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2004年06月10日(木)  白い森
知らない街に降り立つと、そこは東京よりも比べ物にならないほど寒く、雪がどっしりと重く積もっていた。

吐く息が白くて、空気が凛としている。もうすぐ春だというのにここは私がさっきまでいた場所とはまったくの別世界のように思え、もしかして私が乗ってきた飛行機は異次元の渦に巻き込まれてしまったのだろうかと思った。雪に反射された陽の光は眩しく目をついた。

僕がここに住んでいた頃はもっと雪が白かったと彼は息を白くさせてそう言った。
これ以上の真っ白な雪って一体どんなものなんだろう。こんな銀世界の街で育った彼の声は、とても澄んで心地よかった。きっと北国の空気は東京のものより澄んでいるんだと思う。それに響いて聴こえてくる彼の声は、本当に美しいと思った。

電車は森を抜けていく。
針葉樹の木々の根本まで真っ白な絨毯が敷き詰まっている。使い古された彼のコートはいい匂いがするような気がした。森はどこまでも続いて、私たちは切れることのない会話を楽しんだ。

彼は、泣くことがあるだろうか。
彼が最近泣いたのはいつだったのだろうか。
北の国の凍って澄んだ空気に触れる涙はどんなものなのだろうかと想像する。
彼の泣く姿を想像して、私は少し胸が高鳴った。

私がこの街で暮らすことがあったら、私はもっと別の人間になっていただろうか。電車の外の風景のように凛と澄んだ女性になっていただろうか。もし、異次元の世界でこの街に住む私という人間が存在するのなら、きっと私は手紙を書こう。
私と友だちになってくれませんか、と。

ざっくりざっくりと雪を踏みしめて、彼は先を歩く。雨は降っていない。雪も降っていない。ただ、薄暗い空の向こうにぼんやりと太陽が見えるだけだ。南国で生まれて東京に住む私は、幼い頃から思っていた。北国に住む人たちは、とても特殊な靴を毎日履いているのだろうと。だって、これほど、積もった雪の上を、アスファルトの上を歩くようにうまく歩けるのは、きっと靴のせいだからだと信じていた。靴の裏に特殊なゴムがついていて、滑らないように北国用の靴をみんな履いているのだろうと。彼の汚れたスニーカーは私の履いているスニーカーと少しも変わるようには見えないけれど。

森は静かで私たちは樹の幹を避けながら歩く。時折鳥が泣く。樹から雪が崩れ落ちる。
太陽はあの樹の上に。
雪は私の足首まで。
彼は私のすぐ前に。
尖った空気は私の頬に。

北の森の中には、ずっとそんな風景が広がっているんだ。
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