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2004年11月06日(土)  死んでもいい権利
異母兄と並んで歩く。

オフィス街のデリに座って、何気なく外の風景に目をやる。真っ白い服を着た子供、スーツを着たその父親。ふたりが顔を寄せ合って楽しそうに微笑みあっている。兄はそんな風景をぼんやりと眺めている。私も何気なくその親子を眺めていた。

私は、自分の年齢、そして兄の年齢、そして周りの家族達の年齢に、うんざりとした溜息の出る因縁を感じている。25歳の私、31歳の異母兄。それに因縁めいたものを感じるのだ。

父が25歳のとき、兄がこの世に生まれた。
父が30歳を過ぎ31歳になろうかという頃、私がこの世に生まれた。
そして異母兄が25歳のとき、私が20歳にもならない時、兄は手首を切った。

兄は、死のうと思っていたわけじゃないと、私に言った。それが本音なのかはわからない。
死のうと思ったわけではないのに、死ぬ行為をした兄のことが私には怖かったし、「男性が手首を切る」というその方法が、私により大きな衝撃を与えた。兄が選んだその方法が、私にとっては兄の鬱屈した気持ちがとても生々しく思えたのだ。

「私は、死のうと思ったことがあります」
と、世間ではそんな言葉を言うのがダブーになっている気がする。タブーではないのかもしれないけど、本気で話を聞こうとする人なんて、あまりいないと思う。普通に言ってしまえる世の中になればいいのに。
死のうとすることはいけないことなのだろうか。
兄が手首を切って、私は「ああ、人は自分で自分を殺せるものなのだ」ということに気がついた。いつでもどこでも、どういった理由であれ、自分は自殺できることに気づいたのだ。兄は、死のうと思わずに手首を切った。私は自分に自殺できる権利があることに気づいた。
死のうとしてもいい、しなくてもいい。
私はそれを誰に咎められることなく選ぶことが出来る。
兄が手首を切って私は気味悪さを感じたのだけれど、自殺の権利に気づいたとき、兄の手首を切ったその気持ちが一瞬わかったような気分になった。


私たちはまだ、その白い服を着た子供とスーツ姿の父親を眺めていた。
兄は、きっとあんな種類の人間にはならないだろう。結婚して子供をつくるような人生は歩まないだろうと思う。意地悪で言っているのではなく、かと言って同情しているわけでもなく、漠然とそんな気がするのだ。そして、多分私もならない。多分きっとならない。

なぜなら、私たちはそういう兄妹だからだ。
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