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2004年07月18日(日)  遠い夜景の記憶
クリスマスとか彼女の誕生日とか、きっとそういう大切な記念日に、男の人はこぞってこういうところに予約を入れるんだろうな、と思わせる札幌の日航ホテルのスカイラウンジ。
雑誌やガイドブックで見るほど、実際の夜景は美しくはない。落ちている宝石はそれほど多くはないけれど、それでもカウンターに腰掛けて恋人と語らうには不足はない場所だろうと思える。碁盤の街はやはり真っ直ぐな街灯がどこまでも続いていて、飛行場の滑走路を思い浮かべるような夜景に、「それほどでもないよね」なんて言いながらそれでもやっぱり私たちはため息をついたりする。

背中では、アコースティックギターにあわせてカーペンターズを歌う女性。


大学の専攻は管楽器だった。管科の生徒は必須科目としてピアノの単位をとらなければいけなかった。週に1度たった15分だけのピアノレッスンをうける。初めのピアノ講師は外国人のおじいちゃん先生だった。一切、日本語が話せない講師と、片言の英語や身振りやメモに頼りながらのレッスンにはたった15分だけでも限界があった。「音楽は言葉を越える」なんてよく言われるけれど、管科の私にとってピアノは大嫌いなものだったし興味もなかった。それでも単位をとれなければ卒業は出来ない。そんな私がピアノを弾くことは言葉でないと伝わらないことが多く、苦手なものを理解するには言葉が必要だった。
だから1年生の後期に、私はピアノの先生を変えてもらった。

音楽大学にはたくさんのピアノのレッスン室がある。アップライトのピアノがめいっぱい入っているレッスン室は、4畳ほどしかなかっただろうか。音を吸収するための壁の穴が無数にあいていて、カーペットがかび臭く、窓はひとつもなかった。ドアにはちょうど目の高さの部分に横長のガラスがはめ込まれていて、レッスン室の前を通る誰かに、無防備にものぞかれる仕組みになっている。ピアノレッスンを受ける部屋は学校の教室ほどの広さがあって、そのドアにもちょうど目の高さにガラスがはめ込まれている。私も、いま誰がレッスン中かとか、今日の先生のご機嫌はどんなものかな、なんて、よくそのガラス窓から中を窺ったものだった。

私の通う大学は、いつだって薄暗かった。外見は瀟洒な建物なのに中はとても薄暗い印象がある。かび臭くてじめじめしていた。けれど、切れ間なくどこからか流れるピアノの音や管楽器の音、歌う声が聞こえてくる。それに耳を澄ますといつしか陰湿な空気は取り払われる気がした。
後期が始まってはじめてのレッスンに向ったとき、私はいつものようにそっと小窓から部屋の中をうかがった。生徒は誰もおらず、先生がひとりピアノに向って座っていた。ピアノは弾いていない。少し緊張しながら重いドアを開いた。講師の変更を願い出るなんて我侭な生徒だと思われてやいないかなんて、心配だったのかもしれない。

好きな人が弾くピアノの音は、それがピアノじゃなくてもいい、フルートやトランペットやバイオリンだっていい、好きな人が奏でる音はどれだけ遠くにいて聞いていても、きっとその人が奏でている音だとすぐわかるものだ。目を閉じて聞いているとその人の演奏する姿が今にも浮かんできそうだ。その人の音の癖がわかってくるようになる。その人のことを好きであればあるほど。
私が彼を好きになることは、ひとつも不可思議なことではなく、それはとても自然なことだと思えた。その人のピアノの音がすぐ聞き分けられるようになるなんて、とても自然なことだと思っていて、私が彼を好きだということは特に可笑しな部分もなかった。たとえば、その立場やそのときのお互いの境遇や、その他いろんなことなんて私にはひとつも関係のないことだった。彼にとっては障害だらけだったとしても、私にとっては何の障害もなかった。
一般的に言えば、それはある種の一方的な恋とも言える。
彼を好きになることに精一杯で、私はときに彼を思いやることを忘れそうになった。

ピアノに向ってただ何もせず私を待つその先生の姿を見ていた。好きになるなんて思いもしなかったし、それにまだ彼の左手には結婚指輪がはまっていたから。

毎週金曜日、先生はあるホテルのバーでピアノを弾いていた。高いアルバイトだよと笑って、そのホテルの名前を教えてくれた。学生の私にはひとりで入れる場所でもなく、だからとても縁遠くて敷居の高いところだった。
大学でピアノを教える先生と、バーのラウンジでスポットライトを浴びることもなく背景と同化しながらピアノを弾く先生と、一体どんなふうに違って見えるのかただそれだけに興味があった。どうしても行ってみたくて、垣間見たくて、聴きたくて、好きで仕方なかった。思い切ってエレベーターを降りると私の姿を一瞥したボーイが、にこりと嫌な笑顔を振りまいて私を中に招いた。ラウンジの隅でひとりでぽつりと座った。メニューに書かれた値段を見てとても驚いたし、たまに隣の客が怪しげな目で私を見た。背中で聞く先生のピアノの音は、とても控えめで大人の雰囲気がして近寄りがたい空気がした。届かない思いがしたし、相手にされない気がした。そして、店にいる誰もがピアノの音に耳を傾ける様子もなく、だから私はとても腹が立った。彼を遠くに感じた淋しさと、ピアノに耳を傾けるふうでもない周りの人間への腹立たしさとで、ひとりで勝手に途方に暮れてくたくたになった。頬を膨らませて怒ってみたり、わたし何しているんだろうと溜息をついてみたり、目の前のガラスにそんな自分の顔を映してはひとりで夜景を見渡していた。東京の夜景はひとりで見るには持て余す。
だから、それはきっと一般的に言えば片思いというものだったんだと思う。
持て余した思いは、その夜、届ける場所を見失いそうになって挫けそうだった。

私があの日、ひとりでホテルのバーに行ったことを彼は知らない。何も私が言わなかったから。けれど、彼は知っているような気がする。私がきっと行くと思っていたような気がする。そのあとも、彼はずっとそのアルバイトを続けていた。「なにも、そんなバイトをしなくても他にもいっぱいピアノを弾いてお金をもらえる仕事はあるでしょう」と私は彼に言ったけれど、あの仕事が好きだからと彼は言ってピアノを弾いた。好きな人が好きなことをして、そして私を好きだと思ってくれたらこれほどステキなものはないだろうなと思う。


日航ホテルのラウンジでは、ノラ・ジョーンズのDon’t Know Whyを歌う声がした。隣に座る恋人がそれにあわせて口ずさむ。私はそのあいだ、遠い記憶にある人を思い返していた。今ごろ、遠い記憶のあの人は数年ぶりに戻ってきた東京でピアノを弾いているだろう。けれど、私はいま札幌にいる。私たちはどこまでも遠く離れ離れでけっしてひとつになることなんてない。そう思うと、隣にいる恋人がいま私のすぐ横にいることが正しいことのように思えた。

今ごろ東京で、あの人は英雄ポロネーズを弾いているのだろうか。
好きな人の音は、すぐ聞き分けられると信じていたけれど、今もそれが出来るのかどうかわからない。
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