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| 2006年01月15日(日) 理解して欲しい |
| 自己顕示という言葉がある。 誰かの注意を自分に惹き付けておくため、必要以上に自分をアピールすることであると私は思っている。そして、それは時に、後向きなイメージにとられることが多いように思う。 以前、自己顕示欲の強い人がいた。 うんざりするほどその人は執拗に自分を誇示させていたけれど、だけどその言葉の向こうにその人の本当の姿が透けて見えるかのような、とても悲しい自己顕示欲の塊の人だと思った。 身の丈に合わない言葉を使ったり、微笑んでみたり。 人は誰れでも、誰かにわかって欲しい、理解者を得たいと思うときがある。 誰かに敬われたくて、誰かに大切にされたくて、誰かに気にして欲しいと思うものなんじゃないだろうか。 だから、私は、その人の言葉に頷き続けた。 その人が必死で私に自慢したり、実際よりも大きく見せているその人の姿を、私は信じることにした。 私だって、誰かに信じて欲しい。誰かにわかって欲しい。誰かに許して欲しいし認めて欲しいと思っている。だけど、誰かにそうしてもらえなかった場合、私は自分で自分を慰めなければいけない。自分の中で、自分を悲劇のヒロインにしたり、自分を責めることで自分を慰めてきた。 だけど、それは癖になると、段々と悲しい作業になってくる。 世界に一人ぼっちに取り残されたみたいな、孤独感を感じる。 私だって、誰かに信じて欲しいし、わかって欲しい。 私は、その人の言葉に頷き続けた。 その人は、とても満足していた。 だけど、その人はとても疲れていた。 私が孤独だと感じるのと同じように、その人は自分のしていることに段々と疲れ果ててきたのだ。 私はその人にどうすることも出来なくて、何も言葉をかけることが出来なかった。 どうして人は、理解者を求めるのだろう。 理解者を求めたがる自分の姿に疲れを感じるのだろう。 理解者が得られなかったとき、どうしてこんなに深い孤独感を感じるのだろう。 そんなことを繰り返して、どうして人は何十年も生きつづけることが出来るのだろう。 どうしてそんな生き方をしなくちゃいけないんだろう。 孤独だと思う。 |
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