風の行方...深真珠

 

 

自分の過去 - 2001年11月11日(日)

オフ会は結局オールになり、朝日を見て解散。
深夜、合計5時間近く運転しっぱなしだった。
運転は好きなので苦痛ではない。
となりに座った女性が優しくてちょっとドキドキした(後部に男二人)
ペットボトルを持ってくれたり、蓋を開けてくれたり。
彼女さんは絶対にしない(そこまで気が利かない)
僕って単純。



自分の過去のことを他人に話すのはもちろん、自分自身で振り返るのも嫌いだ。
過去は、僕の中では糧にはならない。
恥や後悔の思いしか溢れてこない。

「2度と経験したくない」

それは糧になってるわけではなくて、ただ逃げているだけ。


ちょっと前に小学校の時の「知り合い」からいきなり電話があってちょっとだけ話をした。

「○○(僕の本名)は、小学校の頃頭良かったし運動できて、やっぱりちょっとうらやましかったぜ。」

話の中でいきなり彼はそう僕に言った。

小学校3年の時、クラスで他人の意見に異見がある場合は挙手とルールの元、僕の出した解答にクラス全員が挙手をしたことがあった。
結果は、僕だけが正解。
思わず喜んだ僕に対し授業が終わって、
「調子に乗るなよ」
そう言い残しドアから出ていった「無邪気」な少年は誰だっただろう。

その彼に誘われて見学に行ったソフトボールチーム。
監督の口調は、もう入ったことが決定されているみたいで、僕はすぐレフトのレギュラーとなり試合に出た。
「△△(他のチームメイト)の打った球はいきよいよく飛んでいくのに○○(僕)のはゆっくりだ」
そうヒットを打つたびにアドバイスしてくれたチームの「キャプテン」は誰だっただろう。

そういうこともあったものだ。
決して、自慢してるわけじゃない。
数学で正解したときは、「よっしゃ〜!」なんてガッツボーズまでしてはしゃがずに心の中でよろこべば言われることはなかっただろし、
あんまりやる気のなかったソフトボール。必死にやってた彼にしたらうざかっただろう。ちゃんと、「入りません」って言えばよかった。
僕は未だにそう思っている。


親はよく昔の話をする。
「昔の○○(僕)はあ〜だった、こ〜だった」
「昔、○○(僕)はこういうことをしてかわいかった。」
大抵は、昔は他人よりも(いろいろな面で)優れていたという意味合いを込めた内容だ。
僕にとっては苦痛にすぎない。
「そうだったんだ」と何度も聞いた昔話に相づちを打つ僕の顔はちゃんと笑顔になってくれているのだろうか。


ただ一つだけ僕自身確信していることがある。
僕は「変な子」だった。

小学2年の授業参観の日(もちろん僕の親もいた)
国語でカブトガニの話を読んでいた。
途中で僕は何を思ったのか、おもむろに手を挙げて
「先生!カブトガニが半年も食事しなくてよくて、もしそれが人だったらお金が貯まりますね。」
詰めかけていた親たちは一斉に笑った。
同級生はあまり意味を理解できなかったのか、あっけにとられている感じだった。
先生は「そうね。」とだけいい、僕はまた座ったのだった。
本当は笑われた意味もよく分からなかったのだが、
後ろにいる「大人」達が笑っているのが聞こえて、僕はとんでもない発言をしたような気持ちになって、赤くなった気がする。

確かに誰が見ても笑える発言だ。
これに関しては恥だとは思っていない。変な後ろめたさもない。
もし、自分の子供がこんな発言したとしたら、僕はご褒美をあげるだろう。
親は「あの発言は周りは笑ったけどちっとも恥ずかしくなかった。むしろ嬉しかった。」と今でも楽しそうに話をする。

今日はちょっと話しすぎたかな。


...




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