なぜ?の答え。 - 2001年11月04日(日) 今日は(僕が思うに)少し偏見的な表現がちらほら見受けられます。 僕自身は思っていないことでありますが、 一般的または世代的にやはり「イメージ」というものはつきまとうもので、 そういうことを踏まえて便宜上用いました。 ここから先を読んでいただける方はご了承ください。 ちょっと前に、なんで金髪にしたのか?ということについて少々書いたわけだけど、 答えとは言えないかもしれないが、ふと思ったことがあったのでとりあえず書いてみたいと思う。 金髪のイメージは確かによくない。 町中を歩いても、大抵年上の人でも道を譲ってくれる。(←別におどしてないっす) 人気もない。 地元だとその傾向が如実に出る。 はっきり言ってみんなひいている。 予備校内でも、結構目線は気になる。 同世代の人から見ても、僕は異様な生物に写るのだろう。 きっと同じクラス以外の傍観者達は その目にした金髪が国立大学を目指しているなんて予想だにしないであろう。 きっと、世間で言う3流大学にでも入るのだろうと思っていると思う。 きっと、2月の国立の試験日当日、同じ教室に入った受験生はその頭の色に度肝を抜かれるであろう。 そして、こいつには勝てる。と自信を持つ。 そう、金髪は知的であってはならないし、常に彼女が存在し夜はホストでもやってる。 先のことなんて考えちゃいない、今を生きるまさに「現代の」若者。 周りから見たら、俗世間を離れた脱落者の刻印を押されているわけだ。 で、とある金髪の男性は、親を車の助手席に乗っけてドライブするし、 ご飯はスーパーに自ら買いに行き、自炊してる。 朝、夕はコンビニに頼ることはまずない。 ちなみに親と食事をしてると周りは変な目で見る。 パラパラなんて踊ることもできず、毎日聴く音楽は批判も多いJ-POPに区別されてる(自称)ロックバンドである。 浜崎は感動もしないし、聞く気もしない。 部屋の本棚には経済学や心理学、詩集、小説、漫画、ネット関係 (大した数ではない。たいてい1冊しかない場合が多い) の本が並ぶ。広く浅くがモットーである。 服なんて全然もってないし、アクセ系も3つだけ。 移動手段は原チャで、バックは無印である。 そして、自分のことを「僕」と呼んでいる。 とうてい、一般的に想像もしないような金髪君がこの世には存在するわけです。 で、本題。 僕は敢えて金髪にすることによって、 横を通り過ぎる人々にマイナスのイメージしか残さない。 「きっと実家になんて数ヶ月も帰ってない」 「きっと女と遊びまくっている」 「きっと勉強なんてやらない」 「きっと・・・きっと・・・きっと・・・」 きっと僕は大抵の「きっと・・・」を裏切っていることだろう。 それが愉快なのかもしれない。 「あなたの目に映ってる男性はあなたの想像とは全然違いますよ」 僕は今日もそう思いながら、博多の街を行き交う。 やはり僕ってイヤな生物だ。 ...
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