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| 2004年11月02日(火) よく眠ること、ちゃんと食べること |
| 自分のために記しておく。どれだけ今嬉しいかということを記しておく。 2,3ヵ月後、もしかしたらへたれている自分のために。 もしかしたらへこんでいる自分のために。 9月まで社内で立ち上がっていた企画の仕事に参加させてもらった。とても短い期間ではあったけれど、とても楽しい仕事だった。 その企画が自分の会社のどんな位置にあったものかは、難しいことはわからなくても何となく肌で感じることが出来た。成功か失敗かは紙一重で、私たち営業は僅か紙一枚のところを縫うように、毎日夜遅くまで働いた。しんどかったし、倒れるかとも思った。でも、それでも面白かった。 そして、その仕事のあとを継ぐように、また12月から新しい企画が立ち上がることになった。 その企画が通るように会社に働きかけたのは、私と一緒にあの企画に参加した先輩であり、あの企画の中心で働いていた人でもあった。その先輩が、新しい企画を考えていることを、私は9月に教えられ、もし会社がGOサインを出してくれたならまた一緒に仕事をしようと言われ、私はとても楽しみにしていた。 今日、その話しが正式にまとまり、その先輩が9月までの企画に参加していた営業たちひとりずつに声をかけ、それぞれの上司達に稟議を通して、また私たちは再度集まることになった。 私がその先輩を好きなところは、私がどうしても言葉に出来ないことを、彼は容易く言葉に代えてくれることだ。「〜〜ってことかな?」と言ってくれる。「そうそう、そうなんです」と、私はまだいろんなことを形にすることは出来ない。それをしてくれるその人は、私よりいくつか経験があり、私の知らない私をその人は私に教えてくれる。だから、その人と仕事が出来ることを嬉しく思う。 営業は、ときにほかの職種の人たちと比べて、「自分はうちの会社の顔であり、自分が仕事を動かしているのだ」と驕ってしまうことがある。それは間違いなく驕りなのだけれど、でも、私はそういう驕りが営業のプライドであるなら、私は存分に驕るべきだと思う。愛社精神とか我が社の誇りをかけてとか、私はそんな言葉を言える世代に生まれてはいない。自分のために自分の好きなことを仕事にするという風に巻かれて大人になった世代だ。でも、だからこそ“自分が、自分が”という欲求は他の世代の人と比べてもきっと強い気がするし、まだ若いからこそ強いのだと思う。 だからこそ、私はそういう驕りをプライドに変換させないと、正面に立って仕事をすることが出来ない。誇りとか、プライドとか、そういうことを言うのって、かなり恥ずかしいのだけれど、でも私はそんな種類のプライドを持って仕事をすることを、密かに自分に許すことにしている。そんな方法でしか、私は出来ないのだ。 自分の課を少し離れることになる。 離れると言ってももともとの課内の自分の仕事は変わるわけではない。 私の上司は私の肩を叩いて、頑張れよと言った。 アシスタントにも今以上にもっと助けてもらわなければならない。 私は驕ってもいいけれど、必要以上の驕りをもつことは醜い。 私は、ひとりですべてのことを出来るわけではない。 私の代わりは誰でもいるからこそ、私が選ばれたと思っていてもいい。 それだからこそ、私でなければ出来ないことを残したほうがいい。 でも、私でなければ出来ないことというのは、意外にも身近にある。 〜〜するべきだという考えはやめたほうがいい。 口論になってもいいと思う、でも自分の幅を広げたいと願うことを忘れてはいけない。 泣きたくなったら泣いてもいいけど、翌日に目が腫れるほど泣くのは避けたほうがいい。 バランスをうまくとるのはとても難しいことだから、それほど悩まなくてもいい。 周りにあるほとんどのことが紙一重でも、吹けばきっといい方向に向うことが出来る。 今日には昨日のことを引きずらないこと。 飴玉は常時携帯しておくこと。 よく眠ること。 ちゃんとご飯を食べること。 このことを、2,3ヶ月後にきっと疲れてへたれているだろう自分に向けて書き置いておく。疲れてもいいけど、疲れたらちゃんと眠ろうと思う。これからがんばろう。 |
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