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| 2006年08月01日(火) |
しろいぼうしとちひろ |

安曇野でいわさきちひろの書いたものをまとめた「ラブレター」と言う本を買ってきたのだけど、その本の中に以前から見たかった絵が印刷されていて、それだけでも今回の旅行でいわさきちひろ美術館によったかいがあったかなぁーーーなんてちょっと思ったりしている私です。 その絵はあまんきみこさんの「しろいぼうし」の挿絵で、以前、光村図書で同じ話の教科書の仕事を私も引き受けたことがあり、その時にいわさきちひろさんがその話に挿絵をしていたと知り、興味深くて探したのですが、なかなか見つけることが出来なかったんです、ってそんなに真剣に探したわけでもないんですけどね・・・(^^ゞ 運転手の松井さんが落ちていた帽子を拾い上げるとふわぁ〜っと中からちょうちょが飛び出してくるシーン。(写真上)最小限の表現でチョウチョの気持ちまで描いているような絵。だけどどうしてこの絵のバックの色はオレンジなんだろう?とか。いろんな事を考えながら、想像しながら見ていると飽きなくて、何度も見返したり(笑) ********************************* 教科書の絵を描いている時、いつもその注文の面倒くさいのに閉口する。もちろん教科書の挿絵なのだから普通の絵のように気軽く描けないのはわかっているけれど、絵描きにとっては小さくとも自分の作品として世間に発表するわけだから、極端に言えばひよこの数が多い少ないより、造形的なことや色彩が先になってしまう。そう気遣うことは、やはり広い意味で一番子どものためにあると思ってた。しかしいま、一年生の子を持つ母として、少し反省した。子どもがその幼い頭に知恵をいっぱい膨らませて、どんなに眺め回したって飽きないで、お話が山ほど出てくる絵。これを立派な芸術に高めることだ。ひよこを描く時は、やっぱりひよこの数や、形や、位置が大切で、そこから夢が生まれてくるものでなければならない。なんという難しいことだろう。しかし、この世に子どもが絶えない限り、教科書に子どものための挿絵が必要な限り、この願いはいろいろの人たちによって高められ、実行されていかなければならない。(講談社、いわさきちひろ著 ラブレターより) ********************************* 私なりにその時は精一杯考えて描いたつもりでも、もう一つ描ききれなかったのかもしれないという思いが残るこの仕事に耳が痛いような言葉だけれど、いわさきちひろの絵に奥行きを持たせているものは、そして、こうしていつまでたっても人を引きつけるものは、こんなふうなひとつひとつの絵に対する思いや子どもに対する思い、人に対する思い、世の中に対する情熱みたいなものにいつも精一杯正面から向き合っていたからなんだなぁ・・・って思ったりしながらこの本を読んだ。 私自身にとっていわさきちひろは特別な存在と言うよりは、小さな頃、手元にあった絵本と言えばちひろの絵ぐらいしか知らなくて、自然にそこにある存在というか、その絵はとても日常的な存在で、その絵の中に描かれた子供達の優しいイメージが印象に残ってはいるものの、いつしかその後たくさん目にすることになる新しい素敵な絵本にその存在をすっかり忘れていたような気がするのですが、こうして、絵と人となりとに改めて出会うと、すごいなぁ・・・なんて、その絵のすばらしさを再認識したような気がします。 ・・・と、そんな私なのですが、いわさきちひろ美術館ではちひろの絵を見ると言うより、安曇野ののんびりとした田園風景にぼんやり見とれて、草の中で見つけたカエル君とひとしきり鬼ごっこしたり、チョウチョのあちこち飛び回る様を眺めたりして過ごしたり・・・。肝心の絵はスタスタと通り過ぎる程度だったのですが。。。(笑)でも、この美術館がこういう風景の中にあるからこそ近くにいわさきちひろを感じるのかもなぁとか、訳の分からないことを思ったりしていました。

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