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2005年04月17日(日)  星のラブレター
コンビニで立ち読みをしていたら、懐かしい曲が聞こえてきた。

君に会いに行くよ 君に会いに行くよ
愛してます 好きにしてよ 君に会いに行くよ

高校生のとき、よく聞いた曲だった。

私たちが高校1年生のとき、同じ学年のいく人かの男の子たちがバンドを組んで、小さなライブハウスを借りてライブをしていたことがあった。私たちのひとつ上の学年にも一組バンドがあって、その上の3年生の学年にもひとつバンドを組んでいた男の先輩たちがいた。

私がとてもとても好きだったその男の子は、3年生のバンドでボーカルをしていたのだ。人気があって優しくって真面目だったけれど、歌がとっても上手くってとにかくとても目立つ男の人だった。彼らの卒業式が終わった春の夜、その先輩に貰ったカセットテープにこの歌が入っていて、私はそれを気に入り何度も何度も繰り返して聞いた。
島唄という曲が流行っていたこの当時でも、この歌は少し昔の曲だったけれど、今聞いても、それはとても古びた歌で、若い男の子が若い女の子に、「愛してます 好きにしてよ」という言葉に気恥ずかしさも感じるし、男の子らしい可愛さも感じる。

春の暖かい夜、その先輩と土手に腰掛けて、彼はハーモニカを吹いていた。
この歌のハーモニカの部分をどうしても吹けるようになりたいんだよなぁと、彼は言っていた。
彼が大学生になったら、どうなっちゃうんだろう、と思った。
私はまだまだ高校生なのに、彼は先に大学生になってしまう。
別世界に行ってしまうようで、もちろん地元から離れた大学に通う彼とは今までと同じように頻繁に会えるわけじゃないのだけど、彼が私の想像できない世界に行ってしまうようで、とてもとても淋しかったことを覚えている。

この曲を聞くと、そんな気持ちを思い出すのだ。

あれは暖かい春の夜だったと思う。

音楽の素晴らしいところは、そんな、その時のその記憶を封じ込める力があるところだ。その曲をよく聞いていたその頃の記憶や感情や風景を瞬時に密封して、そしていつでも取り出してくれる。ついさっきあった出来事のように思い返させてくれる。いつだって、いつのタイミングだって、その歌が聞こえてくれば、ふとそのときを思い出すことが出来るのだ。
だからこそ、音楽は恐怖だとも思う。
思い出したいことばかりではなく、忘れたいことだって、その歌に染み付いた記憶は消えてはくれないのだ。時や場所を選ばず、その歌が鳴れば忘れたかった記憶も私の意思に反して記憶を掘り返すのだ。


今日も暖かい。
暖かい春の夜気に、鼻歌を小さく口ずさみながら、私は家に帰る。
愛してます 好きにしてよ 君に会いに行くよ
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