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2004年11月05日(金)  耳の痛む夜
私は、時々、恋人に懐疑心を抱く。
彼の心の中で、私はひどく嫌われているのではないかと。
にっこりと微笑む顔も、真剣に見つめる眼差しも、ぼんやりと過ごすふたりの時間も、本当は、彼はひとつも楽しんでいないのではないだろうかと、時々思う。
私の知らないところで、少しずつ彼は私を愛さなくなって、私の知らないうちに、少しずつ彼は私を嫌いになっていくのではないだろうか。自分では気づかず、私は彼に嫌悪感を抱かせているのではないだろうか。
そう思い始めると、私の何もかもがぎくしゃくしはじめる。
恋人という形の正しさを私は知らないくせに、私は自分が誤ってやしないだろうかと感じる。
ありもしない真実を、早く見つけ出さなければと焦りを感じる。

こんな風に思う自分は、ひどく病んでいると思う。
どうしてこんな自分かと、反対側の自分が嘆いている。

とても冷たい夜。
真っ暗で真っ直ぐで細長い道を、私は前に歩いているのか横に傾いているのかよくわからないまま、それでも歩いた。もう別れたはずの男の人の家に行くには、とても心細い道だった。暗くて寒くて、もう引き返そうかと何度も思ったけれど、もうどっちに歩いても寒さも暗さも遠さも、あまり変わらないように思えた。
彼の部屋に行き、彼の部屋を出て、駅に戻って、誰も居ないホームに立った。
上りの電車はもう終わっていて、下りの最終の電車が止まって走り去った。もう帰れなくなってしまった。もう私は自分の部屋に帰れなくなってしまった。

私の耳はひどく寒い日に痛む。
聴覚に問題があるわけではないが、とても寒い晩には我慢の出来ない痛さが襲ってくる。そして、そのうち鼻の奥が痛み、喉が痛んで、眩暈がしてくる。
駅員が「もう駅を閉めますから」と言って、私はまた改札を出た。すでに耳は痛んでいて、私のつま先はどこかに置いて来てしまったようになくなってしまっていた。

あいの耳が痛む日は、それだけ寒い日だってことなんだよ。
天気予報より当てになる耳だね。
いつか異母兄がふざけてそんな風なことを言っていた。
兄に迎えに来て欲しいと思った。もう行ける所もなく、帰れる方法もわからない。
闇に放り出された子供みたいに、ずっと駅の前でしゃがんで耳を押さえて我慢していた。
その痛さを我慢していた。
耳も喉も鼻の奥も頭もつま先も心も、ぜんぶ痛かった。


真っ直ぐで細長いその道のずっと先は、真の暗闇だった。
別れてしまった恋人は、その暗闇の向こう側にいる。
そこまで行くには、暗闇を渡らなければいけなかったし、闇をくぐり抜けたところでそこが暖かい場所ではないことも明らかだった。
道の細長さは心細さに比例して、暗闇の先はけっして暖かさを象徴してはいない。

その彼は、私の知らないうちに私の気づかないうちに、真っ暗な闇の向こう側にいってしまっていた。けれど、気づかなかったのは私自身の過ちで、そして気づかなかったのではなく、ただ私が気づこうとしなかっただけなのかもしれない。考えればすぐにわかった真実も、私はただ見ないようにしていただけなのかもしれない。それでは一体、私は何から目を背けていたというのだろう。
その彼と、何をどうしたかったというのだろう。
私はそのとき、何を望んでいたというのだろう。


私は懸命に、恋人の嫌がるようなことをしないようにと、いつも言い聞かせている。それは過敏といってもいい。私が彼に与えてしまったストレスをなるべく蓄積させないようにと過剰に気をつけているつもりだ。けれど、私の何気ない言葉が、私の何気ない行為が、もしかしたら私の思い当たらない理由で、彼に負担をかけてしまっていることもあるのかもしれない。じゃあそれは、一体どんな風に気をつけていればいいのか、わからない。
そして、私はわかっている。
そういうことは気をつけて防げることではない。
そういうことは気を回して防ぐものではない。
嫌われないようにと萎縮することや、顔色をうかがって体を強張らせることや、そして自分の我侭や彼の気持ちから目を逸らせることこそが、恋人から愛されなくなる理由だと思う。
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