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ループしたその流れは何処に行けと言うの?     - 2002年12月06日(金)




■真夜中の思考回路

夜のうちにテキストを書上げるって言うのは微妙にリスクだよねえ?
きっと朝になったら居た堪れない。
……いや、でもまァ、アタシの本来は全てが夜にあるンだよね。
正に、全てが。


5日の日記は既にアップしてしまいました。
でも、どうしても何か吐き出さないといけない気がしたユエ、
6日分日記にフライング。
ネタにする予定だったクラス集まりは「はしりがき(7)」に回します。

「きっかけは些細なことだ。」正に。
アタシは彼女に対して神経過敏なんだから。


■母親に対する嫌悪感が消えません。

メールが来ます。
今日、実家から荷物が届く予定でした。
ソレはアタシが頼んだものだから有難いコトなんですが。
確認のメールが来ます、母から。
その時、アタシは眠っていて気付かなかったユエにレスは無し。
その後、メールが2通。
不在着信3件。
無言の留守録1件。
最終的にこちらから一通のメールを送って終了。

まだ、メールもケイタイも怖くない。
彼女から来る時専用に設定した着信音への怯えは薄い。
「これで安心して眠れます」
というアタシの漸くのレスに対する彼女のレスに複雑な心境になります。
多分、以前にアタシが酷い情緒不安になったときにうっかり電話、
かつてない醜態を晒した上に、イキナリ明日は岩手に行くとか(笑)。
そういう一件も影響してるのかもしれないけど。
……いや、その前からも確かにあったけど。

アタシは彼女に心配されるほどに沈んで行く。
キツい言葉で言ってしまえば「ウザイ」という事なんだけれど、
それだけではないのが余計に困る。
足音に関する件のトラウマが絡んでくるから、だと思います。

秋田に居たときのアタシの一時の状態は、
今思うと、「一般に軽く言う」のではなく、病理的「鬱」だったと思う。
暫くして、ある程度安定して来たような頃にも、
まだ幻聴が残っていました。無論、今も。
当時は進路決定に関する事でもナーバスになってたために、
情緒不安が悪化していたのだと思うけれど、
その時にどうしても譲れなかったのは
「実家から離れる事」。
全ての周囲にそう言われたし、本人もそれは望んでた。
アタシは家から出る事を、物音に怯える夜から逃れる事を、
カウントダウンするように待ち望んでいた。

実際に今のこの状況は、確かに変化をもたらしたけれど、
決して変わる事のなかったコトの存在まで、アタシに沢山気付かせた。
例えば、未だに物音に過敏になっていること。
そしてそれが現実なのか幻聴なのか、自分の判断に自信が持てないこと。
時々タガが外れたように恐怖と不安で恐慌状態になること。
それを理由に、酷く刹那的で衝動的な思考になって居ること。
あとは、消えるコトのない母親に対する拒絶意識。

いつ死んでもイイように、やりたい事は思った時にやってしまう。
義務から逃避する言い訳染みているけど、
かなりそれが本気だっていうのが寧ろタチ悪いですが。
アタシが足音に耳を澄ませて、部屋の戸が動く音に怯えた日々は、
いつも言っていますが、自傷はしないけど自虐的という傾向を生みました。
「いつかアタシは「何となく」という理由で自ら死にそうな気がする。」
そういう考えを持ち始めたのも同時期で、現在進行形です。
遠い先の日の予定は立てない。
もっと興味のある事が出来て、その予定をこなせないかもしれないから。
少しでも、ほんの少しでも楽しい事にありつきたい。
強迫の様に、アタシの中で大きな位置を占めています。
やりたい事をやってしまうっていう考えは、裏の意味的に
「空白を作りたくない」というコトもあるンだと思う。
「何もしていない時間」は以前のアタシにとっては「義務を果たしていないことを、彼女に責められても仕方の無い」時間だったというのが、今でも無意識的に不安を呼び起こしている。何かしていないと寧ろ辛い。
それが、アタシにどんどん衝動的な行動を起こさせている。

