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| 2004年12月21日(火) 心は変わらない |
| 代々木公園をずっとふたりで歩いていた。 向こうの道では等間隔に並んだ車のヘッドライトがこちらを照らしている。 人通りは少なくて周りはとても淋しげな雰囲気がする。 枯葉が足の下でぱちぱちと音をたてている。 昔の恋人と肩を並べて歩く。 懐かしい声に、私はずっと耳を傾けている。 今年は、昔の恋人に会える年だったのかもしれないと思う。 それが私にとって喜ばしいことだとは言い切れない。 かといって、不幸なことかといえばそういうわけでもない。 ずっと心に残る人との再会を果たして、私はなにを思うだろう。 もう、そういう運命なのだと思うけれど、今まで付き合った男性の中で、ふたりも海外へ飛び立っている。仕事で海外へ行ってしまったのだ。私は置いてけぼりにされて別れた。一緒にいられないなら、付き合っていく必要はない。私はそう思う。遠くに離れて恋愛をし続けるなんて、私には考えられない。そして同時に、その彼についていくことが私にとって必ずしも幸せだということではない。私はあのときそう思った。 ほかにも、一ヶ月、二ヶ月という期間をおいて恋人が遠くへ出張に行ったりすることも何度かあった。 恋人がそばにいないということは、私にとって大きな喪失感を感じさせる。 毎日、一緒に過ごすわけではないのに、ただ東京にいないことが私をとても淋しくさせる。 そういう思いは、時に男の人にとっては邪魔な重さになるのかもしれない。 電話口で淋しいと言うことが、会いたいと言うことが、早く帰ってきてと言うことが、みんなの幸せではないと頭ではわかっているけれど、私の喪失感はなにもかもを突き破って、ただ恋人を困らせることしかしない。 いまの恋人も今は東京にいない。 だからこそ、私は一度だって淋しいとか会いたいなどと言っていない。 言わないことが良いことだとは思わない。けれど、言うことも良いことだとは思わない。だから、心の中で毎日思っている。あと何日で帰ってくるのか、あと何日で会えるのか。 毎日、思っている。 でも、そう思うこともあまり良くないことなのではないかと、自分に自信を失わせる思いがあることも事実だ。 そして、もうこれ以上ないことを祈りたいけれど、もし、万が一、そのとき付き合っている恋人が海外へ移住するとか海外で仕事をすることになったら、私はついて行こうと決めている。その人が一緒に行こうと言ってくれたなら、私はついて行こうと思っている。 取り残されるのは、もうごめんだから。 海外へ飛び立った昔の恋人たちは、今年、東京に戻ってきた。 私は彼らに会うことをひどく悩むけれど、それでも結局、会いにいくことを選んでいる。 さっきまで会わないと決めていたくせに、タイムリミットが近づくとやはり会うことを選んでいるのだ。約束の場所まで私は息をきらせて走る。こんなことなら、もっと余裕を持って、もっと早く、会おうと決めていれば良かったと後悔しつつも。 彼らについていく選択肢もあった。 彼らと結婚して暮らす選択肢もあった。 だけど、私は相変わらず東京にいて、久しぶりの再会のために走っている。 それがとても不思議に思う。 人生は二度ない。 あのときもし、を考えるときりがなく、大きな決断も小さな決断も日々私を追いかける。 だからこそ、今という決断をした私を、私は後悔していない。 彼らはとても心に残る男性たちだけれど、たまに思い出して悲しくさせたり幸福にさせたりするけれど、私には今がある。たまに、あのときもし、と考えるけれどそれはただの現実からの逃避に過ぎない。 気持ちが変わっても心は変わらない。 彼らを好きだったという事実は何年経っても変わらずに心に残っているけれど、今の恋人をとても恋しく思っているという事実も心の中心にある。 そして、今の仕事をすることが出来ることも、あのときあの決断をしたからであり、あのあと出会った人たちと今でも親しくしていられることもあのときの決断が間違っていなかったことを示していると思える。 私は、彼らと一緒にいることを選べたけれど、選ばなかった決断を私には悔いる理由がない。選ばなかったことを悔いるより、今のほうがもっと重要だからだ。 |
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