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2006年03月08日(水)  静かに受話器を置いた
あれは、私がいくつくらいの時だったろう。
もう小学校の高学年だったと思う。
一人っ子だったので、私はひとりで過ごすことが多かった。
ある平日、学校から帰ってきて、夕方に放送されていたアニメを見ていたかもしれない。
誘われれば友人の家でもどこへでも遊びに出かけたけれど、自分から積極的に誘って遊ぶことはあまりしなかった小学生だったと思う。
それでひとりぼっちで遊ぶことになろうと、ひとりぼっちで家で過ごそうと、それはそれで“淋しい”とは思わなかった。むしろ、誰か友だちと連れ立って遊ぶことが特別なことで、ひとりで過ごすことはごく自然なことだった。そんな部分が一人っ子の特徴であると私は思う。

それでも、私は退屈だった。
ひとりがごく自然だと思う子供でも、退屈には勝てない。
なので、私は、べつに用事もないのに母方の祖母の家に電話をかけようと思った。
「おばあちゃん、何してる? あいは今学校から帰ってきてね……」などとおしゃべりしようと思ったのだ。
寝転がってテレビを見ていたところへ、電話をひっぱってきて、私は祖母の家の電話番号を押した。何度か呼び出し音がしてがちゃっと相手が出た音がしたとき、私は寝転がって受話器を耳にあてていたものだから、するりと手から受話器を落としてしまった。
慌てて体勢を整えて、受話器を拾って耳にあてたとき、受話器の向こうの祖母がこう言っているのを聞いた。
『○○くんかな? おーい、○○くん? 電話してきたの? おばあちゃんよ』
祖母が呼んでいたその名前は、いとこの中でも一番幼い男の子の名前だった。
『また電話でいたずらしてるのかね? おばあちゃんだよ。○○、○○くん』

私はなぜだか、ものすごく悲しくなって淋しくなって何も言わずに電話をがちゃりと切った。
悲しいくらい胸がズキズキしていた。

祖母はこのとき、まだ電話の使い方さえ知らない幼い孫が、電話をおもちゃにして誤って短縮ボタンで祖母の家に電話をしてきたのかと思ったそうだ。今までもそういうことが何度かあったらしい。受話器の向こうで可愛らしく「アー」「ウー」という声が聞こえてきたので、祖母は幼い孫の名前を何度か呼んであやしたのだ。

私が電話をかけたこのときも、最初は相手が何も言わなかったので、またその子が謝って短縮ボタンを押して電話をかけてきたと思ったらしい。


私は、祖母が幼いいとこにとられた気がした。優しい声で孫の名前を呼ぶあの声を聞いたとき、祖母の違う孫への愛情を見てしまった気がしたからだ。私はもうお姉ちゃんになってしまったから、だから、もうおばあちゃんは私のことを好きじゃないのだろうか。おばあちゃんは私にもこんなふうに優しくしてくれたことがあるだろうか。
なんだかとてもショックだった。
私がかけた電話なのに、別のいとこだと思い込んで電話に出た祖母に、とてもショックを受けたのだ。

祖母に可愛がられなかったことなど、今まで一度だってなかった。
むしろ、他のいとこはきょうだいがいる中で育ったのに、私だけ一人っ子であることを心配してくれたような人だ。いま、大人になればそれがわかる。

だけど、そのときはそれがショックだったのだ。
誰かの愛情がみなに平等に降り注がれることを、私はそのとき知らなかった。
私だけが独り占めできるものが、この世にあると信じて止まなかったのだ。
いとこ達の中で、一番年上だった私は、年下の子の面倒をみるとか、お姉さんらしく振舞うなどということを、母から厳しく言われたけれど、いとこと過ごす以外の私のコミュニティはいつも大人だらけで、私は一番幼い立場であることに居心地よさを感じていたのだ。

何も言わずに静かに受話器をおいて、私は泣いた。
知らなかったことを、無理やり見せつけられたような、ショックな気分だったからだ。
とても悲観的で自意識過剰な子供だった。
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