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2005年10月31日(月)  くだらない価値
昔の恋人からメールが届いた。

洋服をたたんだり、かばんの中を整理したり、台所を片付けたりしながら、30分くらいかけて3回読み直したけど、なんだか書いてある言葉の意味が頭に入ってこず、たぶん酔っ払ってるからよく意味がわかんないんだ、と思うことにして眠った。

翌日、メールをもう一度読んでみた。
なんにせよ、彼のお願いに私は応えることが出来ない。

今度、写真展を開くことになりました。
一緒に見に行かない?って。一緒に見てくれない?って。

彼は、趣味で写真を撮っていて、たまに写真の雑誌なんかに掲載されたりなんかして、それはけっして趣味の範囲を超えることなく、ただ慎ましくカメラを愛する男性だったはずだ。
それが、写真展をひらくようになり、たくさんの人から見てもらえるようになり、それはそれで彼にとって幸せなのだろうけれど、私は行きたくない。
私と別れてから撮った写真なんか見たくもないし、それに彼が何を撮ったのか知りたくなかった。

どうしてそれほど、動揺しているのだろう。
なんて、つまらない女なのだろう。
彼は人ばかり撮っていた。知り合いの女性や知り合いの知り合いの男性や、知らない人や猫。
私と別れてから以降に出会った人々を、きっと撮っただろうその写真なんか私は見たくもない。それが本音なのだ。

私は撮られるのは好きじゃなかった。
レンズ越しにのぞかれるのが好きじゃなかった。
いつだって、写真に写っている自分という人間は、自分の思う自分よりもかけ離れていた。
自分の思う自分と、実際の自分の距離をひどく遠く感じる瞬間だった。
恋人という人から見た自分という人間は、まるで別人みたいだった。
私、こんな顔してない。私、こんな仕草してない。私、こんな表情してない。
あなたが好きだという女性は、本当の私じゃないかもしれない。
なんて、そんなことばかり思っていた。
彼が写した自分の写真を、一瞥しただけでいつもそのあとは見ないようにしていた。
彼をただ悲しませるだけだろうと思ってはいても、そういうことしか出来なかった。
以前の私は、今よりもずっとずっと子供で、そして今も変わらず自分の思う自分に固執しているだけなのかもしれない。

だから、写真に撮られるのは嫌いだった。
ただ、それだけだ。

写真なんか見ないほうがいい。頭の隅でそう警告する自分がいる。
行かないほうがいい。そう思う。行ったって彼にいい言葉なんかかけてあげられない。
なんて、つまらない女なのだろう。
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