留学先での独り言

2003年09月30日(火) アメリカで訴訟、そして和解

2002年3月8日、以前住んでいたアパートの目の前の
ガススタンドでガソリン漏れ事故がおき、作業中の
安全確保のため警察が周囲を囲んで立ち入り禁止にし、
約1日半アパートに戻ることが出来なかった。

2002年6月8日、どこからか仕事の話を聞きつけた弁護士
が事故の元となったミシシッピタンクに対して集団訴訟
を起こすことを提案。自分も被害にあったので原告団と
して加わることに。

2003年9月、訴訟が確定して和解金とともに今後この件
に関して訴訟を起こさないという覚書にサインをして
下さいという手紙をもらう。

最初の2つの事柄は日記に記してあるので、詳細を知り
たければ過去の日記を参照して下さい。今回書きたいの
は和解金の金額。

事件を起こした後、ミシシッピタンクの法務は保険会社
を通じて示談にしようとアパートで集会を開いていた。
たまたま自分は帰国中でこれに出れなかったが、出席
した人のほとんどは目の前の数十ドルの現金に踊らされ
たか、示談に応じてこのお金を受け取ったようだ。

そして今回弁護士を通し裁判所からの和解勧告に基づく
和解。もうミシシッピから離れたのと、避難させられた
だけで心配された大気汚染もなければ後遺症もないので
余り期待せず、せめて待った分、示談の金額より少し高
ければいいなぁとぐらいに思っていた。

と・こ・ろ・が、同封された和解の内容と和解金の文書
をみてびっくり。和解金は示談の10倍以上だった。待っ
た甲斐ありといえばそれまでだが、あまりの大きさに
びっくり。そこまで相手が払う必要があるのか?とすら
思ってしまった。ミシシッピタンクが訴えられる前に
熱心に歩き回った理由がよくわかる。悪く言えばそれを
知らない素人に有無を言わせず小額のお金で丸め込もう
としたんだろうけど。

もちろん弁護費用はここから差し引かれる。なかなか
いい率だ。一人あたりこれだけとれたのなら原告団の
大きさを考えて、奴らもいい商売が出来ただろう。

今回の話は喜ぶというよりアメリカでの訴訟の恐ろしさ
を思い知らされた。素人の常識ではどうやって和解金が
算出されたか検討もつかない。


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