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| 2004年12月02日(木) 優しい男の子 |
| 急いで池袋のホームにおりたら、酔っ払いをかいくぐって改札を出た。 東口の前にはまだまだたくさんの人が出ていて、手相を見せてくださいという宗教の勧誘をまたかいくぐってタクシー乗り場に走った。 私の名前を呼ぶ声がして振り返ったら、ダウンジャケットを着てニットの帽子をかぶった若い男がこちらに手を振っている。目が細くて唇が厚い。遠目で見るとキャバクラのキャッチか、どこかのホストの見習いみたいに見える。私は彼を見るといつも幻聴がする。 ちゃらちゃらと、幻聴がする。 だって、見た目も態度もちゃらちゃらした男だから。 ちゃらちゃらと音をたてて、その男は私に近寄ってくる。 彼は、私の異母兄の弟だ。 彼は、異母兄の異父弟だ。 その複雑さを文字で説明しようとすると、お経を唱えているかのように見える。 彼は、私の異母兄の異父弟。 ということで、私とは一切の関係もない。 やあ、久しぶりだね、と私は微笑む。 微笑むけれど、私にはこの時間さえももったいない。 早く帰らなければならない。恋人に約束した時間はもう一時間前に過ぎている。 いま、仕事終わり?と彼は聞く。そうだよ、と私は答える。 同じ格好をした彼と同じ歳くらいの男の子が、へらへらと向こうから歩いてきて、だれだれ?知り合い?と彼にたずねた。 アノ子は、私より5つ年下だから、きっともうすぐ21になる。 兄と私とアノ子は、学年にしてちょうど5つずつ歳が離れている。 73年5月生まれと79年2月生まれと84年1月生まれ。 彼が高校2年生くらいのとき、私に言った。 「おまえ、俺のお姉ちゃんってこと?」 違うよ、と私は答えた。そのときの会話はそれで終わった。 学校にちゃんと行ってなさそうな、よく渋谷でたむろっていそうな、いつも女の子のお尻を追いかけていそうな、煙草とかお酒とかセックスとかドラッグとかそういうものを日常的な感覚として持っていそうな、そんな不健全な高校生だった。 いまも、その印象はあまり変わっていない。 たまに、ばったり池袋で出会う。 なんのバイトをしているかは知らないけれど、「俺のバイトは池袋の東口に突っ立って可愛い女の子を見つける仕事なんだ」と言う。「オカネ貸してぇー」と真顔で言う。「ご飯おごってぇー」と猫なで声を出す。「女の子、紹介してぇー」と纏わりついてくる。 でもたまに、「将来、なにになりたいか決められない」と言う。 たまに、「あいちゃんは俺の姉になるの?」と真剣な顔をする。 この子は、今までどんな風に育ってきたのかなと、私は時々思う。 私は彼に言ってあげる。 将来のことはいつかきっとみつかる日が来るよと言って、私はキミの姉ではないよ、私たちは姉弟ではないよと言う。 同じ風貌の彼の友だちが、「ねぇねぇ、お前の知り合い?」としつこく彼に聞いている。 彼は姉ではない私のことをなんと言うのだろう。 知り合い?友だち?兄貴の妹?じゃあ姉?私と君のあいだに名前をつける必要はないよと、私は彼に言ってあげるべきだっただろうか。 「ねぇねぇ、飲みに行かない?飲みに行こうよいこうよ」と、その友だちは私の腕を引っ張った。 私と彼は今日、約1年ぶりに会った。去年のちょうど今頃、私は彼を誘ってご飯を食べに行った。メールで「彼氏にフラレタからご飯おごって」と送ったら「いいよ」とすぐに返事が来た。フラレタことを誰かに聞いて欲しかったはずなのに、我侭な私はそのことは何も言いたくなくて、彼はとても敏感な男の子なのでなにも聞かなかった。 すごく優しい男の子だと思う。 私はそれを知っている。そして異母兄もそれを知っている。みんな知っている。 彼がとても優しい男だとみんな知っている。 タクシー乗り場の前で、彼の友だちが私の腕を掴んだけれど、「やめろよ」と彼はその手をはたいた。私は少し驚いて、友だちはもっと驚いているようだった。 年末に遊びに行くね、と手を振って私はタクシーに乗った。 行き先を告げてドアが閉まると、窓の向こうでじっとこちらを見つめている彼の顔があった。私は、「またね」と言って手を振った。彼はまだじっと私を見つめていた。 どうして、そんなに悲しい目をするの。 |
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