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| 2004年07月07日(水) 彼らを殺した |
| 去年の夏は体調がとても悪くて、最悪な夏だった。 去年の恋人は、精神科の看護士をしていた人だった。 ふとしたきっかけがあって、私は彼の部屋にあった前の機種の携帯電話を手にした。誰も居ない彼の部屋でただひとり、彼の前の携帯電話を見つけた。電源ボタンを押すとそれはいとも簡単に作動した。使い終わった電話も電源が入るもんなんだなと思いながら、メールボックスを見ていた。 もう、そこからすべてがおかしくなったきっかけだったと思う。 自分が送ったメールを見てみた。いくつか別の女性のメールボックスを見つけて開いてみた。他愛もない会話が書かれてあった。その中の一通に手が止まった。何が書いてあったかは具体的にはもう忘れた。裏切られたと言えるほど、まだ私たちは親密でもなかったけれど、信じている彼の部分はたくさんあった。それがいとも簡単に覆された。 その価値観は人それぞれで一概には言えない。ただ、もし「恋人」と「そうでない人」の二種類に周りの人間をわけられるのなら、彼が彼女に送ったメールの内容は、私にとっては「恋人」にかける言葉そのものだった。そして、彼が彼女にしてあげていたことは恋人同士でもなかなか出来ない「かけがえのない存在」になっていたように見えた。きっと、彼女にはこの彼が「かけがえのない存在」だったのだろう。 精神的な悩みや痛みや苦しみを聞くことは、仕事柄、彼にとっては日常茶飯事だったかもしれない。聞き慣れていたし、対処慣れしていたかもしれない。でも、彼女にとって彼は、毎日くる生活の中のただ唯一の貴重な存在で、心のより所になる話し相手だったろう。 彼は、フィールドを間違えた。彼は、仕事の枠を超えてその彼女の話にずっと耳を傾けていた。彼はフィールドを間違えて、その能力のその優しさの誤った使い方をした。 彼は、仕事を一歩離れれば、精神科の看護士ではないのだから。 その後、毎晩毎晩、私はそのことを考え続けては吐いた。食べては吐き、口を拭いてはまた吐いた。 私は、その彼女にメールを送った。 何を書きたかったのだろう。たぶん、伝えたかったことは「もう彼には近寄らないでくれ」と言いたかったのかもしれない。けれど、私はその一文さえ書けなかった。私は、「権利」と言う言葉が嫌いだけれど、でも敢えて使うのなら、「私には彼女と彼についてあれこれ言える権利がなかった」からだ。彼女からの返信は、すぐに来た。彼女は、私に謝りつづけ自分を卑下しては私に謝っていた。 自分に嘲笑した。 恋人が、他の女性とセックスをしたとしよう。恋心を持ったと仮定してもいい。 それと比べても、私が一番許せないと思うことは、恋人が他の誰かの精神的支えになることだ。理由は、私がその支えを恋人にたいして求めているからだ。ひどく重い要求だろう。容易には応えられない要求だろう。でも、自分の恋人と他の女性が送りあったメールを見て、夜中にひとりでトイレに顔を突っ込み吐き続けている私が、精神的に強い人間だと誰が思うだろうか。私は、精神的に弱い。ひどく弱い。自分でさえ予想できない部分で私は簡単に傷つく。そんな自分が、恋人が他の誰かの支えになることを容認できるだろうか。出来ない。私こそが必要だからこそ、それは見なかったことにはできない真実だった。出来れば、彼女と彼が恋心を抱いていているほうが私にとってずっとずっと救いになることだった。 誰が一番悪いのか。 私が恋人のメールを見たことに発端がある。 もし私が携帯電話を盗み見ることもなく彼女のことを知ることもなければ、何も起こらなかった。でも、そうすれば私の知らないところで彼はどんどん彼女の支えになっていっただろう。それでも良かったのかどうか、私は判断することが出来ない。 でも、発端は私にある。そしてそれは、その恋人とだんだん歯車がかみ合わなくなってきた発端でもある。結局、すべてはそれだった。結局、すべては私から始まっていった。ひとつずつ積み上げた積み木を、一瞬にして払い崩したのは、紛れもなく私自身だった。 私は、あのとき彼と彼女と自分を自分の手で殺した。 彼らと私を殺したのは私です。 そんな話しを、昨晩ふと思い出して私は自分の恋人に話して聞かせた。 私の恋人も、精神科の看護士ではないにしろそれに近い仕事をしている。もし、この目の前にいる私の恋人が女友達の精神的支えになっていたら、今の私はどうしただろう。彼も、日常茶飯事に心の悩みを聞いている。心が少し欠けたり、少し変わった形をした心を相手に仕事をしている。そんな彼を私はどんなふうに見つめればいいのだろう。 恋人は何も言わずにずっと考え込んでいた。なんと答えればいいのか考えているようだった。私は彼をおいてシャワーを浴びた。シャワーに流されながら少し泣いた。 私に謝りつづけていたあの彼女は、今ごろどうしているだろう。メールはすべて捨ててしまった。自分の送ったメールもすべて消してしまった。彼女は、まだ彼を必要としているだろうか。それとも支えの存在をなくしてひとりぼっちでいるのだろうか。私自身が彼女と彼を絶ってしまったのだから、彼女を想像することも許されないことだけれど、また去年のように暑い夏がやってきた。 そして、彼女と彼とあの出来事を思う。 |
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