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2005年11月10日(木)  かすめていった
今日はずっと渋谷で仕事をしていて、夕方から横浜の会議に行ってくれと言われていたので、会議の時間に充分間に合う時間に東横線に乗った。
座席に座ってずっと本を読んでいたので気づかなかった。
「緊急停車します」とアナウンスが流れて、たぶんスーッと停まった気がする。急停車したようには覚えていない。「ただいま、大倉山駅で人身事故が…」と駅員の声がした。周りの乗客からは、ああーというため息や苛立った声が聞こえた。窓の外を振り返ると、私たちが停まっている駅こそ「大倉山」と書いてあった。

私は、入り口に一番近い端の席に座っていた。入り口ドアの前には3人の大学生くらいの男の子が立っていて「大倉山ってここじゃん。この電車じゃん!」と言った。すぐ駅員のアナウンスが流れて「ただいま、この電車で人身事故が…」と言った。

振り返った窓の外に、よく高校生が持っているバッグが地べたにそのまま置いてあった。その周りには誰も居ない。誰のものかわからないバッグが、黄色い線の内側に置かれてあった。

進行方向にあたる側の外を、大学生達の間からのぞいたら、すぐそばにホームの端を示す白い柵が見えた。私が乗っているのは確か一番後ろの車両だった。私たちの車両は駅のホームにぎりぎり差し掛かっていて、前の車両はホームを通り過ぎている状態らしかった。
その白い柵に向かって、駅員が走っていったのが見えた。

胸がドキドキした。どれくらいのあいだ、停まった電車の中にいたかはわからない。アナウンスが「レスキューを呼んだので、電車が動き出すのには時間がかかる」と告げた。乗客たちは口々に不平や不満を漏らし「ここから出せ」と言った。

人身事故というのは、ホームから人が落ちたのだろうか、それとも誰かが線路に立ち入り事故になったのか、それとも? 律儀にバッグをホームに置いて線路に落ちる人がいるだろうか、線路に入ろうとする人がいるだろうか。私が乗った電車は大倉山駅を通過するはずだった。いわば、それほどスピードを落とさずに通り過ぎる駅だった。レスキューを呼ぶほどの事故というのであれば、今もまだ、この電車の下にあのバッグの持ち主は挟まっているのだろうか。

オレンジの作業着を着てヘルメットをかぶった男たちが、幾人もあの白い柵の向こう側に走っていった。駅員達が右往左往し、その後車内のアナウンスは「復旧にはかなりの時間がかかる」とだけしか告げなかった。やがて、レスキューの指示により電車内の電力をすべて落とすとアナウンスが言った。乗客たちがどよめき、車内は不満の声で渦巻いていた。誰かが声をあげて「ここから出してくれ」とドアを叩いた。立ち疲れたのか女子高生が座り込んだ。みんな、イライラして殺気立っていたのだ。

電気が消え、真っ暗な車内には、そとから入ってきたネオンの灯りと、いくつかの携帯電話の画面からの明かりがぽつりぽつりと見えていた。苛立つ人たちと同じ空間を、しかも薄暗い密室で過ごしているのだと意識すればするほど、酸素が足りないのではないかという強迫観念が私を襲う。それに、まだ外は慌しく走り去る駅員や、大きな工具のようなものを持ったレスキューの人たちが走っている。私たちの足元には死んでいるのか生きているのかわからない人が横たわっている。

担架が運ばれたとき、誰もがホームを見つめていた。立っている人も窓やドアに近寄り視線を寄せていた。私はもう外を見ていることなどできず、口を押さえて浅い呼吸ばかり繰り返した。とても気分が悪かった。

もう死んでいるのだと思った。そしてなぜか、その死んだ子は男の子のような気がした。男の子か女の子か何も示してはいないのに、なぜか男の子のような気がした。こんな夕方、中学生なのか高校生なのかわからないけど、学校が終わってすぐの時間、たぶんきっとホームから身を投げたのだと思った。バッグを律儀にホームに置いて、そんなことをしたのだ。なんだかそんな気がした。

ドアのそばに立っていた大学生達が「俺たちは、一番前の車両じゃなくて良かった」と言った。
こんなんだったら、東横線に乗らなきゃ良かったと、女の子の声がして、ホントむかつく、と誰かが言った。早く開けてくれよと誰かが言って、しきりに携帯電話でいろんなところへ電話する人たちがたくさんいた。

そしてその後すぐ、唯一ホームに停まっていた私たちの車両のドアが開けられ、出たい方は出てくださいと駅員が言った。私はすぐに席を立って、柵の向こう側を見ないようにホームから降りる階段を目指した。改札の向こう側には、すでに事故がおきて電車が停まっていると知った人たちが中に入らず立ち止まってたまっており、事故車両から出てきた乗客たちが改札窓口で振替券をもらう列をなしていた。駅員ともみ合う乗客たちがたくさんいて、「何分後に電車は動くのか」と怒鳴っていた。若い駅員が「30分後をみています」と言ったけれど、「もう事故が起きてから30分はたっているじゃないか!」とまた怒鳴った。駅員は、振替券を配りながら、「たぶん……、レスキューが入ってから30分後かと思います」と言った。それは確かか?と詰め寄る乗客たちがたくさん集まっていた。
駅の周りには野次馬とも乗客ともつかない人だかりと、消防車や救急車やパトカーが赤いサイレンをまわして停まっていた。
すぐそこにいたおばさんふたりが「飛び込み自殺らしいわよ」と言った。

私はそんな様子をただ呆然と見ていた。ただ呆然とし、深呼吸を繰り返すしかなかったのだ。
駅の周りの様子を見て、この騒ぎの大きさを知った。どんどんと広がる騒ぎの渦中にいる人。彼の両親へ知らせが届くのはいつだろう。あのバッグを誰かが開いて早く身元の確認をして、自宅に電話をしてあげればいいのに。だけど、両親がこの駅周辺の騒ぎを見て、ホームに上がっていくことが果たしてできるだろうか。まだ車両の下から出られない人を家族が直視できるというのだろうか。これから騒ぎはどんどんと大きくなるだろう。波紋が広がるように渦中の人を中心に騒ぎは広まっていくだろう。一体、どれだけ多くの人が足止めを喰らい、約束の時間を守ることが出来ず、家に帰ることができないのだろう。
東京ではよく人身事故で電車が止まるけど、私が受ける影響などその波紋の末端でしかないと思っていた。だけど、今日は違ったのだ。より近い場所でそれを感じたのだ。

私は降りたこともない駅におり、とりあえず近くの駅に向かうバスをつかまえ、そこからまた電車を乗り継いで横浜までやっとたどり着いた。すでに会議が始まって1時間がたっていて、事故が起きてから2時間が経過していた。そして、ちょうどそのとき、東横線の電車が再開したと駅のアナウンスが告げていた。

私を駅へ運ぶバスの中で、渋滞した車を見つめていた。なんでこんなことになったんだろうと思った。すぐ傍らを救急車が走っていった。あの駅から走ってきた救急車だろうか。


自分のすぐ脇を、魂が走り去った気がした。
バスを救急車が追い越していったからではない。
私がぽかぽかの電車の中で単行本を読んでいたあのとき、誰かの魂がすぐ近くを走り去っていったのだ。死がかすめていった。頭が痛い。胸が痛い。視界が滲む。
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