彼女と連絡を取る事にさほどの不安はない。
自覚しているのは、「友達みたいな母子」という事だ。
寧ろ、それがアタシの許容範囲ギリギリ何じゃないかと思う。
今でも母親的な行動にが垣間見えると、途端に拒絶反応が出てくる。
以前は父親がほぼ毎日電話をくれていたけれど、嫌悪感は無かった。
「しっかり食べるように」という意味の言葉も、
その他の生活に関する「親らしい」心配をされても、問題はなかった。
それが、彼女相手だと過敏になってしまう。どうしても。
同じ「しっかり食事を」と言われると、
アタシのそれまでのトーンからあからさまにダウンする。
一言言われた時点で一気に電話を切りたくなるし、
実際、ケイタイを耳から遠ざけて適当なタイミングで返事だけを返したり。
注意されるのがイヤなのではなくて、
「彼女に」注意されるのが極端にイヤだ。
友達のように、ヅカの話とかをしている限りは何の引っかかりも無いのに。

遠くにいるのに、相変わらず気がつけば彼女の影が見えます。
未だにストレートに「お母さん」とは呼べていません。
酷かった頃は名前で呼んでいましたからな。
親を名前で呼ぶって失礼っぽいですが、アタシにはその時、どうしてもそれまで彼女を呼んでいた「お母さん」なんて言葉は吐けなかった。
今は辛うじて母親だとわかる名前で呼んでいます。
日記では「彼女」呼びが多いですが。

いつかアタシは、メールに怯えたりする日が来るのかもしれない。
アタシは彼女に対して、ストレートに言えないから。
言ってはならない気がする。
また心配されると、アタシはまたループに陥って沈みそうだから。

何より、アタシはトラウマを捨てる気は無いし?
こうやって、唐突に自分の傷を確認しては広げようとしている。
「文章にすると楽になれる」とは以前から言っているけれど、
もしかしたら、ソレは手軽な自虐なんじゃないかと最近思います。
アタシのなかである程度の整理がつくと同時に、
どうしようもない傷を直視しては安堵している。
客観的に「ソレは自虐だ」とかわかっているけれど、
それを更に客観的に見て、「それもイイ」と容認している。
容認と言うか、寧ろ気に入ってる部分があるのがどうしようもない。
何度も繰り返し、言っていますが。

……で、専門書に書いてありますよ、
治す気が無いのも症状のうちだってネ★(ドカン)




彼女が、アタシを嫌ったユエの行動だったら、
アタシももっと心置きなく憎めたンじゃないかと思う。
それなら当時のアタシはあんなにまで苦しまなかった。
否定の対象を自分にはしなかった。
もっと外側に向いていた。
それが、良かったか悪かったかかは、所詮は仮定ユエ、考えない。

泣きながら謝られた記憶もある。
でも、そういうことを望んでいたわけではなかった。
既に彼女に何を言われても遅かったし、
その頃にはもう「そういう自分を受け入れる」覚悟をしていた。
自己否定の海に溺れて、其処で自分に対して自分でつけた傷を認めて、
数を数えるイキオイでその心の傷を許してたアタシには遅かった。
もっと時期が早ければ、とかそういう問題でもない。
もっと早かったら、アタシはそもそもトラウマになんて陥ってなかった。

アタシの結論は
「それまで否定して来た自分の欠点を、一個ずつ全部受け入れる」
そういうことだった。
そうなった時点で、問題は彼女の行動ではなくて、
アタシの内側で処理されるべきものだと結論付けていた。

完全に「病気」的な痛みを治すことを捨て、
丸ごと受け入れるという、リスクを負った方を選んだ。

遅い。
遅かった。

イマサラになって妙に苛々する。
時間が経って、彼女はまた似たような行動をし始めているせいだろう。
他に刺激が無いからだろう。

そうやって、選んだリスクが、また少しずつ効き目を強めている。
でも、アタシはそれも受け入れるンだろう。
決定は覆さない。結論は動かさない。

彼女からの連絡にたとえまた、あの強烈な不安を覚える日が来ても、
彼女本人に明かすことは有り得ない。
問題は、アタシのなかで片付けること。
関与はさせない。
心配もさせない。


矛盾しているのか、それが正当なのかはまだ判断できないけれど、
そうやってまた、痛みを増して来た日常をアタシは確かに歓迎している。





まるで永久ループ。
或いはフラクタルのよう。
………素晴らしいじゃないか。













この、遠くにいても傍に居るような錯覚を覚えさせる文明の利器。
良くも悪くも。

マザーコンプレックス。
別の意味で捉えるならば。

自虐的フラクタル構造。
言い得て妙。


でも手放せない。








近いうち、sentenceを更新します。
アタシは情緒不安になると、あのコンテンツに手を出す傾向がある。









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