傾ける事」 を続けていくことが大切なのです。 
 私はこれから、「人」 として生きている自分の行動の一つ一つを、より丁寧に見ていきます。私は私自身の中に 「傷を抱えたままの自分」 が存在する事を知っていますから、これから更に腹を据えて 「傷の中で生き延びてきた自分の思考」 を見つめていく事に決めました。
私はこの自分の取り組みが “私が、いつでも、何処でも、誰と居ても、同じ心を持った 「私」 として 「私」 を語って生きていく” ことに繋がるのだと確信しています。そしてその為に大切なことは、全ての感覚を感じる心とプラスの知恵を使って考える 「私」 を意識して行く事だと捉えています。


 今日は秋の景色を写真に収めて来ました。私は山の木々の美しさを眺めながら、「今・この時・この瞬間・花を眺め、薄曇りの山の空気を吸い、吹く風の冷たさに冬の訪れを感じる自分」 が存在したということが大切なのだと思いました。途中で見つけたアジサイは、その花の形を丸ごと残したまま茶色く枯れて生きていました。私たちは 「花」 を 「美しい」 というイメージで見ているけれど、実際にはどんなにきれいな花であっても頭を垂れ茶色く生きている “時間” があるのだろうと思います。23:00

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