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2005年05月07日(土)  父、退職
連休前に母から電話があり、「お父さん、5月一杯で会社辞めるかもしれないわよ」と言われた。
あーん、なるほど。と私は思った。
父は、何十年間もサラリーマンを続けてきたけれど、私が思うに父という人はサラリーマンの人ではない。たとえば、誰も興味を持ってくれなかろうと、自分のこだわりだけで何かの店を開いたりするオヤジなのだ。
だけどその反面、父という人は、自分に興味のない範囲では完全に流されてしまう人なので、だからこそたぶんこれまでサラリーマンでいたのかもしれない。
父が会社を辞めると聞いて、遅すぎたくらいだと思う。

もう50代の半ばにきた父のことだから、ここでやめてもいいだろうと思ったのかもしれない。私は特にそれにたいして言うことはない。

異母兄にそのことを話したら、「じゃあ、東京に遊びに来ればいいよ、東京ドームに連れてってあげるよ、ナイター観に行こうよ」と言った。
だけど、私はそのことを父には伝えない。
異母兄に意地悪をしているのかもしれない。
けれど、それ以上に思うのは、父が東京に来てしまうと母が淋しくなると思ったからだ。

いつも母と電話で話すときは、母から電話をかけてくることがほとんどで、特に用事もなければ私から電話をすることはない。そして、気づいてみれば母に尋ねたい用件など皆無に等しい。
母が電話をしてくるときは、何か聞いて欲しいことがある場合がほとんどだ。

連休中、私は旅行に出かけていた。5日に東京に戻ってくると言ったら、ちょうど5日の夜に電話がかかってきた。連休前にも電話をしてきたばかりなのに、何の用だろうと思っていると、ただ単に「いま、帰ってきたのね、ああそう」と私が帰ってきたかどうかを確認するだけの用件だったりする。
たまに、母は執拗なほど私の動向を逐一確認しないと気が済まないときがある。
一緒に住んでいるわけでもないのに、私がぽつんと言った予定通りに自宅に帰らないことを、母はひどく心配したり、干渉したりするのだ。
私のことをかまいたくなるときは、母が淋しいと思っている証拠だと私は最近思う。

母にとって、父が会社をやめることは、一体なにを思わせるのだろう。
いつもは居ない人が、家にいる、ということは一体母にとってどんなことになるのだろう。
今はそうでもないのだけれど、私が幼い頃の父は土曜日も日曜日もなく、毎日働いていた。それほどまでにして仕事のために家をあけていた人が、ずっと一日中家にいるということは、母にとってどんな感じなのだろう。

昔の、ひどくキザな曲の歌詞に「女はこのままでと願い、男はこのままじゃいけないと願う」というような歌詞があった。

母は家の中が変わりつつあることに、淋しさを覚えているのかもしれない。

土日もなく働いていた会社なのに、あと数年で定年なのに、父はあっさり辞めることを決心した。希望通り辞められるかどうかはわからないけれど、いまどき、50代の自己退職者を受け入れない会社はないだろう。
父のそのきっかけが私は何かまったく想像がつかないけれど、これから父が何を始めるのか、どうするのかは知らないけれど、父がそう決めたのなら、それでいいのではないのだろうか。


父は、会社を辞める。
私は、父が決めたことならそれでいいのではないかと思う。
兄は、東京に遊びに来ればと父を誘う。
母だけが取り残される。
母だけがひとり取り残される。
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